第18話 赤い彗星とソロモンの悪夢
ティアンムが退室した後。
会議室には再び。
ギレン。
ドズル。
キシリア。
ハマーン。
デラーズ。
ガトー。
六人が残った。
しばらく。
誰も口を開かなかった。
先ほどのティアンムの言葉が残っている。
――我々は弱かったのではない。
――古かったんだ。
そして。
ガトー自身も。
ハマーンから明確に告げられた。
ゲーマルクなら二分。
千回戦っても勝てない。
ドライセンですら五分持たない。
だが。
同じドライセンなら。
十分に勝てる。
ガトー「……九年か」
ハマーン「何だ」
ガトー「いや」
ガトー「九年という時間が」
ガトー「これほど大きいものなのかと思っただけです」
ハマーン「技術にとって九年は長い」
ガトー「身に染みました」
ドズル「ゲーマルクと戦おうとすんなよ」
ガトー「分かっております!」
ドズル「本当か?」
ガトー「……」
ドズル「何で黙る!」
## もう一人
キシリア「では」
キシリアが口を開いた。
キシリア「もう一人、呼びましょう」
デラーズ「誰を?」
キシリア「シャア・アズナブル」
ガトー「シャア大佐?」
デラーズ「赤い彗星か」
ドズル「……」
ガトーは。
ドズルの表情が変わったことに気づいた。
ガトー「ドズル中将?」
ドズル「……呼べ」
キシリア「いいの?」
ドズル「いい」
ハマーン「私も賛成です」
ギレン「理由は」
ハマーン「ガトーとシャア」
ハマーン「この二人を同じ場所に置いてみたい」
ギレン「ほう」
ドズル「性格悪いな、お前」
ハマーン「今頃気づきましたか」
ドズル「否定しねえのかよ」
## シャア
しばらくして。
扉が開く。
衛兵に付き添われ。
赤い軍服の男が入ってきた。
仮面はない。
シャア・アズナブル。
いや。
キャスバル・レム・ダイクン。
シャア「お呼びでしょうか」
キシリア「座りなさい」
シャア「これはまた」
シャアが室内を見回す。
シャア「随分と豪華な顔ぶれですな」
ドズル「座れ」
シャア「……」
シャア「承知しました」
シャアが席に着く。
その瞬間。
ガトーと目が合った。
シャア「……ガトー?」
ガトー「シャア大佐」
ドズル「やっぱ知ってるのか」
ガトー「知り合いというほどではありません」
シャア「ソロモンで何度か顔を合わせた程度です」
ガトー「赤い彗星を知らぬジオン兵はいません」
シャア「君のことも覚えている」
ガトー「光栄です」
シャア「随分と無茶な戦い方をする男だった」
ガトー「……」
ガトー「大佐に言われたくありません」
一瞬。
沈黙。
ドズル「ははははは!」
シャア「確かに」
## キャスバル
ギレン「シャア」
シャア「はい」
ギレン「いや」
シャア「……」
ギレン「キャスバル・レム・ダイクン」
ガトー「……?」
デラーズ「……何?」
シャア「……」
ガトーが。
シャアを見る。
ガトー「今」
ガトー「何と?」
ギレン「この男の本名だ」
デラーズ「キャスバル……」
デラーズの表情が変わる。
デラーズ「まさか」
キシリア「そのまさかよ」
ギレン「ジオン・ズム・ダイクンの息子」
ギレン「キャスバル・レム・ダイクン」
ガトー「……!」
ガトーが立ち上がる。
ガトー「シャア大佐!」
シャア「座りたまえ、ガトー」
ガトー「本当なのですか!」
シャア「……」
ガトー「あなたが!」
ガトー「ジオン・ズム・ダイクンの御子息だと!」
シャア「そうだ」
ガトー「……」
デラーズ「では」
デラーズ「なぜ名を偽った」
シャア「必要だったからです」
デラーズ「何のために」
シャアは。
ギレンを見る。
キシリアを見る。
ドズルを見る。
そして。
答えた。
シャア「ザビ家へ復讐するために」
## ガルマ
ガトー「……」
デラーズ「復讐?」
シャア「そうです」
デラーズ「総帥に?」
シャア「ザビ家全体に」
ガトー「待ってください」
シャア「何かな」
ガトー「ガルマ様は」
シャア「……」
ガトー「ガルマ・ザビ大佐は」
ガトー「あなたの士官学校時代からの御友人だったはず」
シャア「そうだ」
ガトー「では」
ガトーの声が。
少し低くなる。
ガトー「ガルマ様の戦死は」
シャア「私が仕組んだ」
ガトー「……」
デラーズ「……!」
ドズルの拳が。
強く握られる。
だが。
今回は。
動かなかった。
ガトー「もう一度」
シャア「聞こえなかったか」
ガトー「もう一度言ってください」
シャア「私が」
シャア「ガルマをホワイトベースの射線へ誘導した」
ガトー「……」
シャア「ガルマは」
シャア「私を信じていた」
ガトー「……」
シャア「私は」
シャア「その信頼を利用した」
## ガトー
ガトー「なぜです」
シャア「言っただろう」
シャア「ザビ家だからだ」
ガトー「それだけですか」
シャア「それだけで十分だった」
ガトーが。
立ち上がる。
デラーズ「ガトー」
ガトー「閣下」
デラーズ「座れ」
ガトー「しかし!」
デラーズ「座れ」
ガトー「……」
ガトーが。
ゆっくり座る。
ガトー「私には」
ガトー「理解できません」
シャア「だろうな」
ガトー「何?」
シャア「君には理解できない」
ガトー「なぜです」
シャア「君は」
シャアが。
ガトーを見る。
シャア「忠誠というものを」
シャア「疑ったことがない」
ガトー「当然です」
シャア「そこだよ」
ガトー「……」
シャア「君にとってジオンは」
シャア「疑う対象ではない」
シャア「ザビ家も」
シャア「軍も」
シャア「命令も」
ガトー「軍人として当然です!」
シャア「私にとっては違う」
シャア「ジオンという名は」
シャア「元々」
シャア「私の父の名だ」
部屋が静かになる。
シャア「それを」
シャア「ザビ家が国家の名にした」
シャア「君が忠誠を誓っているその旗を」
シャア「私は」
シャア「別の場所から見ている」
## デラーズ
デラーズ「キャスバル」
シャア「……」
デラーズ「そう呼ばせてもらおう」
シャア「お好きに」
デラーズ「私は」
デラーズ「ギレン総帥へ忠誠を誓っている」
シャア「存じています」
デラーズ「お前には」
デラーズ「滑稽に見えるか」
シャア「いいえ」
デラーズ「……」
シャア「あなたの忠誠は本物でしょう」
デラーズ「ならば」
シャア「本物だからこそ」
シャア「危険なのです」
デラーズ「何?」
シャア「自分の意思と」
シャア「忠誠の対象の意思を」
シャア「混同する」
デラーズの顔が。
固まった。
ハマーン「……」
ドズル「おい」
ドズルが。
ハマーンを見る。
ドズル「こいつ」
ドズル「さっきの話聞いてたのか?」
ハマーン「いいえ」
デラーズ「……」
シャア「何の話です?」
ギレン「気にするな」
シャア「そう言われると気になりますな」
## 正反対
ハマーン「面白いな」
シャア「何がです」
ハマーン「お前たちは」
ハマーンが。
シャアとガトーを見る。
ハマーン「正反対だ」
ガトー「私と?」
シャア「彼が?」
ハマーン「シャア」
ハマーン「お前は」
ハマーン「所属する組織への忠誠がほとんどない」
シャア「否定はしません」
ハマーン「ジオン軍へ入ったのも」
ハマーン「ザビ家へ近づくため」
シャア「そうだ」
ハマーン「ガトー」
ガトー「はい」
ハマーン「お前は逆だ」
ハマーン「忠誠が強すぎる」
ガトー「強すぎる?」
ハマーン「命令されたら死ぬ」
ガトー「軍人なら当然でしょう」
ハマーン「命令されなくても死ぬ」
ガトー「……」
ドズル「そう!」
ガトー「ドズル中将!」
ドズル「さっきから見てりゃ分かる!」
ドズルが。
シャアを指す。
ドズル「こっちは忠誠心がなさすぎる!」
シャア「酷い言われようですな」
今度は。
ガトーを指す。
ドズル「こっちは忠誠心がありすぎる!」
ガトー「それは褒め言葉では?」
ドズル「違う!」
そして。
ドズルが。
両手を合わせる。
ドズル「お前ら!」
ドズル「足して二で割れ!」
沈黙。
シャア「……」
ガトー「……」
デラーズ「……」
キシリア「……」
ギレン「……」
ハマーン「……」
シャア「できるものなら」
ガトー「こちらも苦労しません」
ドズル「そこだけ息合うんじゃねえ!」
## ギレン
ギレン「興味深いな」
ドズル「兄貴?」
ギレンは。
二人を見る。
ギレン「シャア」
シャア「はい」
ギレン「お前は」
ギレン「自分で考えすぎる」
シャア「……」
ギレン「ガトー」
ガトー「はっ」
ギレン「お前は」
ギレン「自分で考えなさすぎる」
ガトー「……!」
デラーズ「総帥」
ギレン「悪口ではない」
ギレン「両方とも」
ギレン「軍人としては危険だと言っている」
シャア「なるほど」
ガトー「私は」
ガトー「命令を忠実に」
ギレン「命令がなければ?」
ガトー「……」
ギレン「上官が死ねば?」
ガトー「……」
ギレン「国家がなくなれば?」
ガトー「……」
ギレン「その時」
ギレン「お前は」
ギレン「誰の命令で戦う」
ガトーは。
答えられなかった。
ハマーンは。
何も言わない。
まだ。
未来の話はしない。
## シャアにも
ギレン「そしてシャア」
シャア「はい」
ギレン「お前も同じだ」
シャア「私も?」
ギレン「お前は」
ギレン「誰の命令も必要としない」
シャア「それは長所では?」
ギレン「限度がある」
シャア「……」
ギレン「自分だけで」
ギレン「目的を決め」
ギレン「自分だけで」
ギレン「敵を決め」
ギレン「自分だけで」
ギレン「正義を決める」
シャア「……」
ギレン「その結果」
ギレン「ガルマを殺した」
シャア「……」
ギレン「お前も」
ギレン「自分を疑わなさすぎる」
シャアの表情が。
少しだけ変わった。
ハマーン「……」
キシリア「……」
## ガルマについて
ガトー「シャア大佐」
シャア「何だ」
ガトー「一つだけ」
シャア「聞こう」
ガトー「ガルマ様を」
ガトー「友人だと思ったことは」
ガトー「一度もなかったのですか」
シャア「……」
初めて。
シャアが。
すぐに答えなかった。
ガトー「利用するだけの相手だった?」
シャア「……」
長い沈黙。
シャア「最初は」
ガトー「……」
シャア「そのつもりだった」
ドズルの目が。
シャアへ向く。
シャア「だが」
シャア「長く一緒にいれば」
シャア「人間だからな」
シャア「何も感じなかったと言えば」
シャア「嘘になる」
ドズル「……」
ガトー「それでも」
ガトー「殺した」
シャア「そうだ」
ガトー「……」
シャア「だから」
シャアが。
少しだけ。
自嘲するように笑う。
シャア「君には理解できないと言った」
ガトー「理解したくありません」
シャア「それでいい」
## ドズル
ドズル「シャア」
シャア「はい」
ドズル「俺は」
ドズル「お前を許してねえ」
シャア「承知しています」
ドズル「ガルマは」
ドズル「俺の弟だ」
シャア「はい」
ドズル「ぶん殴りたい」
シャア「止めません」
ドズル「……」
ドズルが。
立ち上がる。
キシリア「兄上」
ハマーン「……」
ドズルは。
シャアの前まで歩く。
シャアも。
立つ。
ドズル「歯ぁ食いしばれ」
シャア「はい」
ドズルの拳が。
シャアの頬へ。
一発。
鈍い音。
シャアが。
床へ倒れる。
ガトー「……!」
デラーズ「……」
ドズルは。
追撃しなかった。
シャアが。
ゆっくり起きる。
口元から。
少し血が出ている。
ドズル「これは」
ドズル「ガルマの分だ」
シャア「……」
ドズル「これ以上はやらねえ」
シャア「なぜです」
ドズル「殴って」
ドズル「ガルマが帰ってくるなら」
ドズル「百発でも千発でも殴る」
ドズル「帰ってこねえからだ」
シャア「……」
ドズル「それに」
ドズル「お前には」
ドズル「まだ聞くことがある」
シャア「……そうですか」
ドズル「座れ」
シャア「はい」
## 二人
ガトー「シャア大佐」
シャア「何だ」
ガトー「私は」
ガトー「あなたの生き方を」
ガトー「理解できない」
シャア「私も」
シャア「君の生き方は理解できん」
ガトー「でしょうな」
シャア「だが」
ガトー「?」
シャア「パイロットとしては」
シャア「一度戦ってみたい」
ガトー「……」
ガトーが。
少し笑う。
ガトー「それについては」
ガトー「同感です」
ドズル「お」
ハマーン「……」
ドズル「やるか?」
キシリア「兄上」
ドズル「模擬戦だよ!」
シャア「私は構いません」
ガトー「私も」
ハマーン「なら」
ハマーンが口を開く。
ハマーン「ちょうどいい機体がある」
ドズル「何だ?」
ハマーン「一機」
ハマーンは。
少しだけ笑った。
ハマーン「足のないMSが」
シャア「……?」
キシリア「ああ」
ドズル「お!」
キシリア「ジオングね」
ガトー「ジオング?」
シャア「私は聞いていませんが」
キシリア「あなた




