第17話 監察室に呼ばれました
境界審査部の出入口近くの壁に、一枚の紙が貼り出されていた。
その前には何人かの職員が集まり、ざわざわと話している。
(何だろう?)
私もその輪に近づき、紙を覗き込んだ。
『今後の送魂業務の改善に役立てるため、貴重なご意見をお聞かせ願います』
担当職員の対応
□ 大変満足 □ 満足 □ 普通 □ やや不満 □ 不満
「何やねん、この紙?!」
「ああ、送魂部や審査部が迎えに行った対象者に、書いてもらうらしいよ」
いつの間にか後ろに立っていた真紘が、そう説明した。
「他にも、担当職員の言葉遣い、説明の分かりやすさ、対応の迅速さ、総合満足度とかね」
「サービス向上のためのお客様アンケートやないかい!」
審査部の職員たちは、私のツッコミに笑い出した。
徐々に私の存在も受け入れられているのかもしれない。そう思った。
「どこが運営してんねん、これ」
「監察室みたいですよ」
近くにいた職員が答えた。
午後になり、メガネちゃんとランチをしに食堂へ向かった。
私はトマトソースパスタ、メガネちゃんは大盛りカツカレーを頼んだ。
お盆を手にし、二人でテーブルにつく。
日常となりつつあった一コマに、今日は非日常が訪れた。
「奥山莉奈さん、ご同行願えますか?」
そこには二人の女性が立っていた。
「え!? どちら様ですか?」
「監察室ですよ」
メガネちゃんが眼鏡を曇らせカツカレーを頬張りながら答えた。
「監察室!?」
「よろしいですか?」
「きょ、拒否権は……?」
「ございません」
「じゃあ、行くしかないですよね……?」
「はい」
私はおずおずと立ち上がった。
「莉奈さん、パスタは食べておきますね」
メガネちゃんは、既に私のパスタを自分に引き寄せていた。
女性二人に連れられ、食堂を出た。
長い廊下を歩き、監察室へ向かう。
監察室はとても静かな所だった。
いくつかの個室が並び、私もその一部屋に入れられた。
「お座り下さい」
「失礼します」
私が椅子に腰掛けると、二人の女性も机を挟んだ向かい側の椅子に座った。
「呼ばれた理由はお分かりですか?」
「……上司に対する言葉遣いでしょうか?」
「把握はされていたのですね」
「はい……」
「奥山さんの言動は到底受け入れられるものではありません」
総務に制服を用意してもらった日、女性たちに言われたことを思い出した。
上司である真紘への言葉遣い、態度によっては、監察室から反省文を書かされると。
「反省文でしょうか?」
「……始末書のことですか?」
「あ、そう! 始末書です!
書き方は反省文と同じですか?」
「………」
女性二人は呆れた目で私を眺めた。
(そんな目で私を見ないで)
「先日、審査部の統括官室から、奥山さんの怒声が聞こえて来ました。
上司である統括官に対して、なぜあのような大声を上げていたのですか?」
「あ、これなんですけど」
私は首に下げていた石型の通行許可証を見せた。
「それは管理職専用の通行許可証ですね?」
「え?」
「まさか、審査部統括官から取り上げたのですか?」
「は?」
女性は語気を強めた。
「何ということを!
貴女は統括官の仕事をわかっていないのですか?
それを取り上げるということは――」
「ちょっと待ってください!
貰ったんです! 真紘は自分のを持ってます!」
「呼び捨て!? 統括官を!?」
「な、名前が長くて覚えられなかったんです!」
「名前なんて呼ぶ必要ないでしょう!」
「そうですよね! 何でここに来たあの日、あの時、あの場所で、私は名前を聞いてしまったんや!」
私は頭を抱えた。
女性の一人がコホンと咳をした。
「状況を整理しましょう。
つまりその通行許可証は統括官から貰った、と?」
「はい。天国にいる母に会えるようにと」
女性たちは顔を見合わせた。
「……深い紺色は、審査部統括官の権能の色です。つまり貴女の持っている通行許可証には審査部統括官の権能が宿っています」
「へー。そうなんや」
「……で? 縁のそのピンク色はなんですか?」
「これは、私が地獄とかに行けないように、制限とか保護とかかけてるみたいです」
「……何故ピンク?」
「あ、私が怒鳴ったのは、この間このピンク色を赤黒くされたからなんです!
それはもう地獄の石でした!」
「地獄の石……」
「その後は緑にして、まるで苔が生えてるようにしたんです!」
「……統括官が、通行許可証を苔色に?」
「……職務上の必要性があったのでは?」
「それなら苔色にする必要あります!?」
「…………確かに」
「どうですか? 怒りません!?」
「……それは、確かに身につけたくないですね」
監察室の女性は頷いた。
「でしょう!?」
もう一人の女性も同意を示した。
「だから、元に戻してもらったんです。
しかも、時間がかかったんですよ!
真紘なんて『明日直すから今日はこれで帰ってくれない?』って」
「苔色で!?」
「どう思いますか!?」
「それは嫌ですね!!」
「だいたい男性は、女性社員のことを考えてくれてないんですよ!」
女性職員が話し出した。
「そもそも男性は――」
もう一人の女性職員も熱く語り出した。
監察室の女性たちとの話し合いが終わり、私は審査部に戻って来た。
「あ、莉奈さん」
職員が声をかけて来た。
統括官室の外で職員と話していた真紘も、その声に振り返り、私に近づいてきた。
「莉奈、監察室に呼び出されたんだって?
大丈夫だった?」
「?」
私は首を傾げた。
「苔色は酷いって」
「え?」
「次はお前らしいで」
「は?」
「境界審査部統括官、ご同行願えますか?」
声がした方向に振り向くと、そこには監察室の職員二人が立っていた。
真紘は怪訝そうに監察室の職員へ視線を向けた。
「……僕、何かしたか?」
「苔むしたやろ」
「……君が代?」
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