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第3話 死神に連れて来られました

 気が付くと、私は知らない場所に立っていた。


 先ほどまでいたのは、自分の家だったはずだ。

 カーテン越しに差し込む朝の日差しは、暖かかった。 


 それなのに、ここはひどく薄暗い。

 灰色の、無機質な空間。


 どこまで続いているのかもよくわからない。


 少し先には黒い靄が立ち込め、その向こうは何も見えなかった。


 寒くないはずなのに、何故か寒さを感じた。


「……どこ、ここ」


 声が掠れていた。


「職場」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向く。


「……誰?」


「…………」


 見知らぬ男が立っていた。


 濃紺のローブ。

 それには見覚えがある。


 けれど、白い仮面がない。


「また?」


 男は首を傾げた。


「何が?」


「僕だよ」


「知らん」


「さっきまで話してただろ」


「…………」


 苦笑を含んだ声だった。


 その声だけは知っている。


 穏やかで静かなのに、妙に耳に残る声。


「……仮面?」


「仮面じゃないよ」


「え!?」


 思わず一歩近づき、その顔を見上げる。


 普通の――いや、普通と言っていいのかわからない。

 見た目だけなら、人間と何も変わらない若い男だった。


 ただ、その顔立ちは妙に整っていた。

 綺麗だと思うのに、どこか近寄りがたい。


 神だからなのか。

 見ていると、わずかな畏怖を覚える。


「顔がある!」


「最初からあるよ」


「仮面被ってたやん!」


「被ってない」


「は!?」


「生きた人間には、神格の姿をそのまま認識するのは難しいんだよ。

 僕が見えるようにはしたけど、君には仮面に見えてたんだろうね」


「……じゃあ、死神のローブも?」


「服は本物。死神に見えたのは君のイメージ」


「結局、死神部分は全部私かい!!」


 自分にツッコミを入れて、改めて辺りを見回す。


 そこにはただ、灰色の空間と、その先を覆う黒い靄が広がっていた。


「職場って……」


「この先に魂環管理局があるよ」


「…………」 


(だから何やねんそれ)


 聞いたところで、何一つわからない。


「待って。私の家は?」


「現世」


「……私、いつ死んだの?」


「さっき」


「は!?」


 男はあまりにも淡々と告げた。

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 反射的に自分の手を見る。

 いつもの手だった。


 足もある。

 服も着ている。


 どう見ても、さっきまでの私と何も変わらない。


「……待って。身体あるけど!?」


「それは魂」


「足あるやん」


「魂にも足くらいあるよ」


「幽霊ってもっと透けるんちゃうん?」


「誰が決めたの?」


「知らんけど」


 私は試しに腕を上げてみた。


「……何か重みもある!」


「ああ、体重はそのままだよ」


「そこは軽くせい!」


 男は私の抗議を聞き流した。


「今回は間違えてないって言っただろ」


「死ぬ瞬間なかった!」


「気付かなかった?」


 私は一歩男に詰め寄る。


「気付くか!!」


「お酒、飲み過ぎちゃったね」


 男はわずかに眉を下げた。


「そんな理由で!?」


 まさか、死神は目の前の男ではなく、酒の方だったとは。


「前回、痛いかどうか気にしてただろ? 良かったね」


 男は微かに微笑んだ。


「そういう問題ちゃうわ!」


「君、関西に住んでたことあった?」


「ない」


「じゃあ、その変な喋り方何?」


「お前と喋ってると、なんか関西弁風になる」


「僕のせい?」


「多分」


「……」


「知らんけど」


「とりあえず服はどうする?

 制服あるけど」


 自分の姿を見る。


 そういえば、パジャマのままだった。

 足元にはスリッパ。


 職場ではなく、確実にベッドに出社する格好だった。


「待って。まだ働くって言ってない」


「もう来ちゃったよ」


「何で!?」


「君は執着を手放しているから」


「私、煩悩だらけやで!」


「知ってる」


 男は小さく呟いた。


「……それは願い、だけどな」


「男おらんまま死んだんやで!」


「……それは知らない」


 男は呆れたように視線を逸らした。


「こっちはどないやねん?」


「何が?」


「彼氏は? 結婚は? ……もう叶わない?」


「いや?」


「それならまだ望めるんだよね?」


「うん。まぁね」


「……子供は?」


「子供?」


「子供。こっちでも産めるの?」


 男の返事が止まった。

 じっと私の顔を見つめている。


「…………」


「その間やめて」 


「霊のままなら無理だよ」


「……ですよね」


「条件次第では可能になるけど」


「条件?」


「その話はまた今度」


「その言い方、可能性あるやん」


「まぁね」


「で?」


「?」


「その条件に合った人いたら紹介してね。そしたら許したる」


「んー……」


 男は腕を組み、僅かに逡巡した。

 そして、ふっと微笑んだ。


「僕が相手しようか?」


「それは遠慮しときます」


 私は即答した。


「大体それ、セクハラやで」


「……悪かった」


お読みいただきありがとうございます。

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