『優しい人』第二話 【 甘い香り 】
大学から帰り、自分の階でエレベーターを降りる。
廊下を歩いていると、ふわりと甘い香りがした。
思わず足を止める。
お菓子だろうか。
焼き立てのような甘い香りだった。
辺りを見回してみるが、人影はない。
気のせいかもしれない。
そう思いながら自室へ入った。
◇
5日後。
帰宅した杏果はエントランスで優佑を見つけた。
両手にはスーパーの袋。
思わず笑ってしまう。
杏果「凄い量ですね」
優佑も袋を見る。
優佑「買いすぎたかも」
少し困ったように笑った。
杏果「何か作るんですか?」
優佑「うん」
優佑は頷く。
優佑「フルーツタルト」
杏果「わぁ」
思わず声が漏れる。
杏果「すごいですね」
優佑「そうでもないよ」
優佑は少し照れたように笑った。
その時だった。
杏果は数日前のことを思い出す。
杏果「あ」
優佑「…?」
杏果「この前、廊下で甘い香りがしたんです」
優佑が少し驚いた顔をした。
優佑「本当?」
杏果「はい」
杏果は頷く。
杏果「お菓子かなって思ってました」
優佑は少しだけ視線を落とした。
それから笑う。
優佑「気付いてもらえたんだ」
どこか嬉しそうだった。
優佑「嬉しいな」
杏果「そんなにですか?」
優佑「うん」
優佑は頷く。
優佑「頑張って作ったから」
その言葉が妙に子供っぽく聞こえて、杏果は少しだけ笑った。
杏果「完成したら美味しそうですね」
優佑「上手く出来るといいな」
◇
3日後。
エレベーターで優佑と二人きりになった。
優佑「最近暑くなりましたね」
杏果「そうですね」
優佑「夏は苦手?」
杏果「苦手です」
即答すると、優佑は少し笑った。
優佑「やっぱり」
杏果「やっぱり?」
優佑「なんとなく」
杏果「なんとなくですか」
優佑「うん」
そこでエレベーターが止まる。
優佑が先に降りる。
優佑「じゃあまた」
杏果「はい」
何気ない会話だった。
◇
4日後。
帰宅した杏果はエントランスで優佑と顔を合わせた。
優佑「こんばんは」
杏果「こんばんは」
その時。
ふわりと良い香りがした。
杏果は少し首を傾げる。
杏果「どうしたの?」
優佑「いい香りがするなって」
優佑は少し考えた。
優佑「これは……シャンプーかな?」
杏果は目を丸くする。
杏果「正解です」
優佑「やっぱり」
納得したように頷いた。
杏果「昨日変えたんです」
優佑「そうなんだ」
それから少しだけ目を細める。
優佑「君の雰囲気に似合ってると思う」
不意に言われて少し照れる。
杏果「ありがとうございます」
優佑はいつものように笑った。
◇
4日後。
大学から帰ると、エレベーターの前で優佑と鉢合わせた。
ふわりと甘い香りがする。
杏果は思わず笑った。
杏果「またお菓子作ってたんですか?」
優佑が少し驚く。
優佑「分かる?」
杏果「分かります」
そう言って顔を見る。
そこで気付いた。
杏果「あ…」
優佑「…?」
杏果「…鼻に」
優佑が首を傾げる。
杏果「付いてます」
自分の鼻先を触る。
指先に白い粉が付いた。
優佑「ああ」
少しだけ笑う。
優佑「見つかった」
杏果は思わず吹き出した。
杏果「小麦粉ですか?」
優佑「たぶん」
杏果「たぶんなんですか」
優佑「夢中だったから」
どこか困ったように笑う。
その顔が少しおかしくて、杏果もつられて笑った。
優佑「趣味なんだ」
杏果「あ、やっぱり?」
優佑が首を傾げる。
優佑「やっぱり?」
杏果「お菓子作りそうな雰囲気です」
優佑は少しだけ目を丸くした。
それから笑う。
優佑「そう見えるんだ」
杏果「見えます」
優佑「初めて言われた」
杏果「本当ですか?」
優佑「うん」
少し間が空く。
それから優佑が思い出したように言った。
優佑「あ…」
杏果「?」
優佑「良かったらお茶していく?」
杏果は目を瞬かせた。
杏果「お茶ですか?」
優佑「うん」
優佑は頷く。
優佑「ちょうど焼けたところだから」
その時だった。
優佑が固まる。
優佑「あ」
杏果「どうしました?」
優佑「紅茶の茶葉買うの忘れてた」
杏果は思わず吹き出した。
杏果「今気付いたんですか?」
優佑「今気付いた」
真顔だった。
第3話へ続く▶︎▶︎▶︎




