第4話 魔力
翌日の夕方、悠真は昨日と同じ公園に来ていた。
昨日、凛から魔力の扱い方を教わり、自分の中にある魔力を感じられるようになった。まだ自由に操れるわけではないが、意識を集中すれば胸の奥にある小さな流れを感じ、それを右手へ動かすことも少しずつできるようになっている。
「今日は、属性適性を調べるんですよね?」
ベンチに座った凛へ尋ねると、凛は頷いた。
「ええ。昨日話した四属性――火、水、土、風。そのどれがあなたに向いているのかを確認するわ」
「どうやって調べるんですか?」
「実際に魔力を流してみるのが一番分かりやすいわ」
凛はベンチから立ち上がると、地面に小さな円を描いた。円の内側には四つの簡単な術式が組み込まれている。
「これは属性ごとの反応を見るための術式よ。四つの部分にそれぞれ魔力を流して、どの属性に反応するかを確認するの」
「それだけで分かるんですか?」
「基本的な適性ならね。反応の強さや安定性を見れば、その人がどの属性を扱いやすいのか判断できるわ」
悠真は術式を見つめた。
「じゃあ、まずは火からいくわ」
凛が四つある術式の一つを指差した。
「昨日と同じように魔力を感じて。そのまま右手へ流して、ここへ送り込んでみて」
「分かりました」
悠真は術式の前に座り、ゆっくりと目を閉じた。
胸の奥へ意識を向ける。
昨日までは探すことすら難しかった感覚が、今日は少しだけはっきりしていた。小さな流れを見つけ、それを右手へと動かしていく。
手のひらへ魔力が集まったところで、凛に指示された場所へ送り込んだ。
すると、術式の一部が淡い赤色に輝いた。
「……光った」
「ええ。火属性に反応しているわ」
「じゃあ、俺は火属性なんですか?」
「適性はあるわね。でも、一つだけで判断するのは早いわ」
凛は別の術式を指差した。
「次は水よ」
悠真は一度魔力を整えてから、同じように術式へ流し込んだ。
今度は青白い光が浮かび上がり、円の中心に小さな水滴が生まれる。
「水にも……」
「ええ。反応しているわ」
悠真は驚きながら次の術式を見る。
「じゃあ、次は土ですね」
「そう」
悠真が魔力を送り込むと、今度は地面がわずかに震えた。術式の線が淡い茶色に輝き、円の中心にある土がほんの少しだけ盛り上がる。
「これも反応した……」
凛は黙ってその様子を確認している。
「最後は風ね」
悠真は四つ目の術式へ魔力を流した。
次の瞬間、術式の周囲で空気が動いた。
近くに落ちていた木の葉が舞い上がり、悠真の頬を柔らかな風が撫でる。
悠真はゆっくり目を開いた。
「……全部、反応しましたよね?」
「ええ」
凛は四つの術式を順番に見た。
赤。
青。
茶。
そして、風によって揺れる空気。
どの術式にも、確かな反応が残っている。
「四属性、全部に適性があるわ」
「……全部?」
「火、水、土、風。どれか一つに偏ることなく、四つすべてに反応した」
悠真はしばらく言葉を失った。
「そんなことって、普通にあるんですか?」
「珍しいわ」
「どれくらい?」
「少なくとも、私は今まで見たことがない」
凛の答えは淡々としていた。
しかし、その表情にはわずかな驚きが浮かんでいる。
「じゃあ、俺ってかなりすごいんじゃ……」
「勘違いしないで」
「はい」
悠真は即座に姿勢を正した。
「適性があることと、強い魔法を使えることは別よ」
「……ですよね」
「今のあなたは、魔力を感じて、少し動かせるようになった程度。四属性を扱える可能性があることは分かったけれど、それだけで強いとは言えないわ」
凛は四つの術式を見ながら続けた。
「普通は、四属性のうち一つか二つに強く反応することが多いわ。だから、その属性を中心に練習することになる」
「じゃあ、俺は四つとも練習するんですか?」
「いずれはね。でも、今すぐ全部を使おうとする必要はないわ」
凛は悠真を見る。
「まずは魔力そのものを安定して扱えるようになること。それができなければ、どの属性を選んでもまともな魔法にはならないから」
「分かりました」
「それに、四属性すべてに適性があるなら、一つずつ確実に覚えたほうがいいわ。最初から全部に手を出せば、どれも中途半端になりかねないもの」
悠真は頷いた。
「じゃあ、最初はどれから?」
「火がいいでしょうね」
「火ですか?」
「私が一番扱いやすい属性だから、教えやすいの」
凛が右手を上げる。
指先に赤い光が集まり、やがて小さな炎へと変わった。
「魔法は、属性を選ぶだけで使えるものじゃないわ。魔力をどう動かして、どんな形にするかが重要なの」
炎は凛の手のひらの上で揺らめきながら形を変えていく。
「同じ火属性でも、火球にするのか、炎の壁にするのか、それとも別の形にするのかで、必要な操作は変わる」
「思っていたより難しいですね」
「簡単ではないわ。でも、昨日のあなたなら練習を始めることすら難しかったでしょうね」
凛が炎を消す。
「今日は魔力を感じて、自分の意思で動かせている。少なくとも、魔法を覚えるための準備はできているわ」
悠真は自分の手を見つめた。
昨日までは何も知らなかった。
魔力という言葉すら、自分には関係のないものだと思っていた。
それなのに今は、その力が確かに自分の中にある。
しかも、自分には四属性すべての適性がある。
「……なんだか、急に現実味がなくなってきました」
「昨日まで魔法なんて知らなかったんだから、当然よ」
「ですよね」
悠真は苦笑した。
「でも、少し楽しみです」
凛は悠真の表情を見て、わずかに目を細めた。
「なら、まずは簡単な魔法から始めましょう」
「はい」
悠真は凛の前に座り直し、右手を差し出した。
「火を出せるようになればいいんですよね?」
「最初は炎を出そうとしなくていいわ」
「え?」
「まずは魔力を手のひらへ集める。それができたら、その魔力に火属性の性質を与えるの」
「……難しそうですね」
「だから練習するのよ」
悠真は目を閉じた。
胸の奥にある魔力を探す。
昨日よりも、はっきりと感じられる。
その小さな流れを右手へ送り、手のひらへ集めていく。
「そのままよ」
凛の声を聞きながら、悠真は集中した。
手のひらに集まった魔力へ、火の性質を持たせる。
すぐには何も起こらなかった。
「……難しい」
「焦らないで。魔力を散らさず、そのまま維持して」
悠真は意識を集中し続けた。
すると――。
手のひらの上に、小さな赤い光が生まれた。
「……!」
悠真が目を開く。
赤い光は炎と呼ぶには小さかった。それでも、確かに熱を持ち、わずかに揺らめいている。
「今の、火ですか?」
「まだ小さな火種ね。でも、成功よ」
数秒後、赤い光はふっと消えた。
悠真は自分の手を見つめたまま、しばらく動かなかった。
「……俺、本当に魔法を使ったんだ」
「ええ」
凛は静かに頷いた。
「これが、あなたにとって最初の魔法よ」
悠真はもう一度、胸の奥へ意識を向けた。
そこには昨日まで知らなかった力がある。
まだ小さく、思うようには扱えない。
それでも確かに、自分の意思で動かすことができた。
「もう一回、やってみてもいいですか?」
「もちろん」
悠真は右手を前へ伸ばした。
今度は、先ほどよりも慎重に魔力を集めていく。
魔法を使える。
その事実を確かめるように、悠真は再び小さな火種を生み出すため、集中を始めた。




