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第7話 天国とママ

 メガネちゃん達にお礼を言って、総務部を出た。

 廊下に出ると、真紘が待っていた。


「終わった?」


「はい」


 真紘は制服姿の私を見て、小さく微笑んだ。


「似合ってる」


「お褒めに預かり光栄です」


「……ん?」


 真紘は軽く目を見開いた。


「何か?」


「いや。あと、これ。境界審査部のバッジね」


 真紘は、小さな青いバッジを差し出した。


「今日は付けなくてもいいけど、先に渡しておくね」


「お気遣いいただき、ありがとうございます」


「……どうした?」


「何がですか?」


「敬語」


「明日から働くんですよね?」


「うん」


「私、上司にタメ口とかありえないタイプなので」


「……そう?

 僕は別に気にしないけど」


「そうですか。でも、反省文とか書かされるの嫌なので」


「反省文? 何のこと?」

 

 真紘は首を傾げた。


「ママに会いたいんですが」


 私は真っ直ぐ真紘を見据えた。


「話逸らしたね」


「会いたいんですが」


 一歩詰めた。


「……はいはい。行こうか」


魂環管理局 領域間連絡門


 通路の奥に、装飾の施された大きな扉があった。


 真紘は襟元に手を入れると、首から下げていた紐を引き出した。


 その先には、深い紺色の石が下がっていた。


 真紘がそれを扉の横にかざす。


 扉が静かに開いた。


「それ、空飛べる?」


 その石を見て私は尋ねた。


「飛べないよ」 


「滅びの呪文とかあるの?」


「何の話?」


 扉の向こうには、人が数人入れる程度の小さな空間があった。


「……エレベーター?」


「ああ。近いかな」


「近い?」


 真紘が中に入り、私も続いた。真紘はもう一度、石をかざした。


「天国」


「何階?」


「階じゃないよ」


「じゃあ何でエレベーターやねん」


「敬語やめたの?」


「明日から」


 真紘が少し笑った。


「あ、莉奈、僕に掴まって」


「?」


「君、まだ通行許可証持ってないから。

 移動中に離れると、別の領域に流されるかもしれないんだ」


「……別の領域? 例えば?」


「地獄とか」


「地獄!?」

 

 つい、声が大きくなった。


「地獄に落ちてしまうと、僕も入域申請をしないと迎えに行けないんだ」


「恐怖のエレベーターやないかい!」


「だから掴まってって言ってるだろ」


 私は遠慮がちに真紘に手を伸ばした。


「……なんで足?」


 私はしゃがみ込み、真紘の左脚に両腕でがっちりしがみついていた。


「地獄に落ちても道連れや!」


「僕は落ちないよ」


「まさに天国と地獄やな」


「……面白くないよ」


「私がや!!」


 やがて、壁に囲まれた空間を淡い光が走り始めた。


 青、紫、白。


 色とりどりの光が、壁を伝うように流れていく。


 ほどなくして光が消え、扉が開いた。


「着いたよ」


「まだエレベーターの中や! このまま外まで行って!」


 私は真紘の足にしがみついたまま叫んだ。


「無理だよ。もう大丈夫だから」


 扉の向こうには、左右に職員らしき人が立っていた。


「……」


「……」


 二人とも、真紘の足元を見ている。


 正確には、真紘の足にしがみついている私を見ている。


「境界審査部統括官! どうぞ」


 どうやら私を無視することに決めたらしい。


「ああ」


 真紘は首から下げた石を職員たちに見せ、右足を一歩踏み出した。


 左足は私が抱えているので動かせない。


「莉奈」


 真紘が手を差し出す。


 私は片腕だけを足から離して、その手を取った。


 ぐい、と軽く引き上げられる。


 そのまま真紘に手を引かれ、門の外へ出た。


 視界が、一気に開けた。


「わ……」


 柔らかな光。

 広い空。

 足元には青々とした芝生が広がり、その先には色とりどりの花が一面に咲いている。


「絵に描いたような天国だ。お花畑!」


「君のお母さん、バレーボール会場にいればいいんだけど」


 絵に描いたような天国は――消えた。


「……真紘」


「何?」


「手」


 真紘は、今気づいたように私の手を離した。


「ああ、ごめん」


「あったかいね、手」


「そう?」


「神様って冷たいと思ってた」


「神も生きてるからね」


 こめかみが、ぴくりと動いた。


「私は?」


 じとっとした目を真紘に向けた。


「……冷たかったよ」


「それは死んでるから?」


「……」


 真紘は気まずそうに目を逸らした。


「何で目逸らすねん!」


「……僕より手が冷たいってだけだよ。

 身体はあったかいでしょ?」


「さぁ。死んでるんでわかりません」


「わかるだろ」


 真紘は少し呆れたように答えた。


 先へ進むと、白い長衣を纏った人々の姿が見えてきた。


 さらに近づくと、人々が楽しそうにボールで遊んでいる様子が目に入った。


「ママ!」


 その中に、私が何度も何度も会いたいと願った母がいた。


 かつて真紘が迎えに来た時、私は自分の死を悟った。


 その時、真っ先に思い浮かべたのは母だった。


 幼くして父を失い、女手一つで私を育ててくれた母。


 いつも明るく、人付き合いも上手で、母子家庭でも寂しい思いをしたことはなかった。


 私は夢中で駆け寄り、母にしがみついた。


「あらあら莉奈。もう来たの?」


 母は目を丸くしていた。


「ママ、ママ」


 幽霊になっても、涙が出た。


 母の死後、泣けばもっと辛くなる気がして、ずっと我慢していた。


 母は何も言わず、私の背中に腕を回した。


 その温もりが懐かしくて、堰を切ったように涙が溢れた。


「先に孫を見せてから来てくれないとー」


「どうやって見せるの?」


「オホホ、そうねー」


 相変わらず明るい母から、私は幼子のように離れなかった。


 少しして母が顔を上げた。


「あら?」


 母は、私の後ろで少し離れて立っている真紘に気付いた。


 真紘が頭を下げた。


 母も頭を下げながら続けた。


「偉い人じゃない。

 そういえば莉奈、あなた、その服装は?」


「私、働くんだって。管理……何とかってところで」


「あら、そうなのね。

 凄いじゃない!」


「……凄いのかな?」


 私はまだ目に涙を溜めたまま首を傾げた。


「じゃあこれからもまた莉奈に会えるようになるのね。お母さん嬉しいわ」


 それからしばらく、私は母と話し続けた。


 もう二度とできないと思っていた再会を、心の底から喜んでいた。


 ようやく母から離れ、真紘の元へ歩いて行く。


 芝生には、いくつか岩が点在していた。


 真紘は少し離れた大きめの岩に腰掛け、片手に載せた石に、もう片方の手をかざしていた。


 石には何かの文字が刻まれている。


「真紘」


「終わった?」


 真紘が私に視線を向けた。


「うん」


「じゃあ行こう」


「また、お母さんに会える?」


「うん、会えるよ」


 そう言うと、真紘は手元の石を私に差し出した。


「これ通行許可証。

 これがあればお母さんに会いに、いつでも一人で天国に来られるよ」


「ありがとう」


 受け取った石は、中央が真紘のものと同じ深い紺色で、外側に向かって青とピンクが混ざり合い、縁はピンク色になっていた。


「何でピンク?」


「危ない所には行けないように制限をかけた。

 あと保護もね」


「厄除けがピンク色なん?」


「んーそんなはずないんだけどね」


 真紘は不思議そうに首を傾げた。


「恋愛運付けてくれた?」


「いや?」


「付けろ!」


「通行許可証だよ」

お読みいただきありがとうございます。

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