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第六話:悪役令嬢の本領

 ナタリーには確信があった。


 王ラスタは、息子の婚約者であり常にカイルを陰日向にと支えてきた献身的なナタリーを心から信頼している。


 だからナタリーが自身に任せてほしいと言えば何の疑いもせず信じてくれるだろうということを。


「機嫌が良さそうで嬉しいわ、ナタリー」


「えぇ、これも全て協力してくれるニコルとハンナのおかげよ」


 学園内にあるナタリー専用の部屋に三人は事故で亡くなった友人のため喪に服していた。


 ニコルはナタリーを気にかけ、ハンナはいつも以上に嬉しそうに顔を綻ばせ、ナタリーは上機嫌であった。そして席は最初から三人だけだったように全席埋められている。


 ニコルはティーカップにミルクを注ぐとティースプーンでかき回しながら近況を話題にする。


「最近ね、お父様がようやくセリ湖をみんなで活用できるように港をそれぞれの領地に建設する事業を共同で立ち上げたんだけど、エイフォン男爵家にもこの話を持ち掛けたんですって。そしたら二つ返事で了承だったみたいよ」


 紅茶を口にするニコルにナタリーが微笑んだ。


「まぁ、それを聞いて安心しましたわ。でしたらわたくしは、完成した暁にはお祝いの品をお送りいたしましょう」


 それは楽しみねと笑い合う二人にハンナがにこやかに問いかける。


「ニコル様、その港はいつ頃完成する予定なのですか?」


「そうねぇ、半年はかけないといけないかしらね」


 意味深に答えるニコルにナタリーは小さく口角を上げ、ハンナも珍しく目を輝かせた。


「本当に、楽しみですわ」


 クスリと笑ってナタリーは紅茶を一口、口にした。



 それからナタリーはこの半年間、極力大人しく過ごした。変わらず幼い頃に与えられた城の部屋で過ごし、学園ではニコルとハンナとお茶をしたりと目立つようなことは一切しなかった。


 学園内ではミラがいなくなったことにより、これ以上変な噂が追加されるようなことはなかったが、ナタリーの悪役令嬢という名称はどこか定着したような形に収まった。


 だがナタリーと交流のあった高位貴族達はそんな噂を気にするどころか、次第にナタリーに味方をする者が目に見えて増えていった。


 その事に焦ったカイルとアデラは特別枠として学園に通っている庶民や下位貴族達を味方につけ真っ向から対立しようとしたが、ナタリーの鶴の一声によって正面的な衝突は避けられる。


 悪役になるのは自分だけでいいと言ったナタリーに、ナタリー側についた貴族達は素直に引いたのだ。


 カイルとアデラは始めこそ警戒をしていたが、ナタリーが何も仕掛けてこないとわかると徐々に警戒を緩め、今では楽しい学園生活を送っている。


 この半年間、裏工作をしているとは夢にも思っていないだろう。


 そして待ちに待った水上拠点である港がいくつも完成していき一か月ほどが経過した。


 ナタリーはいつものように三人だけのお茶会を開催する。


「機が、熟しましたわ」


 ナタリーの発言にニコルもハンナも嬉しそうに身を乗り出す。まるで絵本の読み聞かせの続きを催促する子どもの様に瞳を輝かせる二人にナタリーは満足そうに結果を報告した。


「エイフォン男爵領の港完成の日、お祝いに男爵夫妻にそれぞれ好みの異性との運命的な出会いをプレゼントして差し上げましたの」


 アデラの父には愛らしく可憐な少女のような心を持った女性を。母には背が高く、まるで大衆劇から舞い降りたような見目麗しい男性を。


「ふふ、お二人とも喜んでくださったみたいで、最近行き場をなくした男爵領から流れた領民をエイラート領に沢山招待しましたわ」


 男爵夫妻は運命という甘美な響きを匂わせる恋に大いに嵌ってくれた。おかげで領地経営は疎かになり、多額の資金はその愛人のために双方が内緒で貢いでいる。


 そしてこの状況を学園寮で過ごしているアデラは知らない。


「アデラ様に知られてせっかくのわたくしからのプレゼントが台無しになってしまってはいけませんから、エイフォン男爵家から届く手紙はすべて、王太子の婚約者であるわたくしが大切に保管していますの」


 二人の火遊びに困り果てたエイフォン家の筆頭執事は娘のアデラに帰ってきてほしい旨として、夫妻の素行、領地の経済状況、そして領民の不満による流出などを手紙にしたためていた。


 すなわち、エイフォン男爵家とその領地で起きている問題が真実であり、深刻だという証拠をナタリーは握っていることになる。


「そして明日、二人はそれぞれ愛の逃避行をするみたいですわ」


 何でもないようにクスリと笑ってマカロンを一口、上品に味わう。


 もともとエイフォン夫妻も政略結婚で結ばれた仲である。真実の愛とやらを演出してやればあの愚かな二人のようになるとナタリーは確信していた。


「愛って凄いわね」


 ニコルが煩わしそうに背もたれに体を預ける。


「私もお姉様を心から愛しているから夫妻の気持ち、わかる気がします」


 うっとりと応えるハンナにナタリーとニコルは頼もしそうに微笑んだ。


「カイル様とアデラ様の真実の愛はこの悪役令嬢に打ち勝てるといいですわね」


 エイフォン家の没落は目の前だ。アデラが近況を知ったところで最早手の打ちようはない。


 あるとすればただ一つ、王太子に頼る事であろう。


 ナタリーは悪い笑みを浮かべるとぽつりと呟いた。


「あとは、お父様にお任せいたしますわ」


 男爵家から流れた領民もきっと故郷が恋しいはずだ。その領民達を帰してあげられるのは受け入れた父、イーサンにしかできない。


 そして事はナタリーの思惑通りに進んで行く。


 両親がそれぞれ駆け落ちし、蒸発したエイフォン男爵領は一人娘のアデラが継ぐこととなった。


 だが領地経営などしたことのないアデラには到底無理な話である。かと言って他の貴族と婚姻を結ぶなど、真実の愛を誓い合った二人には受け入れられないだろう。


 カイルがアデラを支える。二人にとってこの結論が最良である。


 アデラは学園から去った。その後をカイルが追うことはなかったが、カイルの選んだ優秀な者をアデラの補佐としてつけたようだ。


 しかし、衰退しきった領地を回復させるのは難しいらしい。


 頼みの綱である交易の水上拠点として建てた港だが、他の貴族が交易をすることを拒んでいるため使い物にならず、維持費だけが消えていきまた経済を圧迫した。


 アデラはカイルに側にいてほしいと縋るが、たとえカイルが側にいたとしてもどうしようもできないだろう。


 そろそろ頃合いだと、ナタリーが父に手紙を出すとすぐさま父イーサンは動き出した。父イーサンは娘の手紙を手にラスタ王に直訴するため城を訪れる。


「陛下、ナタリーがエイフォン男爵領から流れた領民に心を痛めていると手紙が来ました。ですが……王太子殿下がなぜ、男爵令嬢に手を貸しているのです? 王家はエイフォン男爵家を贔屓しているということでよろしいか」


「ちょっと待てイーサン、それは飛躍し過ぎだ。息子と今の領主はつい最近まで学友だっただけの事。それにエイフォン男爵家は取り潰しが決まった」


 ラスタは厄介な相手に焦りを気取られぬよう落ち着いて決定したことを告げる。そして、暗に息子とその令嬢を引き離したとも訴えた。


 イーサンは満足気に頷くと本当の目的を果たすために嬉々として一つ提案をする。


「ではその取り潰しとなった男爵領を我がエイラート家に任せてはいただけないでしょうか」


「な、なにを言っている! あそこは別の者に……!」


「恐れながら、行き場のないエイフォン領の大半の領民を受け入れたのは他でもない我がエイラート家です。その我らを差し置いて他の者に統治を任せると?」


 そこを突かれるとラスタはもう何も言えなかった。仕方がないと言えば仕方がなかった。大量に流出した領民を受け入れられるのは広大な領地を有するエイラート家しかなかったからだ。


 沈黙は肯定と捉え、イーサンは口角を上げた。


「では、息子のジェイを領主として派遣してもよろしいですな?」


「……あぁ、そのようにしておこう」


「これで、元男爵領にまた領民が帰ってきて賑わいますなぁ」


 嬉しそうにイーサンは王に置き土産の言葉を残すと足取り軽く王城をあとにした。一人取り残されたラスタは上手くいきすぎていると、ナタリーに不信感を抱きそうになったがまさかと首を振る。


 ナタリーは友人を一人事故で亡くし元気がないのか城の部屋では一人でいることや、学園では仲の良い友人だけで日中を過ごしていると報告を受けていた。


 確かにニコルもハンナもナタリーと家同士の深い関りがあるが、それ以上の付き合いは認められておらず、ナタリーが公爵家に帰る姿も父に手紙を頻繁に寄こしているなどの報告も受けていない。


 それにあのナタリーがカイルのことは自分に任せてほしいと言ったのだ。


 幼い頃より城で過ごす彼女はもうすでに娘の様な存在である。そんな彼女をラスタは心から信じている。


 まさか息子がそのナタリーを悪に染めてしまっていたとは思いもよらなかったが、もう遅い。


 この時ナタリーを追及できなかった甘さを後悔することになるが、その時はもう目前まで迫っていたのだった。



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