↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/28

第15話 介添え

 領域間連絡門の扉を出ると、そこは病院の廊下だった。


 白い壁に、等間隔に並ぶ病室の扉。

 廊下の奥から、看護師らしき人がこちらへ歩いてくる。


「うわ、マジか」


 鈴木さんが頭を抱えた。


「何かダメなんですか?」


 私は首を傾げた。


「僕たちは、生きてる人間との接触は禁じられているんだ」


「でも普通の人からすれば、私たちは霊や神だから、見えないんじゃないの?」


「霊感のある人間もいるだろ」


 真紘の言葉にハッとした。


「あ」


「さっさと終わらせましょう」


 鈴木さんに促され、私たちは病室へ向かった。


 ベッドには目を閉じたおばあさんが横たわり、その傍らには家族らしき二人がいた。


「お母さん! お母さん、目を開けて!」


 娘と思しき女性が、おばあさんの肩を軽く揺さぶっている。


 その身体からは、魂が半分ほど抜けかかっていた。


「あー、魂が離れ切れないですね。

 死にたくないんだろうな」


「少し様子をみよう。

 動きがないなら介添えだな」


 真紘は腕を組んだ。


「介添え?」


「放っておくと魂に影響が出るので、こちらで肉体から魂を引き離します」


 鈴木さんの説明に、私は思わず目を見開いた。


「え? 死なないなら、そのままでいいんじゃないんですか?」


「よくないよ」


 真紘が静かに答えた。


「なんで?」


「生と死の境界に長く留まると、魂が不安定になるんだ。肉体に戻れないまま変質することもある」


「変質?」


「人間が悪霊って呼んでいるものになることもある」


「え!? 悪霊退散は!?」


「俺にはできません!」 


「できへんのかい!!」


 しばらく様子を見ていたが、魂は身体に戻ることも、完全に離れることもなかった。


 鈴木さんが一歩前に出る。


「介添えします」


「ああ」


 真紘も頷いた。


(やっぱり死神みたいな事もするんだ)


 この仕事の怖い側面を初めて見た気がした。


 鈴木さんが、軽く膝を曲げておばあさんの魂に向かって手を差し出した。


「さぁ、お手をどうぞ」


「!?

 何やねんそれ?!」


「貴女の手を取る栄光をこの私に」


「どこの貴族だよ!!」


 その時、孫が大きな声をあげた。


「おばあちゃん死なないでー」


 小さな男の子は目から大粒の涙を流し泣き出した。


 泣き声は病室に響き渡る。


 その母親も男の子を抱きしめ、涙を流した。


 おばあさんの魂が、わずかに揺れた。


 抜けかけていた魂が、ゆっくりとおばあさんの身体へ戻っていった。


「あ、魂が戻った」


 鈴木さんが呟いた。


(鈴木さん、拒否されたやん)


 おばあさんは目を閉じたまま、一度大きく息を吸い込んだ。


 娘と孫が顔をあげる。


「お母さん? お母さん!」


 娘は肩を揺らす。


 おばあさんの口元が動いた。


 それから、ゆっくりと目が開いた。


「おばあちゃんが目覚ましたー」


 その目はまだ虚ろだったが、孫も娘も涙を流しながら笑顔を取り戻した。


「この案件は終了ですね」


 鈴木さんが小さく笑った。


「え? いいの?」


 私は驚き鈴木さんに目を向ける。


「僕たちの仕事は命を奪うことじゃない」


 真紘が静かに答えた。


「肉体に戻れるならそれでいい」


 娘と孫の目にはまだ涙が残っていたが、そこには安堵の色が浮かんでいた。


 おばあさんはまだ意識が朦朧としているものの、薄く開いた目と口元には笑みが浮かんでいた。


 その様子を見て、私もホッと胸を撫で下ろした。


(おばあさんが死ななくて良かった)


 鈴木さんが一度送魂部に戻ると言うので、私と真紘も一緒に管理領域へ戻り、そのまま送魂部まで同行した。


「莉奈、僕たちはここで失礼しよう」


「鈴木さん、今日はありがとうございました」


 そう言うと、何故か鈴木さんは今日一番の笑顔で私たちを見送ってくれた。


 少しぶっきらぼうだったけど、親切でとても良い人だった。


 部署が違うとどれくらい接点があるのかわからないけど、たまに会えたら世間話でもしたいな。


 新しい出会いを素直に嬉しく思った。


 送魂部を出て、真紘と境界審査部へ戻る途中、ふと疑問が浮かんだ。


「……あれ? 待って! 真紘が私を迎えに来たのは……?」


「君の場合は少し特殊だったんだ」


「特殊?」


「うん。今度話すよ」


「今話せし!」


「今度ね」


「……真紘が私を8階から落としたのは介添え?」


「君を落とそうとしたわけじゃないよ」


「落とされたんやけど」


「……」


「私まだ生きとったやん」


「厳密には、現世と死後の境界に連れて行ったんだ。魂の状態を確認するためにね」


 真紘は前を向いたまま続けた。


「結局あの時は、まだ魂を迎える状態じゃなかったんだよ」


「つまり失敗したんやね」


「…………」


 真紘は何も話さなくなった。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。