第14話 赤い彗星の正体
ア・バオア・クー会戦終結から数時間。
地球連邦宇宙軍の武装解除が続く中。
一人の男が。
キシリア・ザビの命令によって呼び出された。
シャア・アズナブル。
赤い彗星。
## 呼び出し
衛兵「シャア・アズナブル大佐、到着しました」
キシリア「通して」
扉が開く。
赤い軍服。
仮面。
シャアが入室する。
シャア「お呼びでしょうか、キシリア少将」
キシリア「ええ」
シャアの視線が。
もう一人の人物へ向く。
白い軍服。
ハマーン・カーン。
シャア「……」
ハマーン「……」
奇妙な沈黙。
シャア「こちらは?」
キシリア「ハマーン・カーン」
シャア「なるほど」
シャア「例のネオ・ジオン総帥ですか」
ハマーン「そうだ」
シャア「ア・バオア・クーでは助けられました」
ハマーン「礼なら必要ない」
シャア「そうですか」
ハマーンは。
シャアを見る。
赤い彗星。
この時代の。
シャア・アズナブル。
若い。
当然だった。
自分が知るシャアより。
九年若い。
そして。
まだ。
クワトロ・バジーナでもない。
シャア「……何か?」
ハマーン「いや」
シャア「随分と見られているようですが」
ハマーン「気にするな」
シャア「そう言われると余計に気になりますな」
ハマーン「昔を思い出しただけだ」
シャア「昔?」
キシリア「その話は後にしましょう」
## 仮面
キシリア「シャア大佐」
シャア「はっ」
キシリア「仮面を取りなさい」
シャア「……」
キシリア「聞こえなかった?」
シャア「いえ」
キシリア「なら取りなさい」
シャア「これは古傷を隠すためのものでして」
キシリア「知っているわ」
シャア「……」
キシリア「取って」
数秒。
シャアは。
動かなかった。
キシリア「これは命令よ」
シャア「……承知しました」
シャアが。
仮面へ手をかける。
外す。
素顔。
キシリアは。
じっと見る。
キシリア「なるほど」
シャア「何か?」
キシリア「いいえ」
シャア「……」
## 本名
キシリア「では聞きましょう」
シャア「はい」
キシリア「あなたの名前は?」
シャア「シャア・アズナブルです」
キシリア「本名を聞いているの」
シャア「……」
キシリア「シャア・アズナブル」
シャア「はい」
キシリア「いえ」
キシリアが。
ゆっくりと言う。
キシリア「キャスバル・レム・ダイクン」
沈黙。
シャアの顔から。
表情が消えた。
シャア「……」
キシリア「違う?」
シャア「どこで」
キシリア「質問しているのは私よ」
シャア「……」
キシリア「あなたは」
キシリア「ジオン・ズム・ダイクンの息子」
キシリア「キャスバル・レム・ダイクン?」
シャアの目が。
ハマーンへ向く。
ハマーン「私を見ても答えは出んぞ」
シャア「……あなたか」
ハマーン「そうだ」
キシリア「認めるの?」
シャア「……」
キシリア「シャア」
シャア「……はい」
ついに。
シャアが答えた。
シャア「私は」
シャア「キャスバル・レム・ダイクンです」
キシリアは。
目を閉じた。
一度だけ。
そして。
開く。
キシリア「そう」
## ガルマ
キシリア「では」
キシリア「次」
シャア「……」
キシリア「ガルマ」
シャアの顔が。
わずかに動く。
キシリア「ガルマ・ザビ」
シャア「……」
キシリア「あなたの友人だったわね」
シャア「はい」
キシリア「士官学校時代から」
シャア「……はい」
キシリア「信頼されていた」
シャア「そう思います」
キシリア「なのに」
キシリアの声が。
冷たくなる。
キシリア「あなたは殺した」
シャア「……」
キシリア「違う?」
シャア「……」
キシリア「答えなさい」
ハマーンは。
何も言わない。
これは。
未来の罪ではない。
すでに。
この時代で。
起きたこと。
シャア「私が直接撃ったわけではありません」
キシリア「言葉遊びはやめなさい」
シャア「……」
キシリア「ホワイトベースの射線へ誘導した?」
シャア「……」
キシリア「意図的に」
シャア「……はい」
キシリアの手が。
わずかに動く。
腰の拳銃。
だが。
抜かない。
キシリア「なぜ」
シャア「……」
キシリア「ガルマは」
キシリア「あなたを信じていた」
シャア「知っています」
キシリア「ならなぜ!」
初めて。
キシリアの声が。
大きくなった。
シャア「ザビ家だからです」
キシリア「……」
シャア「それだけです」
キシリア「……」
シャア「ガルマ個人を憎んでいたわけではありません」
キシリア「だから余計に悪い!」
シャア「……」
キシリア「ガルマ本人に何の恨みもないのに」
キシリア「家名だけで殺したの?」
シャア「……」
シャアは。
答えない。
それが。
答えだった。
## 復讐
シャア「私の父」
シャア「ジオン・ズム・ダイクンは死んだ」
キシリア「ええ」
シャア「そしてザビ家が権力を握った」
キシリア「……」
シャア「母とも引き離された」
シャア「妹と逃げた」
シャア「名前を捨てた」
シャア「顔を隠した」
シャア「ジオン軍へ入った」
シャア「すべて」
シャア「ザビ家へ復讐するためです」
キシリア「では」
キシリア「次は誰だった?」
シャア「……」
キシリア「ドズル兄上?」
シャア「……」
キシリア「ギレン兄上?」
シャア「……」
キシリア「父上?」
シャア「……」
キシリア「私?」
シャア「……」
キシリア「答えないのね」
シャア「必要がありますか?」
キシリア「あるわ」
シャア「では」
シャアが。
キシリアを見る。
シャア「全員です」
静寂。
## ハマーン
キシリア「あなたは知っていたのね」
ハマーン「知っていた」
シャア「……」
キシリア「どこまで?」
ハマーン「かなり」
シャア「随分と不思議な女だ」
ハマーン「お前に言われたくはない」
シャア「私の正体を知り」
シャア「ガルマを裏切ったことまで知っている」
ハマーン「そうだ」
シャア「それでいて」
シャアが。
キシリアを見る。
シャア「私を殺すなと言った?」
キシリア「ええ」
シャア「なぜ?」
ハマーン「お前には」
ハマーン「まだ役割がある」
シャア「役割?」
ハマーン「今は言わん」
シャア「……」
## 奇妙な違和感
シャア「ハマーン・カーン」
ハマーン「何だ」
シャア「一つ聞きたい」
ハマーン「内容による」
シャア「あなたは」
シャア「私に会ったことがあるのか?」
キシリアが。
ハマーンを見る。
ハマーン「……」
シャア「先ほどから」
シャア「私を見る目が妙だ」
ハマーン「……」
シャア「私を知っている者の目だ」
ハマーン「勘がいいな」
シャア「ニュータイプですので」
ハマーン「自分で言うか」
シャア「事実でしょう」
シャア「それに」
シャア「あなたから」
シャア「妙なものを感じる」
ハマーン「私もだ」
シャア「……」
ハマーン「昔からな」
シャア「昔?」
ハマーン「失言だ」
キシリア「今日」
キシリアが。
少し笑う。
キシリア「失言する人が多いわね」
## キシリアの未来
シャア「何の話です?」
キシリア「あなたには関係ない」
シャア「私に関係があるように聞こえましたが」
キシリア「……」
ハマーン「キシリア閣下」
キシリア「分かっているわ」
だが。
キシリアは。
考えを変えた。
キシリア「シャア」
シャア「はい」
キシリア「あなたは」
キシリア「私を殺すそうよ」
シャア「……」
完全に。
予想外だった。
シャア「私が?」
キシリア「ええ」
シャア「いつ?」
キシリア「このア・バオア・クーで」
シャア「……」
キシリア「本来なら」
シャアの目が。
ハマーンへ向く。
シャア「本来なら?」
ハマーン「……」
シャア「なるほど」
ハマーン「何がだ」
シャア「あなたは」
シャア「未来を知っている」
キシリア「……」
ハマーン「……」
シャア「違いますか?」
ハマーン「なぜそう思う」
シャア「私がガルマを裏切ったことは」
シャア「調査すれば分かるかもしれない」
シャア「私の本名も」
シャア「どこかから漏れた可能性はある」
シャア「だが」
シャア「これから私がキシリア少将を殺すという情報は」
シャア「現在には存在しない」
ハマーン「……」
シャア「予言者か」
シャア「未来人か」
シャア「あるいは」
シャア「私の知らない何かか」
キシリア「やはり頭は回るわね」
シャア「褒め言葉として受け取ります」
## 九年後
ハマーン「キシリア閣下」
キシリア「いいでしょう」
ハマーン「……」
キシリア「この男にも」
キシリア「ある程度は話した方がいい」
ハマーン「本気ですか」
キシリア「どうせ気づいている」
ハマーンが。
シャアを見る。
シャア「聞かせてもらえますか」
ハマーン「……」
ハマーン「宇宙世紀0088年」
シャア「……」
ハマーン「それが」
ハマーン「私がいた時代だ」
シャア「0088」
ハマーン「そうだ」
シャア「九年後」
ハマーン「そうだ」
シャアは。
黙る。
だが。
笑わない。
シャア「なるほど」
ハマーン「信じるのか?」
シャア「目の前に証拠があります」
ハマーン「何?」
シャア「あなた方のMSです」
シャア「ザクIII」
シャア「ドライセン」
シャア「キュベレイ」
シャア「ゲーマルク」
シャア「そして五十三隻の艦隊」
シャア「秘密兵器という説明では」
シャア「規模が大きすぎる」
ハマーン「……」
シャア「それに」
シャアが。
ハマーンを見る。
シャア「あなたは」
シャア「現在アクシズにいるハマーン・カーン本人なのでしょう?」
ハマーン「そうだ」
シャア「……面白い」
キシリア「面白くはないわ」
シャア「私にとっては十分に」
キシリア「あなたは未来で私に殺されかけるのよ」
シャア「そして私が勝つ?」
キシリア「……」
シャア「なるほど」
キシリア「嬉しそうにするな!」
## 未来のシャア
シャア「では」
シャア「九年後の私は?」
ハマーン「……」
シャア「生きている?」
ハマーン「少なくとも」
ハマーン「私が知る範囲ではな」
シャア「ほう」
キシリア「私を殺して自分は生きるのね」
シャア「申し訳ありません」
キシリア「謝って済む話ではない!」
シャア「まだやっていませんが」
キシリア「ガルマはやったでしょう!」
シャア「……それについては弁解しません」
シャア「九年後」
シャア「私は何をしている?」
ハマーン「教えん」
シャア「なぜ?」
ハマーン「お前に余計な知識を与えると」
ハマーン「ろくなことにならん」
シャア「随分と信用がない」
ハマーン「自覚しろ」
シャア「では一つだけ」
ハマーン「何だ」
シャア「私は」
シャア「ザビ家への復讐を続ける?」
ハマーン「……」
シャア「答えにくい?」
ハマーン「お前は」
ハマーンが。
少し考える。
ハマーン「もっと面倒な男になる」
シャア「……」
キシリア「今より?」
ハマーン「はい」
キシリア「それは困るわね」
シャア「私も少し傷つきます」
ハマーン「知らん」
## セイラ
ハマーン「それより」
シャア「?」
ハマーン「アルテイシア」
シャアの顔が。
変わる。
シャア「……」
キシリア「妹ね」
ハマーン「現在」
ハマーン「地球連邦軍」
ハマーン「ホワイトベース隊にいる」
シャア「知っている」
ハマーン「なら」
シャア「?」
ハマーン「ガルマを殺した復讐者としてではなく」
ハマーン「兄として」
ハマーン「一度考えろ」
シャア「……」
ハマーン「お前が死ねば」
ハマーン「妹はどう思う」
シャアは。
答えなかった。
## 処分
キシリア「さて」
キシリアが。
席を立つ。
キシリア「キャスバル・レム・ダイクン」
シャア「……」
キシリア「あなたには」
キシリア「ガルマ殺害への関与について」
キシリア「正式に取り調べを受けてもらう」
シャア「承知しました」
キシリア「逃げないの?」
シャア「逃げられますか?」
キシリア「難しいでしょうね」
シャア「ならば無駄な努力はしません」
キシリア「それと」
シャア「?」
キシリア「あなたを今ここで殺さない理由は」
キシリア「ハマーンに言われたからだけではない」
シャア「では?」
キシリア「聞きたいことが」
キシリア「山ほどある」
シャア「……」
キシリア「父のこと」
キシリア「ガルマのこと」
キシリア「ダイクン家のこと」
キシリア「そして」
キシリア「あなた自身のこと」
シャア「分かりました」
衛兵が入る。
キシリア「連れて行きなさい」
衛兵「はっ!」
キシリア「丁重に」
衛兵「はい」
キシリア「ただし」
キシリアが。
シャアを見る。
キシリア「絶対に逃がすな」
衛兵「はっ!」
シャアが。
扉へ向かう。
途中。
止まる。
振り返る。
シャア「ハマーン・カーン」
ハマーン「何だ」
シャア「未来で」
シャア「私とあなたは」
ハマーンの目が。
わずかに細くなる。
シャア「敵ですか?」
ハマーン「……」
数秒。
ハマーン「単純に」
ハマーン「敵か味方かで説明できる関係なら」
ハマーン「楽だったのだがな」
シャア「……なるほど」
シャアが。
少し笑う。
シャア「それは」
シャア「確かに面倒そうだ」
扉が閉じる。
## 二人
キシリア「嫌いなの?」
ハマーン「誰をです」
キシリア「シャア」
ハマーン「……」
キシリア「随分と刺々しかったわ」
ハマーン「昔から」
キシリア「未来で何があったの?」
ハマーン「聞かないでください」
キシリア「気になるわね」
ハマーン「本当に」
ハマーンが。
珍しく。
心底嫌そうな顔をする。
ハマーン「聞かないでください」
キシリア「……」
キシリア「分かったわ」
数秒。
キシリア「でも」
ハマーン「何です」
キシリア「余計に気になる」
ハマーン「キシリア閣下」
キシリア「冗談よ」
ハマーンは。
ため息をついた。
キシリア「次は」
ハマーン「はい」
キシリア「ギレン兄上ね」
ハマーン「……」
キシリア「ドズル兄上も呼ぶ」
ハマーン「お願いします」
キシリア「何を話す?」
ハマーン「すべてです」
キシリア「すべて?」
ハマーン「少なくとも」
ハマーン「一年戦争が本来どう終わったか」
ハマーン「ザビ家に何が起きたか」
ハマーン「ジオンがどうなったか」
ハマーン「そして」
ハマーン「その後九年間」
ハマーン「宇宙世紀に何が起きたか」
キシリア「長い会談になりそうね」
ハマーン「はい」
キシリア「兄上」
キシリアは。
小さく笑った。
キシリア「怒るでしょうね」
ハマーン「どちらの?」
キシリア「両方」
ハマーン「でしょうね」
## 第14話 完




