第22話 別のあだ名にしてください
書類を片付けていると、真紘がふと思い出したように声をかけてきた。
「そういえば莉奈、あの浮遊霊はどうだった?」
(忘れかけてたな)
「ダメだった。でも、私がまた行ってもいいなら行こうかな、って」
「うん。ベテランのサイコポンプたちでも対応できなかった案件だからね。莉奈がたまにでも行ってくれるなら助かるよ」
仕事に前向きだと思ったのか、真紘は柔らかく微笑んだ。
(知らぬが仏やな)
数日後。
連絡門の扉を抜け、現世に着いた。
本来なら扉を開けた先に対象者がいるはずなのだが、あの浮遊霊は風に流され、どこかへ行ってしまう。
私は辺りを見渡した。
「あ、いたいた! 来たよーガガンボ」
今日は風が弱いらしく、浮遊霊はすぐ近くを漂っていた。
「何度来られても同じです。
……ってガガンボ?」
浮遊霊はぴたりと動きを止め、近くの木に掴まった。
「知らん?」
「知りません」
「デカい蚊みたいなやつ」
「僕がそれだと?」
「うん。あれ刺さないんだって。
人畜無害だよね。ふよふよしてるだけで」
浮遊霊は何とも言えない目で私を見つめた。
「ちょっと似てるでしょ?」
「僕に? 似てないでしょ!」
「そ? そない謙遜しなくても」
「してませんよ! 心外です!」
「でも、ガガンボ、礼儀正しいし、無害じゃん」
「どっちのガガンボの話ですか!?」
「あ、あだ名受け入れてくれた?」
「受け入れてませんよ!
だいたい貴女、僕より年下ですよね?
貴女こそ、礼儀はどこにいったんですか?」
「現世に置いて来た。
なして死んでも上下関係に縛られて、空気読まないといけんねん」
ガガンボは呆れたように私を見た。
「……それでやっていけるんですか?」
「監察室に睨まれたくないけど、真紘……あ、上司な。タメ口でも別にいいみたいだし、そない気にしてないわ」
「随分緩い所なんですね」
「そうでもないで。
真面目に働いとるわ」
「決してそうは見えませんが」
「私は真面目や! みんなが変なだけや」
「………」
ガガンボは冷めた目で私を眺めていた。
「じゃ、行くわ」
「何しに来たんですか?」
「ここに来たらサボれるやろ? もう死んでるから身体に影響はないらしいけど、一日中書類仕事してると、目が疲れる気がしてな」
「僕は暇潰しの相手ですか。貴女が来たから、わざわざ流れるのをやめたのに」
「お、いい奴やん。ガガンボ」
「それやめてくれませんか?」
◇
統括官室で仕事がひと段落したところで、私は真紘に声をかけた。
「真紘、古事記読んだよ」
「それで?」
真紘は書類から顔を上げた。
「須佐之男命ってさ」
「うん」
「情緒不安定やな」
「………」
「泣き虫の暴れん坊って何なん?
あっ、癇癪か?」
「………」
「瓊瓊杵命、我が子なのに妻の浮気疑ったんか? 酷い男やな」
「それは否定しない」
「天宇受売命、日本初のフロア沸かせた女やな」
「……楽しく読めたんだね」
お読みいただきありがとうございます。




