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『優しい人』第二話 【 甘い香り 】

大学から帰り、自分の階でエレベーターを降りる。


廊下を歩いていると、ふわりと甘い香りがした。


思わず足を止める。


お菓子だろうか。


焼き立てのような甘い香りだった。


辺りを見回してみるが、人影はない。


気のせいかもしれない。


そう思いながら自室へ入った。



5日後。


帰宅した杏果はエントランスで優佑を見つけた。


両手にはスーパーの袋。


思わず笑ってしまう。


杏果「凄い量ですね」


優佑も袋を見る。


優佑「買いすぎたかも」


少し困ったように笑った。


杏果「何か作るんですか?」

優佑「うん」


優佑は頷く。


優佑「フルーツタルト」

杏果「わぁ」


思わず声が漏れる。


杏果「すごいですね」

優佑「そうでもないよ」


優佑は少し照れたように笑った。


その時だった。


杏果は数日前のことを思い出す。


杏果「あ」

優佑「…?」


杏果「この前、廊下で甘い香りがしたんです」


優佑が少し驚いた顔をした。


優佑「本当?」

杏果「はい」


杏果は頷く。


杏果「お菓子かなって思ってました」


優佑は少しだけ視線を落とした。


それから笑う。


優佑「気付いてもらえたんだ」


どこか嬉しそうだった。


優佑「嬉しいな」

杏果「そんなにですか?」


優佑「うん」


優佑は頷く。


優佑「頑張って作ったから」


その言葉が妙に子供っぽく聞こえて、杏果は少しだけ笑った。


杏果「完成したら美味しそうですね」

優佑「上手く出来るといいな」



3日後。


エレベーターで優佑と二人きりになった。


優佑「最近暑くなりましたね」


杏果「そうですね」

優佑「夏は苦手?」


杏果「苦手です」


即答すると、優佑は少し笑った。


優佑「やっぱり」

杏果「やっぱり?」


優佑「なんとなく」

杏果「なんとなくですか」


優佑「うん」


そこでエレベーターが止まる。


優佑が先に降りる。


優佑「じゃあまた」

杏果「はい」


何気ない会話だった。



4日後。


帰宅した杏果はエントランスで優佑と顔を合わせた。


優佑「こんばんは」

杏果「こんばんは」


その時。


ふわりと良い香りがした。


杏果は少し首を傾げる。


杏果「どうしたの?」

優佑「いい香りがするなって」


優佑は少し考えた。


優佑「これは……シャンプーかな?」


杏果は目を丸くする。


杏果「正解です」

優佑「やっぱり」


納得したように頷いた。


杏果「昨日変えたんです」

優佑「そうなんだ」


それから少しだけ目を細める。


優佑「君の雰囲気に似合ってると思う」


不意に言われて少し照れる。


杏果「ありがとうございます」


優佑はいつものように笑った。



4日後。


大学から帰ると、エレベーターの前で優佑と鉢合わせた。


ふわりと甘い香りがする。


杏果は思わず笑った。


杏果「またお菓子作ってたんですか?」


優佑が少し驚く。


優佑「分かる?」

杏果「分かります」


そう言って顔を見る。


そこで気付いた。


杏果「あ…」

優佑「…?」


杏果「…鼻に」


優佑が首を傾げる。


杏果「付いてます」


自分の鼻先を触る。


指先に白い粉が付いた。


優佑「ああ」


少しだけ笑う。


優佑「見つかった」


杏果は思わず吹き出した。


杏果「小麦粉ですか?」

優佑「たぶん」


杏果「たぶんなんですか」

優佑「夢中だったから」


どこか困ったように笑う。


その顔が少しおかしくて、杏果もつられて笑った。


優佑「趣味なんだ」

杏果「あ、やっぱり?」


優佑が首を傾げる。


優佑「やっぱり?」


杏果「お菓子作りそうな雰囲気です」


優佑は少しだけ目を丸くした。


それから笑う。


優佑「そう見えるんだ」

杏果「見えます」


優佑「初めて言われた」

杏果「本当ですか?」


優佑「うん」


少し間が空く。


それから優佑が思い出したように言った。


優佑「あ…」

杏果「?」


優佑「良かったらお茶していく?」


杏果は目を瞬かせた。


杏果「お茶ですか?」


優佑「うん」


優佑は頷く。


優佑「ちょうど焼けたところだから」


その時だった。


優佑が固まる。


優佑「あ」


杏果「どうしました?」


優佑「紅茶の茶葉買うの忘れてた」


杏果は思わず吹き出した。


杏果「今気付いたんですか?」


優佑「今気付いた」


真顔だった。


第3話へ続く▶︎▶︎▶︎


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