第9話 メガネちゃん
「まずは、案件ごとに分けてみようか」
真紘は一度統括官室の扉を開き、職員に声をかけた。
受け取った書類の束を、私の机にどさっと置いた。
「通常ルート、サイコポンプルート、現世へ戻す可能性のあるもの、それから予定外や異常案件」
「えーと……判断基準とかは?」
「とりあえずやってみて。感覚で」
「感覚で!?」
「後で答え合わせしようか」
「はい……」
「まあでも、明らかに通常ルートで、承認も下りて、親族が迎えに行ったのに現世へ帰っちゃう人もいるからね」
「え?」
「絶対はないんだよ」
「分ける意味!!」
「ほんとだよね」
真紘は笑った。
「全肯定!?」
「僕もそう思うから」
「じゃあ何のための仕分けやねん!」
「4割くらいは役に立ってるよ」
「少なっ!」
私はよくわからないまま、黙々と書類を仕分けていった。
午後の答え合わせまで、ひたすらその作業を繰り返した。
年齢や名前、大まかな人生、それぞれの事情。
皆が全然違う人生だった。
誰一人普通のつまらない人生なんてなかった。
(どこから来るねん、この個人情報。
漏洩甚だしいな)
「莉奈、疲れたら休憩取ってね」
「え?」
「もうお昼過ぎてるから」
「……真紘は?」
「僕はあまり取らないんだ。
食堂行くなら案内しようか?」
「いえ、ちょっと散歩して来ます」
「そう? 迷わない?」
「……多分」
「大丈夫だと思うけど、そのバッジ、位置情報がわかるようになってるから」
「GPSついとるんか!?」
「全職員のバッジについてるよ。何かあった時のためにね」
「怖いわ!!」
「普段は見ないよ」
「当たり前や!」
「あと、もし困ったことがあったら、渡した通行許可証を長押しして」
「え?」
「そうすれば僕に伝わる。君の居場所も把握できるから、迎えに行くよ」
「……子供用GPS?」
「君、方向音痴なんだろ?」
私は青とピンクの石でできた通行許可証を手に取り眺めた。
「……児童やん」
統括官室を出て、私は食堂に行ってみる事にした。
向かう途中、渡り廊下で昨日制服を出してくれた総務の女性を見つけた。
「メガネちゃん」
その女性が振り向く。
「……私、名前言いましたっけ?」
「あ、いえ。聞いてないので勝手に……すみません」
「よく分かりましたね」
「え?」
「眼鏡十七比売命です」
「……眼鏡ちゃん!?」
「はい」
「本名!?」
「神名です」
「眼鏡の神様なの!?」
「はい」
「そんなピンポイントな神おる!?」
「いますね」
「本人が言うと強いな!」
メガネちゃんも食堂に向かうというのでご一緒させてもらった。
広い食堂には、色違いの制服を着た人たちがいた。
昼時を少し過ぎているからなのか、そもそも食事を取らないのか、そこまで混んではなかった。
馴染みのあるもの、オシャレなものなど案外メニューが豊富だった。
「メガネちゃん、何食べる?」
「家系ラーメンご飯大盛りで」
「ガッツリだね……」
私は、明太クリームうどんにした。
お盆を持ちながら二人で席に着く。
「……メガネちゃん、曇ってるよ」
「はい」
「見えてる?」
「見えてません」
「眼鏡の神なのに」
メガネちゃんは淡々として見えて、豪快な食べっぷりだった。
「メガネちゃん、神様の仕事は大丈夫なの?」
「私は十七番目の末っ子なんです。父と母もいますし、兄姉もいるので、ほとんど出番はないですね」
「多っ!!」
「そうですか?」
「眼鏡にそんな人数いる!?」
「昔から眼鏡はありますから」
「いや歴史の問題じゃなくて……」
おそるおそる聞いてみた。
「……お姉ちゃんは老眼鏡担当とか?」
「違います」
「弟はサングラス?」
「私は末っ子です」
「そうだった」
不快にさせたかな、と私は少し黙る。
しかし、メガネちゃんの方から話し出した。
「……ですが、近視用、遠視用、乱視用、老眼鏡、サングラスなど、それぞれ司る眼鏡は違います」
「そんな細分化されてるの!?
ってか合ってるやん!」
「はい」
「じゃあ何で総務部に?」
「暇なので就職しました」
「神様の就職理由とは思えん」
「ただ、10月1日の眼鏡の日は忙しいので、毎年有給を取ってます」
メガネちゃんは手帳を取り出し、パラパラとめくった。
10月1日の欄にだけ、赤い丸が付いていた。
見える範囲では、それ以外に予定は書かれていなかった。
「年1のみ!
……いろんな神様がいるんだね」
「境界審査部統括官は特殊だと思いますよ」
「やっぱり?」
「私は生まれた時から総務部に配属されていたわけではありませんので」
「あいつガチの社畜やったんや……」
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