『優しい人』第三話 【 水色 】
優佑「あ…」
杏果「どうしました?」
優佑「紅茶の茶葉買うの忘れてた」
杏果は思わず吹き出した。
杏果「今気付いたんですか?」
優佑「今気付いた」
真顔だった。
優佑「行ってくる」
そう言いかけて、優佑は少し首を傾げた。
優佑「一緒に来る?」
杏果は少し考えた。
今日は講義も終わった。
課題も昨日片付けている。
帰っても特に予定はない。
杏果「お邪魔じゃなければ」
優佑「全然」
杏果もつられて笑う。
杏果「じゃあ、ご一緒します」
◇
15分後。
ショッピングモールは夕方でも人が多かった。
優佑は紅茶の茶葉を選んでいる。
杏果は少し離れた場所にある雑貨店へ視線を向けた。
棚に並んだシュシュが目に入る。
淡いベージュ、薄い水色。
どちらも可愛かった。
思わず足を止める。
優佑「見ていく?」
振り返ると、優佑が立っていた。
杏果「ばれちゃいました?」
優佑「うん」
少し笑う。
優佑「結構見てた」
杏果は少し恥ずかしくなった。
杏果「可愛かったので」
優佑「いいんじゃない?」
杏果「え?」
優佑「せっかくだし」
優佑は穏やかに笑った。
優佑「見ていこう」
杏果は少し迷った後、頷いた。
杏果「じゃあ、少しだけ」
◇
店内へ入る。
杏果は2つのシュシュを手に取った。
淡いベージュ、薄い水色。
どちらも気に入っている。
杏果「どっちにしよう」
小さく呟くと、優佑が隣から覗き込んだ。
優佑「迷ってる?」
杏果「はは…、実は」
優佑は真剣な顔になる。
優佑「責任重大だ」
杏果「そんな大げさな」
優佑「いや、結構大事」
真面目な顔のまま言うので、杏果は吹き出した。
数秒後。
優佑は水色を指差した。
優佑「こっちかな」
杏果「理由聞いてもいいですか?」
優佑「なんとなく」
杏果「参考にならないです」
2人で笑った。
優佑「でも似合うと思う」
杏果はもう一度、水色のシュシュを見る。
確かに可愛い。
杏果「じゃあこれにします」
◇
会計へ向かおうとした時だった。
優佑が自然に商品を受け取る。
杏果「え?」
杏果は目を丸くした。
杏果「優佑さん?」
優佑「ん?」
杏果「何してるんですか?」
優佑「支払い」
杏果「それは見れば分かります」
優佑は吹き出した。
杏果は慌てて財布を取り出す。
杏果「自分で払います」
優佑「そう?」
杏果「そうです」
優佑は少し考える。
それから笑った。
優佑「じゃあ迷わせたお詫び」
杏果は眉をひそめる。
杏果「優佑さんが迷わせたんですか?」
優佑「半分くらい」
杏果「半分しか責任取ってないじゃないですか」
優佑「じゃあ6割」
杏果「増えましたね」
優佑「頑張った」
真顔だった。
杏果は笑いを堪えられなかった。
結局。
シュシュは優佑が買った。
◇
20分後。
優佑の部屋は甘い香りで満たされていた。
テーブルの上にはフルーツタルト。
そして紅茶。
杏果「いただきます」
優佑「どうぞ」
杏果はタルトを一口食べる。
思わず目を見開いた。
杏果「美味しい」
優佑が少しだけ笑う。
優佑「よかった」
その顔は本当に嬉しそうだった。
◇
しばらく雑談をした後だった。
優佑がふと杏果を見る。
優佑「そういえば」
杏果「…?」
優佑「その髪飾り」
杏果は髪に触れた。
優佑「いつも付けてるよね」
杏果「ああ」
思わず笑う。
杏果「これですか?」
優佑「うん」
杏果「シュシュっていうんです」
優佑は興味深そうに頷いた。
杏果「髪を結ぶ時に使うんですよ」
優佑「へぇ」
杏果「ゴムより跡が付きにくいですし」
優佑「なるほど」
杏果は少し笑う。
杏果「可愛いのも多いので好きなんです」
優佑は納得したように頷いた。
優佑「名前も可愛いね」
杏果「そうですか?」
優佑「うん」
それから笑う。
優佑「ふわふわしてて可愛い」
杏果は吹き出した。
杏果「シュシュの感想ですか?」
優佑「シュシュの感想」
真顔で返されて、さらに笑った。
◇
部屋へ戻った杏果は、新しいシュシュを机の上に置いた。
今日のことを思い出す。
優佑の笑顔。
フルーツタルト。
紅茶。
他愛のない会話。
思わず小さく笑った。
杏果「優しい人だな」
そう呟いて、部屋の明かりを消した。
◇
同じ頃。
優佑は机に向かっていた。
静かな部屋。
手元には古いノート。
ペンを走らせる。
ゆっくりと文字を書く。
『7月12日』
『杏果は今日も笑っていた』
『水色にして正解だった』
一度、ペンが止まる。
優佑は静かに視線を上げた。
部屋の奥。
閉ざされた扉を見る。
しばらく見つめた後。
再びノートへ視線を落とした。
そして一行だけ書き足す。
『ようやく空いた。』
(エピローグあり)
しぐれ:優しい人或いは親切過ぎほど人ほど心の底が見えないものだと思っています。建前と本音というものですね。知らない人からもらったものは気をつけて受け取ってくださいね!
最後まで拝読ありがとうございました。




