第13話 キシリア・ザビ
ア・バオア・クー会戦。
終結。
地球連邦宇宙軍は戦闘を停止した。
各戦域で。
ジムが武器を捨てる。
ボールが砲身を下げる。
サラミス級が主砲を停止する。
救命艇が射出される。
ネオ・ジオン軍は。
ハマーンの命令通り。
それらを攻撃しなかった。
## 捕虜
ドズル「何人いるんだ?」
士官「現在集計中です」
ドズル「十万は超えるか?」
士官「可能性があります」
ドズル「……」
キシリア「食料が大変ね」
ドズル「そこかよ」
キシリア「重要でしょう」
ドズル「まあな」
キシリア「水、酸素、居住区、医療品。捕虜を取るというのはそういうことよ」
ドズル「殺すよりマシだ」
キシリア「当然ね」
ギレン「レビルは」
士官「旗艦におります」
ギレン「身柄を確保しろ」
士官「はっ」
ギレン「ティアンムもだ」
士官「了解」
ギレン「ただし」
士官「?」
ギレン「捕虜として礼節をもって扱え」
ドズル「珍しいな」
ギレン「何がだ」
ドズル「兄貴なら即尋問かと思った」
ギレン「レビルには利用価値がある」
ドズル「やっぱり兄貴だった」
## ネオ・ジオン
ア・バオア・クー周辺。
五十三隻の艦隊が。
ゆっくりと集結する。
損傷機。
帰還。
補給。
整備。
救難活動。
鹵獲艦の監視。
捕虜の収容。
そこに。
先ほどまでの圧倒的な攻撃性はない。
キシリアは。
その様子を見ていた。
キシリア「統制されている」
副官「はい」
キシリア「勝った直後が、一番軍紀が乱れるものだけれど」
副官「略奪等も確認されておりません」
キシリア「捕虜への発砲は?」
副官「ありません」
キシリア「救命艇は」
副官「完全に攻撃対象から除外されています」
キシリア「……」
副官「ハマーン・カーンの命令だそうです」
キシリア「そう」
キシリアは。
別の報告書を見る。
**ゲーマルク。**
**キュベレイ。**
**ドーベン・ウルフ。**
**ザクIII。**
**ドライセン。**
**バウ。**
**ズサ。**
**ガルスJ。**
**ガザD。**
キシリア「ザクIII」
副官「はい」
キシリア「IIIなのね」
副官「そのようです」
キシリア「ザクIIの後継機?」
副官「外見と名称からは」
キシリア「なら」
キシリアが。
報告書を置く。
キシリア「ザクIIとザクIIIの間に何があったの?」
副官「……」
キシリア「なぜ我々が知らない技術の発展形に、我々の兵器の名前が付いているの?」
副官「不明です」
キシリア「そうでしょうね」
## 九年
キシリア「それより」
副官「はい」
キシリア「兄上が言った言葉」
副官「ドズル中将の?」
キシリア「九年」
副官「……」
キシリア「聞いた?」
副官「はい」
キシリア「その直後」
キシリアが薄く笑う。
キシリア「兄上は明らかに誤魔化した」
副官「はい」
キシリア「兄上は嘘が下手ね」
副官「……」
キシリア「顔に全部出る」
キシリア「調査結果は?」
副官「マハラジャ・カーンについては確認できました」
キシリア「アクシズね」
副官「はい。現在もアクシズにおります」
キシリア「娘は?」
副官「います」
キシリア「名前」
副官「ハマーン・カーン」
キシリア「年齢」
副官が答える。
キシリア「……」
予想通りだった。
キシリア「子供」
副官「はい」
キシリア「写真は?」
副官「こちらです」
画面。
幼い少女。
キシリアは。
じっと見る。
髪。
目。
顔立ち。
そして。
次の画面。
成人した。
ネオ・ジオン総帥。
ハマーン・カーン。
キシリア「似ている」
副官「はい」
キシリア「親族では?」
副官「マハラジャ・カーンに確認した家族情報とは一致しません」
キシリア「……」
副官「また」
キシリア「何?」
副官「成人したハマーン・カーン本人が、マハラジャ・カーンを父と呼んでいるとの情報があります」
キシリア「誰から?」
副官「ソロモン守備隊員から複数証言が」
キシリア「……」
キシリアは。
もう一度。
二枚の写真を見る。
子供。
大人。
同じ名前。
同じ父親。
そして。
兄の失言。
**九年。**
キシリア「なるほど」
副官「何か?」
キシリア「いいえ」
キシリアは立ち上がる。
キシリア「ハマーン・カーンに連絡して」
副官「総帥を通しますか?」
キシリア「必要ない」
副官「しかし」
キシリア「私が会う」
## 招待
サダラーン。
オペレーター「ハマーン様」
ハマーン「何だ」
オペレーター「キシリア・ザビ少将より通信です」
ハマーンの手が。
止まる。
キャラ「キシリア?」
マシュマー「ザビ家の!」
ハマーン「分かっている」
オペレーター「直接面会を希望されています」
ハマーン「……」
キャラ「行くの?」
ハマーン「行く」
マシュマー「危険です!」
ハマーン「何がだ」
マシュマー「罠かもしれません!」
ハマーン「今のキシリアが私を殺す理由がない」
マシュマー「しかし!」
ハマーン「それに」
マシュマー「?」
ハマーン「おそらく」
ハマーンは。
ため息をつく。
ハマーン「ドズル閣下が余計なことを言った」
## 会談
ア・バオア・クー。
キシリア専用区画。
護衛を伴って到着したハマーン。
しかし。
会議室へ入るのは。
ハマーン一人。
キシリア一人。
二人は。
初めて。
直接向かい合った。
キシリア「ハマーン・カーン」
ハマーン「キシリア・ザビ少将」
キシリア「座って」
ハマーン「失礼します」
二人が座る。
沈黙。
キシリアは。
ハマーンを観察する。
ハマーンも。
キシリアを見る。
ハマーンにとって。
奇妙な感覚だった。
歴史上。
すでに死んでいるはずの女。
ザビ家の一人。
そして。
後の時代にまで。
大きな影響を残す人物。
そのキシリアが。
目の前にいる。
キシリア「あなた」
ハマーン「はい」
キシリア「私を知っているわね」
ハマーン「有名人ですから」
キシリア「そういう意味ではない」
ハマーン「……」
キシリア「さっきから私を見る目が」
キシリア「初対面の人間を見る目ではない」
ハマーン「鋭いですね」
キシリア「褒めても何も出ないわ」
ハマーン「でしょうね」
## 子供のハマーン
キシリアが。
一枚の写真を置く。
ハマーンの表情が。
止まる。
写真。
幼い。
ハマーン・カーン。
ハマーン「……」
キシリア「知っている?」
ハマーン「はい」
キシリア「誰?」
ハマーン「ハマーン・カーン」
キシリア「あなたも?」
ハマーン「ハマーン・カーンです」
キシリア「同姓同名?」
ハマーン「いいえ」
キシリア「姉妹?」
ハマーン「いいえ」
キシリア「親戚?」
ハマーン「いいえ」
キシリア「では何?」
ハマーン「……」
キシリア「父親も同じ」
ハマーン「……」
キシリア「マハラジャ・カーン」
ハマーン「はい」
キシリア「アクシズにいる」
ハマーン「はい」
キシリア「あなたは」
キシリアが。
写真を指で押さえる。
キシリア「この子?」
沈黙。
ハマーン「……そうです」
キシリアの表情が。
わずかに変わった。
キシリア「そう」
ハマーン「驚かないのですね」
キシリア「驚いているわ」
ハマーン「そうは見えません」
キシリア「あなたも同じでしょう」
ハマーン「なるほど」
## 九年
キシリア「兄上が」
ハマーン「ドズル閣下ですね」
キシリア「ええ」
キシリア「さっき」
キシリア「九年、と言った」
ハマーン「……」
キシリア「その直後、慌てて誤魔化した」
ハマーン「……」
キシリア「あなたは現在のハマーン・カーン本人」
ハマーン「はい」
キシリア「ただし大人」
ハマーン「はい」
キシリア「そして」
キシリア「九年」
ハマーン「……」
キシリア「説明して」
ハマーンは。
少し考えた。
ここで。
嘘をつく意味は。
ほとんどない。
キシリアは。
すでに答えの近くまで来ている。
ただし。
すべてを話す必要もない。
ハマーン「一つ条件があります」
キシリア「何?」
ハマーン「この話を」
ハマーン「まだギレン総帥には伝えないでいただきたい」
キシリア「理由は?」
ハマーン「総帥には」
ハマーン「あなたとドズル閣下を交えた場で」
ハマーン「私から説明します」
キシリア「なぜ私には先に?」
ハマーン「あなたが気づいたからです」
キシリア「……」
ハマーン「そして」
キシリア「?」
ハマーン「あなたには」
ハマーン「先に知っておいていただいた方がよいことがある」
キシリア「私個人に?」
ハマーン「はい」
キシリア「分かった」
ハマーン「約束していただけますか」
キシリア「内容を聞いてから決める」
ハマーン「それでは困ります」
キシリア「では話さなくていい」
ハマーン「……」
キシリア「あなたが話さなくても」
キシリアが。
幼いハマーンの写真を見る。
キシリア「いずれ答えには辿り着く」
ハマーン「……」
ハマーンが。
小さく笑った。
ハマーン「やはり」
キシリア「何?」
ハマーン「あなたは面倒な人だ」
キシリア「初対面の相手に随分な言い方ね」
ハマーン「私にとっては」
ハマーンが。
言葉を止める。
キシリア「?」
ハマーン「いえ」
## 開示
ハマーン「現在」
ハマーン「宇宙世紀0079年」
キシリア「当然ね」
ハマーン「私がいた時代は」
キシリア「……」
ハマーン「宇宙世紀0088年です」
沈黙。
キシリア「もう一度」
ハマーン「宇宙世紀0088年」
キシリア「九年後」
ハマーン「はい」
キシリア「……」
キシリアは。
笑わなかった。
否定もしなかった。
ただ。
ハマーンを見る。
キシリア「ネオ・ジオン全軍が?」
ハマーン「はい」
キシリア「五十三隻」
ハマーン「はい」
キシリア「MSも」
ハマーン「はい」
キシリア「人間も」
ハマーン「はい」
キシリア「0088年から?」
ハマーン「そうです」
長い沈黙。
キシリア「……馬鹿馬鹿しい」
ハマーン「普通ならそう思います」
キシリア「でも」
キシリアが。
写真を見る。
キシリア「この子がいる」
ハマーン「はい」
キシリア「ザクIII」
ハマーン「はい」
キシリア「ドライセン」
ハマーン「はい」
キシリア「キュベレイ」
ハマーン「はい」
キシリア「現在の技術では説明できない」
ハマーン「そうです」
キシリア「そして」
キシリア「あなたは私たちについて知っている」
ハマーン「かなり」
## キシリアの質問
キシリア「では」
ハマーン「はい」
キシリア「九年後」
ハマーン「はい」
キシリア「ジオンは?」
ハマーン「……」
キシリア「勝っているの?」
ハマーン「いいえ」
キシリア「負けるのね」
ハマーン「はい」
キシリア「いつ?」
ハマーン「本来なら」
ハマーン「今日です」
キシリア「……」
ハマーン「ア・バオア・クー会戦で敗北します」
キシリア「今日」
ハマーン「はい」
キシリア「でも」
キシリアが。
外を見る。
連邦軍は。
武装解除中。
キシリア「勝った」
ハマーン「我々が来たことで歴史が変わりました」
キシリア「兄上は?」
ハマーン「ドズル閣下?」
キシリア「ええ」
ハマーン「本来なら」
ハマーン「ソロモンで死亡しています」
キシリア「……」
ハマーン「ガンダムとの戦闘で」
キシリア「だから助けた」
ハマーン「はい」
キシリア「ギレン兄上は?」
ハマーン「……」
キシリア「父上は?」
ハマーン「……」
キシリア「私は?」
ハマーン「……」
キシリア「ガルマは」
ハマーン「ガルマ様については」
ハマーン「すでに起きたことです」
キシリアの目が。
細くなる。
## シャア
キシリア「シャア・アズナブル」
ハマーン「……」
キシリア「今、顔が変わった」
ハマーン「そうですか」
キシリア「ガルマと関係があるのね」
ハマーン「あります」
キシリア「何をした」
ハマーン「……」
キシリア「答えて」
ハマーン「ガルマ様は」
ハマーン「シャアに裏切られました」
キシリア「……」
ハマーン「ホワイトベースの攻撃位置へ」
ハマーン「意図的に誘導されています」
キシリア「理由」
ハマーン「シャア・アズナブルの本名は」
ハマーン「キャスバル・レム・ダイクン」
キシリアが。
初めて。
完全に表情を失った。
キシリア「……何ですって?」
ハマーン「ジオン・ズム・ダイクンの息子です」
キシリア「……」
ハマーン「ザビ家への復讐のため」
ハマーン「ジオン軍へ潜入しました」
キシリア「証拠は?」
ハマーン「未来では公然の事実です」
キシリア「今の証拠よ」
ハマーン「ありません」
キシリア「なら」
ハマーン「だから」
ハマーンが。
強く言う。
ハマーン「殺してはいけません」
キシリア「……」
ハマーン「拘束してください」
キシリア「なぜ」
ハマーン「本人に確認すればいい」
キシリア「認めると思う?」
ハマーン「追及の仕方次第でしょう」
## 未来の罪
キシリア「他にもいる?」
ハマーン「何がです」
キシリア「未来でジオンに害をなす者」
ハマーン「大勢います」
キシリア「名前を」
ハマーン「教えません」
キシリア「……」
ハマーン「未来で罪を犯したからといって」
ハマーン「現在まだ何もしていない者を処刑することは」
ハマーン「認めません」
キシリア「あなたが?」
ハマーン「私が」
キシリア「随分と強気ね」
ハマーン「それだけの戦力を持っています」
キシリア「……」
ハマーン「脅しではありません」
キシリア「十分脅しに聞こえるわ」
ハマーン「ならば」
ハマーン「警告と受け取ってください」
二人。
見つめ合う。
やがて。
キシリアが。
少し笑う。
キシリア「あなた」
ハマーン「?」
キシリア「本当に二十歳前後?」
ハマーン「どういう意味です」
キシリア「可愛げがない」
ハマーン「あなたに言われたくありません」
キシリア「……」
ハマーン「……」
キシリア「ふふ」
ハマーン「何がおかしいのです」
キシリア「少し気に入ったわ」
ハマーン「私は複雑です」
## そして
キシリア「ギレン兄上には」
ハマーン「ア・バオア・クーの戦後処理が終わってから」
キシリア「ドズル兄上も?」
ハマーン「はい」
キシリア「三人揃えて?」
ハマーン「はい」
キシリア「父上は?」
ハマーン「その後です」
キシリア「……」
ハマーン「一度に全員へ話せば」
ハマーン「収拾がつかなくなる」
キシリア「それは同意するわ」
キシリア「一つ」
ハマーン「?」
キシリア「最後に聞かせて」
ハマーン「どうぞ」
キシリア「九年後」
キシリアは。
静かに聞いた。
キシリア「私は生きている?」
ハマーンは。
答えなかった。
その沈黙だけで。
十分だった。
キシリア「……そう」
ハマーン「キシリア閣下」
キシリア「誰に殺されるの?」
ハマーン「……」
キシリア「ギレン兄上?」
ハマーン「いいえ」
キシリア「連邦?」
ハマーン「いいえ」
キシリア「では」
ハマーン「シャアです」
キシリア「…………」
ハマーン「ア・バオア・クーから脱出しようとするあなたを」
ハマーン「シャア・アズナブル」
ハマーン「キャスバル・レム・ダイクンが殺します」
長い沈黙。
キシリア「……なるほど」
ハマーン「だから」
キシリア「殺すな、と?」
ハマーン「違います」
キシリア「?」
ハマーン「捕らえて」
ハマーン「本人から」
ハマーン「すべて聞いてください」
キシリアが。
立ち上がる。
キシリア「衛兵」
扉が開く。
衛兵「はっ!」
キシリア「シャア・アズナブル大佐を探しなさい」
衛兵「はっ!」
キシリア「ただし」
衛兵「?」
キシリア「殺してはならない」
衛兵「了解しました」
キシリア「可能な限り無傷で」
衛兵「はっ!」
衛兵が去る。
ハマーン「意外ですね」
キシリア「何が?」
ハマーン「もっと即座に射殺を命じるかと」
キシリア「未来の私はそうする?」
ハマーン「……」
キシリア「答えなくていいわ」
キシリアは。
幼いハマーンの写真を。
ハマーンへ差し出した。
キシリア「持っていく?」
ハマーン「……」
ハマーンは。
写真を見る。
九年前の自分。
そして。
その頃。
アクシズには。
父がいる。
まだ。
生きている。
ハマーン「……いただきます」
キシリア「父親に会いたい?」
ハマーン「……」
数秒。
ハマーンは。
総帥ではなく。
一人の娘になった。
ハマーン「はい」
キシリア「なら」
キシリア「戦後処理を早く終わらせましょう」
ハマーン「……はい」
同じ頃。
ア・バオア・クー。
格納庫。
一機の巨大MSが。
戦闘に参加することなく。
完全な状態で残されていた。
頭部。
巨大な胴体。
両腕。
そして。
脚はない。
整備兵「……結局」
整備兵が。
ジオングを見上げる。
整備兵「出番なかったな」
その背後から。
声。
キャラ「何これ?」
整備兵「!?」
キャラが。
ジオングを見上げる。
首を傾げた。
キャラ「足」
整備兵「……」
キャラ「取れたの?」
整備兵「違います」
キャラ「付け忘れた?」
整備兵「違います!」
キャラ「じゃあ何でないの?」
整備兵「足の問題ではありません!」
## 第13話 完




