第4話 死神のままで良かったかも
「まずは、ここの案内を――」
視線を前に移し、男は歩き出そうとする。
「待って」
私は男を引き留めた。
「何?」
「名前……何?」
今まで勝手に死神と呼んでいたけど、どうやら死神ではないらしい。
さすがに本人を死神と呼び続けるわけにもいかない。
「……今?」
男は訝しげに私を見た。
「今」
「二回も会ってるのに?」
そう言って首を傾げた。
「名乗ってないやろ」
「そうだったかな」
男は顎に手を当て考え込んだ。
「……私は?」
「いや、知ってるよ」
「なんでお前だけ知っとんねん」
「迎えに行く相手の名前くらい把握してるよ」
「じゃあ貴方の名前教えて」
「天境津真紘命」
「……え?」
思わず男の顔を見上げた。
予期せぬ長い名前に面食らった。
「あめのさかいつまひろのみこと」
「えーと……名字どこ?」
「ないよ」
「……真紘、って呼んでいい?」
「いいよ」
「最初から真紘言えや」
「じゃあ、行こうか。奥山審査官」
「名字で呼ぶな。仕事感がすごい!」
「じゃあ、奈……ギ審査官」
「おい! 本当に私の名前把握してるんか!?」
「あ、ごめん。……莉奈だったな」
「してなかったな!?」
「……奈は覚えてたよ」
「一文字!」
「莉って、昔は名前に使わなかったから」
「神様、時代に取り残されてるぞ!」
真紘は何事もなかったように先へ歩き出す。
慌ててその後を追った。
周囲を黒い靄に覆われた、長い廊下。
足元には、磨き上げられた黒灰色の石板が敷き詰められている。
二人分の足音だけが、やけに大きく響いた。
どこまで続いているのか、先がよく見えない。
「つまりここ、あの世?」
先ほどまで真紘と言い合っていたせいで忘れかけていたが、改めて見ると不気味な場所だった。
無意識に、真紘との距離を少し縮めた。
「広い意味ではね」
「……天国?」
「違う」
「黄泉?」
「違う」
「神の世界?」
「それも少し違う」
「どこやねん!?」
「現世と死後の世界、その境界にある管理領域だよ」
「管理領域?」
「魂環管理局をはじめ、いくつかの機関が置かれてる」
「……あの世の役所街?」
「まあ、そんな感じ」
「で、私はそこで何するの?」
「人間の死についての審査」
「審査?」
「その死を承認して死後の領域へ回すのか、まだ死ぬ時期じゃないから現世へ戻すのか。
予定外の死亡や、正常に死を迎えられない案件の処理とかね」
「まさか、一人一人?」
「そう。一件、一件」
「うわ、膨大だね……」
「大変だろ?」
……もしかしなくても、私にもそれをやらせる気?
そう考えていた時、廊下の向こうから人影が近づいてきた。
人だ。
少なくとも、私にはそう見えた。
その人物は真紘に気付くと、すっと廊下の端に寄り、頭を下げた。
「人がいる!」
「いるよ」
「結構いるじゃん!」
さらに進むと、左右にいくつもの扉が現れた。
その先で廊下は広い空間へとつながり、急に視界が明るくなった。
行き交う人影。
立ち話をする者。
書類らしきものを抱えて足早に歩く者。
先ほどまでの不気味な静けさが嘘のようだった。
「……なんか普通に会社っぽい」
「職場だからね」
周囲を見回し、それから自分の姿を見下ろした。
「私、パジャマで浮いてない!?」
半袖のサテン地の上着に、同じ生地のショートパンツ。
足元はスリッパ。
「だから、制服着るか聞いただろ」
「嫌だ! 早速今日から働かされるやん!」
「仕方ないな」
真紘は、近くを通りかかった職員を呼び止めた。
「悪いけど、彼女に着るものを用意してもらえるか?」
「は、はい。……この方は?」
「今日、現世から来たばかりなんだ」
職員は私を見た。
一瞬、何とも言えない同情の色が浮かぶ。
「それはそれは……。
この度はご愁傷様でした。
そして、ご栄転おめでとうございます」
「おかしいぞ、その並び!!」
「絡むなよ。頼んだよ」
職員は深く頭を下げると、急ぎ足でその場を後にした。
「この先が魂環管理局。その中に境界審査部があるんだけど、もう少し進む?」
「うーん。人多いしな……」
私は改めて辺りを見回した。
「魂環管理局って、こんなに人いるの?」
「ここには他の機関も入ってるからね。現世でいう合同庁舎みたいなものだよ」
「マジかよ、巨大組織じゃん!」
「魂環管理局だけじゃないって言っただろ」
「……ってか、見えてる人たちは元人間? それとも神様?」
「両方いるよ」
「じゃあ、私みたいな人もいるんだ」
「うん。まあね」
しばらく、人の流れを眺めていた。
神なのか、元人間なのか。
見ただけではまるで区別がつかない。
そうしているうちに、先ほどの職員が小走りで戻ってきた。
「お、お待たせしました」
「ありがとうございます」
差し出された衣服を受け取る。
白い布地が目に入った瞬間、動きが止まった。
「……ちょっと! 何この白い着物!
頭に付ける三角の布まである!!」
「は、はい。今しかお召しになれないので、ぜひに、と思いまして」
「幽霊じゃん!」
「間違ってないよ。ありがとうね」
「喜んでいただけて光栄です」
「喜んでなんて――」
言い終わる前に、職員は満足そうに頭を下げ、その場を後にした。
手元の白装束を見下ろした。
「……こんなの着たくない」
「君、案外わがままだな」
「お前らがおかしいんだ!!」
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