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第23話 流されるのは、もうやめた

 昼休みが終わり、統括官室に戻ってきた。


 ソファの後ろの壁際の小さな台に置かれたポットを手に取った。


 カップ二つにお茶を注ぐ。


 一つを自分の机に、もう一つを真紘の机に置いた。


「ありがとう」


 真紘は書類に目を通し、サインをしていた。


 その場から離れない私に気付き、不思議そうに顔を上げた。


「真紘って、何のご利益があるの?」


「ご利益?」


「商売繁盛とか、学業成就とか、縁結びとか」


「別にそういう神じゃないよ」


 真紘は書類に視線を戻した。


「じゃあ、古事記には出てる?」


「出てないよ」


「日本書紀は?」


「出てない」


「無名やん」


 真紘が再びこちらを見た。


「君が知らないだけだろ」


「真紘を祀ってる神社ってあるの?」


「ないよ」


「誰にも信仰されてないやん」


「失礼だね」


 真紘はいつも通りだったが、これ以上からかって不機嫌になられても困る。


 私は久しぶりにガガンボの元へ行くことにした。


(触らぬ神に祟りなしやな)


 連絡門を抜け、現世にやって来た。


 今日も風に流されている彼を見つけ、声をかけた。

 ガガンボは顔をしかめながらも、私と並んで川原に腰を下ろした。


「……でね、私眼鏡かけないから、サングラスにメガネちゃんの加護を授けてもらったんだけど」


「あの……」


「でも、よく考えたら私が働いてるの役所だし、職場にサングラスして行けないなーって」


「莉奈さん」


「何?」


「どうして僕が、莉奈さんの話を聞かないといけないんですか?」


「え? ガガンボ暇でしょ?」


「僕は流れていたいんです」


「流されるのはいつもできるじゃん」


 ガガンボはため息を吐いた。


「莉奈さんの話聞かされるより余程いいです」


「私こう見えて仕事中やねん」


「どこがですか?」


「審査部の先輩も、地縛霊と世間話してるよ?」


「では、僕みたいな浮遊霊ではなく、地縛霊とお話しては?

 そこから動けないんですよね?

 いくらでも聞かせられるじゃないですか」


 ガガンボは気の毒そうな顔をした。


「……少し同情しますね」


「何でやねん!」


「でも、その地縛霊連れて行けそうですよね。試してみては?」


「お前、勝手に私がペラペラ話し出すとでも思っとんのか!」


「聞いてもないのに、勝手に話してるでしょう!」


「じゃあ、ガガンボの話聞くよ。話せ」


「そんなこと急に言われても」


「ないの?

 それなら私話すね。

 最近古事記読んだんだけど」


「そんな話聞きたくないです」


「何やねん! わがままだなー」


 ガガンボは言い返さず、しばらく黙っていた。

 何かを考えるように、川の流れを見つめている。


「……莉奈さん」


「何?」


「……この状態でも知り合いに会うことって出来るんですか?」


「遠くから見るだけならね。

 私たちは生きてる人とは関わっちゃいけないんだって」


「……一つ、お願いしてもいいですか」


「何?」


「彼女がどうしているか、見てみたいです」


「……わかった。調べてみるね」


 管理領域に戻り、真紘に相談した。


 翌日。


 私はガガンボを連れ、彼女が現在住んでいる家の前に来た。


 一軒家だった。


 しばらくすると玄関の扉が開き、一人の女性が姿を現した。


「……彼女です」


 ガガンボが小さく呟いた。


◇


 彼女は、自分よりも年齢が上に見えた。


 僕が流れている間に随分年数が経っていたようだ。


 彼女の左手が、陽の光を受けてきらりと光った。

 指輪だろうか。


 家の中から子供が駆け寄ってきた。

 彼女は笑顔で子供を迎えた。


「……幸せそうですね」


「……せやな」


「僕がいなくても、普通に人生は進むんですね」


「そら進むやろ」


「酷いですね。

 ……でも幸せそうで良かった」


 僕は小さく笑った。


「……ガガンボカッコいいじゃん」


「え?」


 莉奈さんを振り返った。


「私も結婚しようとしてた人と別れた事があるの。

 でも私は見る勇気ない」


 静かな声だった。


「引きずってはないけど、あの人が幸せなのか、不幸なのかどっちも見たくないから」


 僕が知っている莉奈さんは、いつも笑うか怒るかのどちらかだった。


「ガガンボ、私なんかより強いじゃん」


 初めて、莉奈さんの素顔を見た気がした。


「莉奈さん」


「ん?」


「天国って、どうやって行くんです?」


「行く気になった?」


「……まあ。最後に一度くらい、自分で行き先を決めてみようかと」


「うん。いいよ。一緒に行ってあげる」

 

「ありがとうございます」


「言っとくけど、地獄かも知れへんけどな」


「おい! 全く貴女って人は!」


 目の前に不思議な扉が現れた。


 扉の向こうは、箱のような空間になっていた。


 僕は莉奈さんと一緒に中へ入った。


 三途の川は、静かな所だった。

 莉奈さんは、その様子に驚いていた。


 もっとも、その静けさを破る莉奈さんの声が、一番うるさかった。


 僕は、橋を渡った。

 もう、風に流されることはなかった。


 数日後。

 莉奈さんが会いに来た。


「天国やったな」


「当たり前でしょう。僕ほど人畜無害な人間、そういませんよ」


「自分でガガンボ認めとるやん」


「……あ」

お読みいただきありがとうございます。

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