表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

『優しい人』 第一話 【 下の階の人 】

登場人物

優佑(ゆうすけ)

杏果(きょうか)


鏡の前で髪をまとめる。


長い髪を右へ流し、慣れた手つきで三つ編みにする。


最後にシュシュで結ぶと、ようやく落ち着いた。


気付けば、いつもこの髪型だった。


理由は分からない。


ただ、この髪型が一番しっくりくる。


杏果は鏡の中の自分を見つめ、小さく息を吐いた。


「よし」


時計を見る。


8時12分。


急がなければ電車に間に合わない。


バッグを肩に掛け、玄関のドアを開けた。



大学までは電車で30分ほど。


朝の車内は混雑していた。


吊り革を握りながら窓の外を眺める。


ガタン。


電車が揺れた。


肩に誰かが軽くぶつかる。


「すみません」


男の声だった。


杏果は振り返る。


杏果「いえ、大丈夫です」


それだけだった。



その日の帰りだった。


マンションのエントランスに段ボール箱が積まれている。


杏果は思わず足を止めた。


「あれ?」


見覚えのある顔だった。


下の階の住人。


会えば挨拶をする程度の関係だが、数年前から住んでいる人だ。


杏果「引っ越すんですか?」


声を掛けると男性は振り返った。


「ああ、転勤でね」


少しだけ寂しい気持ちになる。


親しいわけではない。


それでも、いつもいた人がいなくなるのは不思議なものだった。


杏果「向こうでも頑張ってください」


「ありがとう」


男性は笑った。


それが最後だった。



3週間後。


下の階に新しい住人が越してきた。


最初は会釈だけ。


エレベーターで見掛ける。


ゴミ出しで見掛ける。


コンビニ帰りにすれ違う。


そんな日々が続いた。


杏果「こんばんは」


「こんばんは」


柔らかな笑顔が印象に残る人だった。



5日後。


20時18分。


インターホンが鳴った。


モニターを見ると下の階の住人が映っている。


杏果はドアを開けた。


杏果「こんばんは」

優佑「こんばんは」


優佑は小さな箱を差し出した。


優佑「遅くなったけど」

杏果「…?」


優佑「引っ越しの挨拶」


箱の中には焼き菓子が入っていた。


杏果「わざわざありがとうございます」


受け取った瞬間、少しだけ重かった。


恐らく10個以上は入っていそうな大きさだった。


杏果「……こんなにですか?」

優佑「多い?」


杏果「ちょっとだけ」


思わず笑う。


優佑は箱を見る。


それから納得したように頷いた。


優佑「足りないよりいいかなって」


杏果は吹き出した。


杏果「家族向けサイズですよね」


優佑「あ」


数秒考える。


優佑「一人暮らしだった?」

杏果「はい」


優佑「じゃあしばらくおやつに困らないね」


悪びれもせず言う。


杏果は思わず笑ってしまった。


杏果「そうですね」


優佑もつられて笑った。


それから軽く頭を下げる。


優佑「優佑です」

優佑「下の階に越してきました」


杏果「あ……杏果です」


慌てて名乗る。


優佑は小さく笑った。


優佑「よろしくね」

杏果「はい」


それが、ちゃんとした最初の会話だった。


第2話へ続く▶︎▶︎▶︎


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ