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最終話:引き際まで美しく

 元男爵領は衰退以前の賑わいと活発さを取り戻し、ついにはエイフォン家が統治していた以上の経済発展を遂げていた。


 それもこれも、あの港が交易の場としてようやく本来の機能を果たすようになったからであろう。


 領民は戻り、領主も変わったこの領地との交易を拒否する理由がないと貴族達は判断しマイラー公爵家主導の元、大いに経済を回していた。


 アデラは爵位を取り上げられ平民となっていたが、カイルの計らいで密かにカイルが所有する別邸へと身を寄せ隠れるように過ごしている。


 勿論それも調査済みだ。


 ナタリーは城の一室で今夜の社交パーティーのためのドレスに身を包むと鏡の前に立った。一度深呼吸をし前を見据える。


 鏡に映った自身の顔に一寸の迷いもなかった。


「ふふ、すぐにでも一緒にいられるようにして差し上げますわ。永遠に、ね……」


 ナタリーは身を翻すとカイルのエスコートを待たず、一人で会場へと向かった。


 ナタリーが堂々と会場へ姿を現したがほとんどの者は驚かない。当然である。あの大人しく過ごしていた半年間、ナタリーはずっと裏で高位貴族達をこちら側へ引き込む工作をマイラー家に任せていたのだから。


 ニコルがナタリーの隣に立つと微笑んだ。


 さすがは最も信頼のおける親友である。ニコルは学園内の高位貴族達を密かにナタリー派へと誘導していた。そして学園の外では父イーサンの話に乗ったニコルの父ダッカスが同じく高位貴族達をエイラート公爵家派に誘導していた。


 セリ湖の港を作る間に少しずつ貴族達を説得しこちら側へ引き込み、港が完成すると交易は情報伝達と武器や物資などの密輸などに使われた。エイフォン男爵家が没落し、エイラート公爵家が領地を乗っ取った瞬間、すべての工程が終わりを告げたのである。


 あとは時が満ち、この夜会を待つだけであった。


 今日がその王家との決別の日となる。故にこの場にいる貴族達のほとんどがエイラート公爵家の話に乗った者達だ。


 ハンナがナタリーの隣に同じく立つと甘えるように体を寄せた。


 ハンナにはずっとミラとアデラの監視を任せていた。ハンナは余計なことはせず、ただ忠実にナタリーの言う通り監視と報告だけをしてくれた。何とも頼もしく、大きな助けとなったことは言うまでもない。


「ナ、ナタリー! 息子は……カイルはどうしたのだ!?」


 ラスタ王はナタリーがカイルのエスコートもなしにこの場に来たことに驚きを隠せずそう叫んだ。ナタリーは少しだけ胸が痛んだが、もう後戻りはできないとラスタに向き合った。


「お義父様……力及ばず申し訳ありません。わたくしにはお二人の真実の愛を止めることはできませんでした」


「な、何を言って……!」


「ナタリー!」


 ナタリーが先に会場へ向かったとの報告にカイルが息を切らしながらこの場に足を踏み入れる。役者が揃った事にナタリーは笑った。


「何が可笑しい? 部屋で待つようにと……」


「なぜわたくしがあなたの言う事を聞かなければなりませんの? 王太子殿下」


「……っ」


 カイルが口篭るとラスタはすべてを悟って頭を抱える。


「あなたはわたくしの言葉をいつも聞かなかったではありませんか」


「それ、は……」


 何も言えない情けない婚約者に悪役らしく一つプレゼントをしてやろうとナタリーは従者に合図を送った。


「ア、アデラ! なぜここに……!」


「カイル様……」


 エイラート公爵家の従者に縄をかけられ会場へと連れて来られた愛する人に駆け寄ろうとしたがその先をナタリーに遮られる。


「ナタリー、君は……! なんてことを……!」


「ふふ、御安心くださいまし。わたくしはお二人が正式に結ばれるよう、もう一つプレゼントを考えてきましたの」


 悪役よろしく冷たい笑みを浮かべるナタリーにカイルは背筋が凍りつきそうになった。



 この女は誰だ、あの優しい笑みを浮かべていた彼女はどこへ行ってしまったのだ。



 そんなカイルの心情を無視してナタリーは冷たく言い放った。


「カイル王太子殿下、わたくしとの婚約を破棄いたしましょう」


「それはならん!!」


 ナタリーの宣言にラスタ王が動いた。だがナタリーは引かない。


「陛下、王太子殿下はこの者を心から愛していると、王太子妃にしたいとおっしゃいました。他でもないわたくしが証人ですわ」


「……っ!!」


 カイルもラスタも揃って顔を青ざめさせた。そしてナタリーは仕上げとばかりにアデラに歩み寄ると胸元の服を勢いよく引き裂いた。


「きゃっ!」


 アデラの短い悲鳴が静まり返った会場に虚しく響くが、その会場の全員がアデラの胸元で光り輝く指輪に釘付けとなる。


「これが、殿下がアデラ様をお選びになった何よりの証ですわ陛下」


「あぁ……なんということだ」


 その指輪は代々王家が受け継ぐ家宝を模した物であった。


 ハンナによれば平民となって別邸暮らしとなったアデラにカイルが贈ったものだとのことだ。アデラを迎えに行った暁には本物を贈るとも。離れていても心は一緒とは泣けることである。


「ナタリー、どうしてしまったんだ……。君は、こんな酷いことをする人じゃなかった! こんな人前で誰かを……」


「あら、あなたはわたくしの悪役令嬢という名称を否定されなかったではありませんか」


「!」


「そして皆がわたくしを悪役令嬢だと嘲り笑ったのですよ? ですから、こうしてお望み通りに立ち回って差し上げていますのに」


「ナタ……」


 弱々しくナタリーに手を伸ばす元婚約者にナタリーは体を引いた。その行為にカイルは今更ながら大きなショックを受けてしまった。あの優しい微笑みを向けてくれていたナタリーはもういない。自分がこの手で壊してしまった事をもう遅いとは分かっていながらも悔やんでも悔やみきれなかった。


「よろしいではありませんか! こうしてお二人の仲を引き裂こうとした悪役令嬢は真実の愛の前に敗れ身を引こうと言っているのです。お二人の勝利、誠におめでとうございます」


 茫然とするカイルをよそにナタリーはアデラを解放するよう合図を出すと、自由の身となったアデラがカイルに駆け寄り涙を流しながらその体に抱きついた。


 だがカイルは動けずその場に立ったままである。


「まぁ! その身に取り戻したヒロインをお慰めしなくてよろしいのですか? ふふ、ではわたくしはここでお暇させていただきますわ。皆様、ごきげんよう」


 ナタリーが仰々しくカーテシーを披露し会場を出て行くと、ナタリー派となっていた貴族達も揃って会場を出て行った。この場のほとんどの者がエイラート公爵家の手の内だと気づいた時にはもう遅かった。


「残っている貴族達を集めろ、急げ……!」


 苦し気に命令を出す王に宰相は慌てて出て行ったが、未だに状況を呑み込めないカイルは顔を青くさせながら縋るように父を見た。その息子にラスタはもうどうしようもなかった。


「やってくれたなカイル……。王家は、もう終わりだ。お前も覚悟を決めよ」


「な、何が起こっているのですか? なぜ、なぜナタリーは……」


「クーデターを起こされると言っているのだ!!! お前とナタリーの婚約はイーサン・エイラートに対する抑止力も兼ねていると言ったはずだ!!! 娘が王家を見限った今、イーサンはもう止められん!!! 今身を寄せているその愚かな娘共々ここで死ぬ覚悟をしっかりと決めておけ!!!!!」


 父の剣幕にようやく理解が追いつくと、凄まじい恐怖が襲った。二人は自分達のしでかした事の代償のあまりの大きさと重みに体が押し潰されそうになる。


「まさか……あの、ナタリーが……」


 優しく隣で微笑んでいた彼女が頭に浮かんだ。もしかしたらこれは単なる脅しで、明日には驚かせたことを謝罪してくれるのかもしれない。きっとそうに違いないと現実逃避を決めた。


 だがその甘い考えはすぐに破壊された。


 王城から上がる黒煙をナタリーは見晴らしのいい丘の上からニコルとハンナを伴い満足そうに眺めていた。


 もうすぐ愚かな元婚約者とその元婚約者が愛した哀れな女の首が届けられるかと思うと胸が高鳴って仕方がない。


 ただ一つ、王ラスタの遺体だけは丁重に埋葬したかった。


 長い間、もう一人の父と慕っていた彼のことだけは静かに眠らせてあげたい。


 ナタリーは勝利を伝えに丘を駆け上がる従者に意識と目を移し、くすりと笑った。エイラート王家が誕生するのはもう目前だ。


「悪役令嬢の立ち回り、楽しんでいただけたようで何よりですわ」




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