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『優しい人』【 エピローグ 】

エピローグ***


暗かった。


狭い部屋だった。


幼い杏果は膝を抱えて座っていた。


泣き疲れて声も出ない。


お母さんに会いたかった。


帰りたかった。


何度も泣いた。


何度も叫んだ。


それでも誰も来なかった。


やがて。


扉が開く。


杏果は肩を震わせた。


足音が近付く。


怖くて顔を上げられない。


しばらくして。


目の前に誰かがしゃがみ込んだ。


優しい声だった。


「また泣いてた」


杏果は返事をしない。


「怒ってる?」


小さく頷く。


すると相手は少しだけ笑った。


「そうだよね」


怒られている子供をあやすような声だった。


しばらく沈黙が続く。


その後。


ふわりと甘い香りがした。


杏果は少しだけ顔を上げる。


目の前にはミルクティーの缶。


「飲む?」


杏果は首を横に振った。


知らない人から貰ったものなんて飲まない。


すると相手は困ったように笑う。


「警戒してる」


当たり前だった。


杏果はまた膝に顔を埋めた。



どれくらい時間が経ったのか分からない。


退屈だった。


怖かった。


帰りたかった。


そんな杏果の髪を、後ろから誰かが触る。


杏果「なに?」


「ごめん」


杏果「なにしてるの?」


「結べるかなと思って」


髪を梳かす感覚が続く。


何度かやり直しているらしい。


そのうち。


「できた」


少し嬉しそうな声がした。


杏果は髪を触る。


三つ編みだった。


けれど。


左右の長さが微妙に違う。


杏果は少し考えた。


そして。


杏果「へたくそ」


間が空いた。


それから。


小さな笑い声が聞こえる。


「ごめん」


杏果「お母さんの方が上手」


「そうかも」


少し残念そうだった。


杏果は初めて少しだけ笑った。



その後のことは、あまり覚えていない。


どうやって助かったのか。


どうやって家へ帰ったのか。


誰が迎えに来たのか。


全部曖昧だった。


ただ。


甘い香りと。


ミルクティーの缶と。


不格好な三つ編みだけは。


なぜか記憶の奥に残っていた。



静かな部屋だった。


優佑は机の前に座っていた。


しばらく何もせず、窓の外を眺める。


やがて立ち上がった。


部屋の奥へ向かう。


カチャリ。


鍵を回す音。


ゆっくりと扉が開く。


そこには誰もいない部屋があった。


白いベッド。


小さな本棚。


丸いテーブル。


ティーカップが二つ。


棚には色とりどりのシュシュ。


そして。


窓際の椅子。


そこに座る等身大の人形。


長い黒髪。


右肩の前へ流した三つ編み。


白いシュシュ。


膝の上には、水色のシュシュが置かれていた。


優佑はその姿を見つめる。


しばらく黙ったまま。


それから小さく笑った。


「やっぱり水色だった」


返事はない。


当然だった。


優佑はゆっくり部屋を見渡す。


白いベッド。


二人分のカップ。


静かな部屋。


そして。


ずっと空いたままだった場所。


優佑は目を細めた。


「ようやく空いた」


静かな部屋に声だけが落ちる。


――もっとも。


杏果が、その意味を知ることはない。


エピローグ おわり***



しぐれ:本編の答え合わせ出来ましたか?

ここまで見れた方は、真実が分かったはず…

扉の空いた意味を_____。

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