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経理部が異世界転生したら無双した件  作者: shiki


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11/23

サンタ・マリア号、出航

契約書への署名は、翌朝に行われた。


ゴルバの屋敷の広間。テーブルの上に、琉架が清書した羊皮紙が置かれていた。


ゴルバ、マルセ、オルドの三人が揃っている。


マルセが羊皮紙を一行ずつ確認した。条文を指でなぞるように読んでいく。


「……内容に変更はないな。」


マルセがインクを取り上げようとしたとき、オルドが静かに口を開いた。


「わしは署名しない。それだけ伝えておきたかった」


誰も驚かなかった。


琉架はすでに知っていた。オルドの帳簿を整理した時点で、現預金が六十枚しかないことは把握していた。数字が出した答えは明白だった。


ゴルバもマルセも、昨日の会合で琉架から財務概要を聞いていた。


「わかっている」ゴルバが短く言ってオルドの肩に手を置いた。


オルドは続けた。


「帳簿を作ってもらうまで、自分の店がどんな状態か、正直わかっていなかった。数字を並べてみてはっきりした。今のわしには無理だ」


「今回は見送りで構いません」琉架は言った。「帳簿をつけながら純資産を積み上げていけば、次の機会に繋がります」


「そうだな」オルドが頷いた。「今回はそこから始めるよ」


数字が現実を示し、当人がそれを受け入れた。帳簿とはそういうものだ、と琉架は思った。


オルドが席を立ち、広間を出ていった。


マルセとゴルバが順番に署名した。


二人分の指の跡が並んだ羊皮紙を見て、琉架は静かに息をついた。


この世界に来て初めての商業契約書が、正式に成立した。


船の売買は午後に行われた。


港の船着場に、一隻の中古船が係留されていた。船体の塗装は剥げかけていたが、帆柱はしっかりしている。


「周りは多少使い込んだ跡があるが、骨格は問題ない。長年船を見てきたが、立派な船だ。わしが太鼓判を押す。もし壊れたらわしがすぐ修理してやろう」


船大工のヴィンチが得意げに言った。


「名前は何という船ですか」


琉架が売り主の老船商に聞いた。


老人は少し考えてから答えた。


「サンタ・マリアだ。もともと南方の港から来た船でな。前の持ち主がそう名付けた。南方の言葉で、聖なる海、みたいな意味だったと思うが」


「サンタ・マリア」


ゴルバが繰り返した。「……響きがいいな」


マルセも静かに頷いた。


「変える必要はないな」


「では、サンタ・マリア号のままにします」


「よし、これでまた南方に行けるようになるんすね!初公開は絶対俺を乗せてくださいよ」

トッドが屈託のない笑顔で言った。


「お前は南方の美女に会いたいだけだろうが。毎度沖につくなり女ばかり見やがって」

ゴルバがトッドの頭を小突いた。


「バレてましたか....」

トッドが頭を掻いた。



こうしてサンタ・マリア号が、リベルタ王国の港で新たな主を迎えた。


「一つ大事なことを説明させてください」


帰り道、港の倉庫の片隅を借りて、琉架はゴルバとマルセに向かい合った。


「今日の船の購入、帳簿にはどう記録すると思いますか」


ゴルバが首を傾げた。「七百枚の支出じゃないのか」


「違います。これは固定資産の取得です」


「固定資産……」


「資産には二種類あります」


琉架は羊皮紙に書いた。


【流動資産】

 現預金・売掛金・商品など


【固定資産】

 船・建物・土地など

 → 長期間にわたって使い続けるもの。


「商品は仕入れたら売って、すぐお金に戻ります。でも船は違う。十年、二十年と使い続け、商売をする上で欠かせないものになる。だからこの七百枚は『消えた』のではなく、形が変わっただけです。現預金七百枚が、船という固定資産七百枚に変わった」


マルセが少し目を細めた。「……支出ではなく、資産の変換か」


「そうです。帳簿ではこう記録します」


 借方:船舶  700枚


 貸方:現預金 400ゴルバ

    現預金 300マルセ


「左に船舶という資産が生まれて、右に現預金が減った。どちらも同じ七百枚。帳簿上はお金が減ったのではなく、船という資産に形を変えたと捉えるんです」


「形を変えた?なんだそりゃ。これまた難しいことを......」ゴルバが苦笑した。


「ただし」琉架は続けた。「船は使うほど傷んでいきます。価値が毎年少しずつ下がっていく。その下がった分を毎年費用として記録することを、減価償却と言います」


「また新しい言葉だ」


「簡単に言います。七百枚の船が十年使えるとすると、毎年七十枚ずつ価値が下がる計算です。その七十枚を毎年の経費として記録しておけば、十年後に船が使えなくなっても、次の船を買う準備が帳簿の上でできている状態になります」


マルセが静かに言った。「今回の支出を将来十年間にかけて均等に按分する、ということか」


「そうです。それが固定資産管理の本質です。利益が百枚出ても、減価償却七十枚を引けば実質の利益は三十枚です。これを把握しないと、儲かっているように見えて実は船が老朽化していくだけ、という状況になりかねない」


ゴルバが腕を組んだ。「……なるほどな」


珍しく真剣な目をしていた。


夕暮れの港に、サンタ・マリア号が静かに浮かんでいた。


帳簿の上では、今日から七百枚の固定資産が生まれた。


この船が、どれだけの利益を生み出すか。それを見届けるのが、琉架の仕事だ。


波の音を聞きながら、琉架はそう思った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回はついにサンタ・マリア号が誕生しました。固定資産と減価償却の概念、少し難しかったでしょうか。でも「七百枚が消えたのではなく、形が変わった」というのが会計の面白いところで、ここを理解すると企業の決算書の見方が変わります。現実でも使える知識なので、ぜひ使ってみてください笑

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