第18話 先輩と挨拶回り
今日は境界審査部の先輩に付いて、現世に来ることになった。
親族等による通常ルート、送魂部によるサイコポンプルート。そして最後は、私が所属する境界審査部の案件だ。
これでようやく、全てのルートを把握できる。
書類上での仕分けの精度も既に上がっている。
私の研修もようやくゴールに近づいていた。
「私たちが扱うのは、サイコポンプの手に負えない案件や、そもそも異常が認められる案件です」
先輩の男性職員と共に、領域間連絡門へ向かう廊下を歩きながら、説明を聞いていた。
「ですので、サイコポンプと違ってすぐには解決しません。ゆっくり行きましょう」
「はい」
「今日は、挨拶回りをしましょう」
「……挨拶回り?」
私は首を傾げた。
(誰に?)
領域間連絡門の扉を抜けると、田舎の小さな商店が目に入った。
商店の隣には昔ながらの赤く丸いポスト。
その前には猫が昼寝をしている。
辺りを見渡すと畑が広がり、道端の草が風に揺れて、さらさらと音を立てていた。
「おばあちゃん、今日は新人さんを連れて来ましたよ」
職員は、店先に立っているおばあちゃんに話しかけた。
「奥山さん」
職員に促される。
「は、はい。奥山莉奈です。
初めまして」
「まぁ、新人さんなのね。
大変だと思うけど頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」
(え? このおばあちゃん何?)
「最近は、気候がいいですね」
私に構う事なく職員はおばあちゃんと話し始める。
「そうねぇ。去年の台風は本当に酷かったから、今年はずっとこの気候が続くといいわねー」
「………」
先輩職員とおばあちゃんの当たり障りのない世間話を私はただ聞いていた。
「奥山さん、次行きましょうか」
「え? あのおばあちゃんは?」
「地縛霊です。
亡くなった旦那さんと始めた商店が心配で、ああして留まっています」
「……それは、連れていけるんですか?」
「いけないから、地縛霊なんですよ。
その場所に強い執着があって、離れられない方たちですからね」
「いえ、それはわかりますけど……」
「では、次の地縛霊の元に行きましょう」
「挨拶回りって……」
「地縛霊ですよ。皆さんに挨拶していきましょう」
(何でやねん!)
その後も私は、地縛霊たちへの挨拶を続けた。
次に訪れたのは、海沿いの防波堤だった。
空は薄曇りだったが、辺りは明るい。波が防波堤に打ち寄せ、静かに引いていく。
「あんた、新人さんか!
先輩の言うことちゃんと聞くんやで!」
防波堤でクーラーボックスに腰掛け、釣り糸を垂らしているおじさん。元漁師らしい。
「はい……」
「先輩困らせたらあかんで!」
(困らせてるのはそっちや。
そこから動け! こっち来い!)
次に訪れたのは、大学のキャンパス。
大講義室へ続く、薄暗く狭い入口。
授業が始まると扉が閉まり、人の往来がなくなる場所だった。
そこに、一人の女の子がいた。
「就職されたんですか……。
いいですね。未来があって」
「こっちも死んでますけどね」
「でも、私より未来ありますよね」
「そこにあなたの未来はあるんかい?」
「奥山さん!」
先輩の叱責に私は少し慌てた。
「あ、すみません」
「いいんです。私はここで皆さんの元気な姿が見られれば」
女の子は小さく微笑んだ。
「寂しそうじゃん! 行こうよ!」
「ここにいたいんです」
先輩職員に促され、私はその場を離れた。
一度振り返ると、女の子は小さく手を振っていた。
私も手を振り返した。
地縛霊たちへの挨拶を終え、私たちは連絡門を通って管理領域へ戻った。
審査部に戻ると、職員たちは並んだ机に向かい、それぞれ仕事をしていた。
窓から光が差し込む一角で、私は椅子に腰掛け、先輩職員の説明に耳を傾けた。
「基本的に何年もかかる案件ばかりです。
何がきっかけになるかもわかりません」
「難しいですね……」
「はい。ですので、定期的にあのように顔を出しています。
担当が決まっていない案件も多いので、職員全体で対応しています」
先輩は窓の外へ視線を向けた。
「誰のどんな言葉がきっかけになるか、わかりませんから。
時期が来れば、自ずと動き出す方もいらっしゃいます」
「あの……」
先輩がこちらを振り向いた。
「こんなこと言っていいかわかりませんけど……」
「どうぞ」
「めちゃくちゃ緩ない?!」
「……否定はしません」
「良かったー。
1日何件もこなすサイコポンプが手に負えないって、どんな案件かと思ってましたけど、単に忙しいサイコポンプには、そこまで手をかける時間がないだけですね!」
「……ですので、案件の書類の仕分けは審査部の業務です」
「あー、めちゃくちゃ不安やったわー。
これならできそうやね」
「……言っておきますが、難しい案件もありますからね」
先輩はぼそっと付け加えた。
「……たまにですが」
私は先輩をまっすぐ見た。
「でも、それ私に回って来ませんよね?」
先輩は視線を逸らした。
「……まぁ、すぐには……」
「それなら大丈夫です!
挨拶回り、全然行きます!」
「………」
満面の笑みを浮かべる私に、なぜか先輩の顔が曇った。
「あれ? まだ新人研修続きます?」
「……いえ、終わりです」
「やった! これで私も一人前ですね!」
「いや……そうなんですが……」
「ありがとうございました!!」
私は独り立ちした。
お読みいただきありがとうございます。




