第五話:カイルの誤算
カイルは急ぎ父のいる執務室へと足を進めていた。それは先程アデラから受けた密告を王である父に知らせるためである。
ナタリーに悪いと思わないことはない。だが自分は真実の愛を知ってしまったのだ。この世で一番大切な人を守るために、そして一緒になるために走らなければならないと使命感に燃える。
「失礼いたします、父上」
執務室の扉をノックもせずに開けた息子に父ラスタは片眉をピクリと動かしたが、只ならぬ雰囲気と長年の経験から側近達に合図を送り、息子カイルと二人だけの空間にした。
「どうしたんだカイル」
「はい、実は……」
カイルが事情を説明するとラスタは頭を抱えていった。カイルはその姿にやはり父も知らない事だったのだと思い、早急に知らせることができたことを安堵する。
しかし、顔を上げた父の目はカイルを鋭く睨んでいた。
「カイル、それはもう解決したことだ。宰相のセドリックのやり方をこちら側が謝罪し、マイラー家もその他の者達も受け入れた。今更蒸し返すようなことはやめろ」
「し、しかしエイラート公爵家が……」
ラスタは大きなため息を吐くと頭を今度は左右に振った。
「なぜそこでエイラート公爵家が出てくる。確かにエイラート家とマイラー家は旧知の仲だがエイラート家はセリ湖と何の関係もない領地だ。しかも娘のナタリーがお前と婚約をしているのに王家に喧嘩を売るようなことをするはずがないだろう。こんな突拍子もない話、誰から聞いたのだ?」
「そ、それは……」
言えるはずもない。父の反応が予想とはかけ離れているのだ。下手をすれば愛する人を守るどころか窮地に立たせることになるかもしれないのだから。
カイルの無言にラスタはさらに目を細めた。
「お前、最近アデラ嬢とやらと仲が良いそうだな」
「な、なぜ……」
「ふざけているのか? 私はお前の父である前にこの国の王だ。知らないわけがないだろう。まさかその娘に入れ込んで一緒になりたいからと、ナタリーを陥れようとしているわけではあるまいなぁ……?」
「そんなことは……!」
咄嗟に保身に走ってしまった罪悪感にカイルは顔を俯かせた。その行動に疚しさを隠していることを察したラスタは強く警告する。
「お前とナタリーの婚約がどれほど大切なことか再教育が必要か? いくらナタリーが心優しい女性だといっても限度がある。それにあんなにも優秀で勤勉な者はそうはおらん。男爵令嬢などに現を抜かす暇があったらその分お前も今は勉学に励まんか」
「……申し訳ありません」
悔しそうに歯を食いしばる息子にまたも盛大にタメ息を吐く。
「で? ナタリーとの仲はどうなのだ」
「そ、それは……何も変わりありません」
「嘘つきめ。まぁいい、ナタリーは自分に任せてほしいと私に進言した。だから……今は許そう」
まだ年若い息子を想っての言葉だった。あまり頭ごなしに反対をしても反発心からアデラとの関係をこれ以上進められてはかなわない。
父であり王であるラスタの言葉ならゆっくりとだが考えを改めていってくれるだろうとの期待もある。
そしてきっとナタリーに任せれば大丈夫だと、過信してしまった。
後にこの判断を下した己に一生後悔することを王はまだ知らない。あの時もっと息子を注視していればあんなことにはならなかったのだから。
カイルは不甲斐なさと悔しさを抱いたまま部屋へと戻った。
だがアデラを守れたことにホッと胸を撫で下ろし、ベッドに腰を下ろすとナタリーの言葉を思い返した。
彼女は自分達の成長のために自ら悪役を買って出てくれたのだ。そして父であり、王であるラスタにまで任せてほしいと言ったという事実がカイルの背中を無意味に押した。
幼い頃からナタリーは常にカイルを隣で支え、不満一つ漏らさずについてきてくれた。きっとバラ園でのあの言葉は未熟なカイル達へナタリーから最後の愛の鞭なのだと思えてならない。
「必ず乗り越えて認めさせ、私はアデラと結ばれてみせる」
決意するように拳を握り締めるカイルだが、どこまでも自分本位だという事に気づけなかった。
ナタリーの愛情と優しさに甘えきっていたツケがその身に降りかかることを無垢で無知な彼は知る由もないのだった。




