第8話 死んでも社畜になりそうです
天国で母に再会した私は、真紘とともに再びエレベーターに乗り、魂環管理局棟に戻って来た。
「もう帰って大丈夫だよ。
送って行く」
「……どこに?」
私はじとっとした目で真紘を見た。
「ああ。職員居住区に部屋を用意してあるよ」
「死んだその日に就職して社宅入居かい」
「家賃はないけど、給与から管理費は引かれるよ」
「金取るんかい!!」
死んでも支払いがあることに世の無常を感じた。
「真紘もそこに住んでるの?」
「僕は違うよ」
「なんで?」
「管理職用の住居があるから」
「出たよ身分格差」
魂環管理局棟を出て渡り廊下を通り、合同庁舎本棟を抜けて外に出た。
ふと、空を見上げた。
空は厚い雲に覆われていた。
先ほどの綺麗な青い空の天国とはまるで違った。
「曇ってるね」
「いつもこんなものだよ」
「気分が沈みそうやね」
「君はいつも元気そうだよね」
「……イギリスだと思う事にするわ」
「いいと思う」
「テキトーやろ」
職員宿舎は白い外壁の巨大なマンションのようだった。
奥を見ると、同じような建物が何棟も並んでいる。
(凄い人数が働いているんだな……)
その規模に、思わず圧倒された。
真紘に案内され、宿舎の一棟に入った。
部屋の場所を教えてもらい、真紘は戻っていった。
ワンルームの部屋。
つい先ほどまで住んでいた、現世の部屋より少し広かった。
必要な物も全て揃っていた。
「……現世は家賃滞納になってないのかな?
あれ? この身体、食事はどうするの?」
肉体があることを不思議に思いつつ、とりあえずシャワーを浴びた。
お腹は空いていなかったので、ベッドに入り目を閉じた。
外の喧騒は聞こえず、静かな所だった。
ふと目を開いた。
「……いや、そもそも睡眠いるの?
永眠したはずやん!!」
明日の仕事よりも、今の自分の身体が気になった。
翌朝、私は制服に着替え、昨日貰ったバッジを胸元に付けた。
首から下げるのは、深い紺色の石をピンク色で縁取った通行許可証。
なんだか空でも飛べそうな石だ。
結局、食事は取らなかった。
それに、コンビニの場所もスーパーの場所も教えてもらっていない。
「そもそもあるの?」
そんな事を思いながら社宅を出た。
空は相変わらず曇っていた。
明るいけれど、今にも雨が降りそうなどんよりとした空だった。
言われた通り、合同庁舎に入る。
目が慣れたのだろうか。昨日は不気味に見えたそこも普通のオフィスのようだった。
何故かすれ違う人が私の胸元を見て、目を見開く。
(何見とんねん)
何度確認しても、ボタンは留めている。
残念だけど、巨乳でもない。
(何やねん一体。居心地悪いわぁ)
そんな事を考えながら歩いていた。
渡り廊下を通って魂環管理局棟に入り、境界審査部へ向かった。
既に人がちらほら来ていた。
(人かもわからんがな)
「……おはようございます」
「あ、おはよう……!!」
また、一人胸元を見て固まった。
「……私、何か変ですか?」
「いえ、奥山さんの席はあちらです」
職員は統括官室を指差した。
軽くノックをして、統括官室の扉を開いた。
「……おはようございます」
私はおずおずと統括官室に入った。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「この身体、睡眠いる……の?」
「いらないよ」
「何やねん!!」
「食事も睡眠も必要とはしないよ。
ここでは実体があるけど、生きている人間の身体とは違うから。
君たちの言葉で言うなら、幽霊だからね」
「はっきり言うなし!」
「でも、出来ないわけじゃない。
味覚はあるし、寝ることで落ち着く人もいるからね。そこは神格も同じだよ」
「じゃあ、普通にご飯食べたり寝たりはする?」
「するよ」
「現世にいた時と同じ?」
「身体の仕組みは違うけどね。
必要だからじゃなくて、したければする、ってところかな」
「へー……そうですか」
「あ、敬語忘れてなかったんだ」
「……はい。
私の席は?」
「そこだよ」
真紘は扉近くの机を指差した。
「……前任者がいなくなったんですか?」
私は机に向かい、椅子を引いて腰を下ろした。
「前任者? 誰も辞めてないよ?」
(じゃあ、この机は元々誰のやねん)
「……もしかして、私秘書とか?
ちょっと格好いいですね!
奥山セクレタリー?」
私は少し胸が弾んだ。
「いや? 君は審査官だよ」
すぐさま胸が沈んだ。
「じゃあ、改めて魂環管理局、境界審査部について説明するね。
僕たちがやっているのは、現世の人間の死に関する業務だよ」
真紘は書類を手に、私の席までやって来た。
「主な仕事は――」
真紘は私の机の上に書類を置いた。
・死亡案件の審査・承認
・現世へ戻す案件の審査・承認
・予定外死亡の処理
・死亡や回収に異常が生じた案件の調査
書類には、境界審査部の業務内容や手順が細かくまとめられていた。
どうやら、新任の審査官向けの業務マニュアルらしい。
「人の死について、一件ずつ確認して、どう処理するかを決める」
「一件ずつ……」
「そう。人が亡くなったり、死亡の予兆が確認されたりすると、僕たち境界審査部に案件が回ってくる。
実際に亡くなったことを確認して、問題がなければ死亡として承認する。
そうすると、亡くなった親族が迎えに来たり、自分で三途の川へ向かったりする通常ルートに入る。
必要があれば、送魂部の職員が現世まで直接迎えに行くこともある」
「送魂部?」
「うん。送魂――サイコポンプと呼ばれる業務だね」
「さいこぽんぷ?」
「死者の魂が迷わないように、現世まで迎えに行って、死後の領域へ導く仕事だよ」
「死神みたいな?」
「そう思う人間もいるね。本来、死神とは違うんだけど」
「じゃあ、私たちが現世まで直接行くことはないんですか?」
「いや、あるよ。
通常のルートでも送魂部でも処理できない案件や、予定外の死亡、何か異常が起きている案件なんかは、僕たちが直接動くこともある」
「……私の時みたいな?」
「まあ、そうだね」
「お前、思いっきり失敗しとったやん」
「…………」
「『……今じゃなかった、かなー?』やないねん」
「……敬語、忘れてるよ」
お読みいただきありがとうございます。




