第11話 眼鏡はいくつあっても困りません
仕事を終え、昼休みに買い物の約束をしていたメガネちゃんと待ち合わせた。
合同庁舎の外で、既にメガネちゃんが待っていた。
「メガネちゃん」
「お疲れ様です。
……莉奈さん、制服ですか」
私服に着替えていたメガネちゃんとは違い、私は制服のままだった。
「うん。私、パジャマとこの制服しか持ってないの」
「それは一刻も早く買わないといけないですね」
メガネちゃんが目を見開く。
「そうなのー。
コンビニの場所もスーパーの場所も知らないし、困ってたの」
「莉奈さん、お金はあるんですか?」
「入社祝い金もらったよ。お役所は手厚いね」
私はポケットから封筒を出した。
そういえば、バッグすらない。
「……生活費の仮払金ですよね?」
「そう、それ!」
「初回給与から控除されますよ」
「え?」
「返すお金です」
「借金やないかい!!」
「説明、聞いてなかったんですか?」
「祝い金だと思ってた……」
「新生活は物入りですよね。莉奈さんはこちらに来られたばかりですし」
「0からのスタートどころかマイナスからのスタートやん!
これから返済生活が始まるのか……」
トホホ、と思った。
「先程、境界審査部統括官から何か渡されていませんでした?」
「あ、そうだ。真紘からカード渡されたんだ」
ベストの内側の胸ポケットから、真紘にもらったカードを取り出した。
漆黒に金の雲文様。
「なんやこれ。高級な和菓子の箱みたいやな」
「……統括官から?」
「足りなかったら使っていいって」
「……」
メガネちゃんはじっと私を見てきた。
「何?」
「それは、公費ですか?」
「本人の」
「……個人のカードを?」
「うん」
「……」
メガネちゃんは無言、無表情で私を見つめてくる。
「何やねん、その顔」
「まぁ、良いんじゃないですか?
統括官がそれで良いなら。
それ限度額ないやつですね。何買います?」
メガネちゃんの視線は、真紘の黒い金属製のカードに釘付けだった。
「いくら私だって、使うつもりはないよ!」
「そうですか。オススメの眼鏡があったのですが」
「……メガネちゃん、眼鏡屋さんで副業とかしてないよね?」
「眼鏡はいくつあっても困りませんよ。
毎朝のコーディネートもまずは眼鏡からです。
ウェリントン、オーバル、ボストン――」
「うん! ありがとう!
でも今日はメガネは買わない!
洋服、下着、スキンケア、食材! ね?」
私は焦った。
メガネちゃんは案外、肝が座ってるのかも知れない。
「わかりました」
(近い未来、絶対に眼鏡を買わされる)
私はそんな予感がしていた。
メガネちゃんは少し言いにくそうに口を開いた。
「……もしいつか眼鏡を買われるなら、私が加護を授けさせていただければと」
「加護?」
「はい。眼鏡の神格にとって最大限の敬意なので」
「あ、つまりお友達の印?」
「……はい」
メガネちゃんの頬が少し赤くなった。
なんだか心が温かくなった。
「ありがとうメガネちゃん」
「何なら今からでも」
メガネちゃんは真紘のカードをじっと見続けていた。
「こ、今度! ちゃんと私のお金で買うから!」
「わかりました」
私の予感はどうやら当たるらしい。
次の給料で眼鏡を買う未来が垣間見えた。
社宅の裏側を歩いて行くと、ショッピングモールのような施設があった。
「え? こんな近かったの?」
「合同庁舎と社宅を取り囲むように商業エリアが広がっています」
「効率よく働かせるための配置やん」
ショッピングモールに入る。
中は吹き抜けになっており、その周囲に沿って店が並んでいた。
「わ、ファッション、コスメ、ドラッグストア、何でもあるね!」
思っていた以上に普通のショッピングモールで、少し拍子抜けした。
「地下はスーパーです。コンビニは社宅内にありますよ」
「灯台下暗し!」
まさか住んでいる建物の中にあったとは。
「何か普通だね。神様たちもここで買い物するのかな?」
「来ますよ。人間と同じ姿の神格なら」
「じゃあ、人間と違う姿の神様もいるの?」
「います。頭が龍だったり、牛だったり」
「……その神様たちはどうしてるの?」
私は思わずメガネちゃんの袖を掴み、周囲を見回した。
「専門の商業区があります」
「そうなんだ……」
「こちらにも来られますけどね」
「マジか! 見たらびっくりして心臓止まりそう。
あ、もう止まってたわ」
私は自らの発言に少し笑う。
「……私も笑った方が、いいですか?」
「……楽しそうに笑ってもらえるなら」
メガネちゃんは乾いた笑いを漏らした。
「ありがとう。もう大丈夫」
「喜んでもらえて良かったです」
「こちらこそ」
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