第072話 旅館
駐車場に戻ると、車に乗り込んだ。
「おかえりなさい。買い物は済みましたか?」
リンダ姉さんが聞いてくる。
「はい。色々と買えました」
助手席のリクが頷いた。
「では、温泉街に向かいましょう。部屋は先ほど電話で予約しておきました」
あ、そうなんだ。
車が動き出すと、駐車場を出て、町中を進んでいく。
「リンダさん、部屋割りは?」
アヤカがリンダ姉さんに聞く。
「男性陣と女性陣に分かれるように2部屋を取りました。すみませんね」
「なんで謝ってくるのかはわからないけど、それがベストじゃない? でも、エルヴィスはどうするの?」
「ちょっと我慢してもらいますね」
そうなっちゃうか。
「エルヴィス、悪いわね」
アヤカが振り向いて、北浦さんの肩にいるエルヴィスに謝った。
「1日だけだろ? 別にいい」
「そう? ならいいけど」
その後も町中を進んでいくと、温泉街にやってくる。
山と川が綺麗であり、温泉街っぽい雰囲気があった。
「地味に人間の町の温泉街は初めてだな」
歩いている人もいるが、普通の人間だ。
「そういえば、そうね。別府も長門もそうだし、泊まってはないけど、萩も悪魔の町だったし」
俺達が温泉街を眺めていると、とある旅館に入っていく。
そして、駐車場の一角に車が止まった。
「着きました。今日はここで一泊になります。基本的には自由行動ですが、夕食は一緒に食べましょう。その時にでも明日以降の話し合いをします。よろしいですね?」
なんかもうリンダ姉さんがリーダーみたいだ。
「わかった。リンダ姉さん、エルヴィスもだが、悪魔であることがバレないようにしてくれよ」
悪魔は俺達が人間とわかってもそこまで問題にならなかったが、人間側の町で悪魔ということがバレたら大問題になると思う。
「わかってますよ」
「任せろ」
まあ、この2人なら大丈夫か。
北浦さんからエルヴィスを受け取り、ポケットに入れると、車から降り、旅館に入る。
そして、中に入ると、メデューサでもサキュバスでもない普通の人間のおばちゃんがいる受付に向かった。
「いらっしゃいませ。お泊まりのお客様ですか?」
「昼過ぎに電話したリンダです」
リンダ姉さんが対応する。
「リンダ様ですね。朝夕食付きの二部屋でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「では、5万4000円をお願いします」
高いなー。
旅館ってそんなもの?
それともこんなご時世だから?
「はい」
リンダ姉さんが料金を払った。
「それではこちらが鍵になります。当旅館の施設について説明させていただきます。大浴場は1階のあちら……突き当たりにございまして、明朝の午前10時までいつでもご利用いただけます」
仲居さんが右の方にある通路を指差した。
「もう入れますか?」
「はい。いつでも入れます。また、お夕食は18時半よりお部屋へお運びいたします」
18時半か。
「皆で食べようと思っていますのでこちらの部屋に運んでもらえますか?」
リンダ姉さんが俺とリクを交互に指差す。
「かしこまりました。何かございましたらフロントまでお問い合わせください。それではごゆるりとお過ごしください」
「ありがとうございます」
俺達は近くにあるエレベーターに向かう。
「リンダ姉さん、部屋は?」
「3階ですね。あなた方が5号室で私達が6号室ですね」
リンダ姉さんがそう言って鍵を渡してきた。
「隣か」
「いつでも来ても良いですからね。私はちゃんと寝たふりをしますので」
無視して、リクの方を見る。
「温泉、楽しみだな」
「そうだね。部屋で一息ついたら行こうか」
リクと頷き合うと、エレベーターに乗り込み、3階にやってきた。
そして、それぞれの部屋の前に立つ。
「じゃあ、また後でね。私達もお風呂に行くと思う」
「そっちに行くわー」
「トランプでもしよう」
女性陣がそう言って、部屋に入ったので俺とリクも中に入る。
部屋は10畳くらいの和室であり、真ん中に長テーブルがあるのだが、やっぱり奥の窓のところには例のスペースがあった。
「良い感じだね」
「だな」
俺達は例のスペースに行き、障子を開ける。
すると、正面の道と川が見えており、そこを歩いている人が見えた。
「萩でも同じような部屋で海が見えたけど、1人は微妙だったよ」
不安だろうしな。
楽しむ余裕はなかっただろう。
「今回はゆっくりしてくれ」
「そうする」
俺達はテーブルのところに行き、腰かけると、エルヴィスを出し、お茶を淹れた。
「エルヴィスは元の姿に戻らないの?」
リクがテーブルの上でリラックスしているエルヴィスに聞く。
「念のためだな。この姿なら人形で誤魔化せる。あ、でも、夕食の時は戻るからな。俺はカップ麺でいいが、酒は頼んでくれ」
「カップ麺でいいの? せっかくの旅館なのに」
「悪魔の町にはカップ麺がないんだ。めちゃくちゃ美味い」
「あー、僕も10年前以来だから食べたいかも。夜食にしようかな」
俺達、もう20代後半だから気を付けろよ。
「夜に食うカップ麺は美味いし、良いと思うぜ。それにしても、ユウは残念だったな」
ん?
「何が?」
「今回はアヤカと違う部屋になった」
あー、リンダ姉さんが笑いながらアヤカに謝ってたやつね。
「ユウ、以前、宮前さんと同じ部屋だったの?」
リクが聞いてくる。
「これまで夜中に問題が起きることが多くてな。一人部屋は避けようってなったんだ。そうしたら高宮さんと北浦さんが同室で俺とアヤカが同室になった」
「なるほど……それで何もないの?」
うーん……
「なかったと思うんだけどな。昨晩は悪魔の酒を飲んだから覚えてないんだ」
「へー……でもさ、なんとなくだけど、前より良い感じになったなとは思うよ」
そう?
「マジ? そんな気はしないんだけど」
「何て言うのかな? なんか2人の距離が近いんだよ。それに2人だけの世界というか、フィールドが張られている感じ」
何だ、それ?
「よくわからんが?」
「だからなんとなくだよ。良い感じなのは確か。告白したら? 僕、宮前さんは断らないと思うな」
「俺っちも上手くいかない想像ができない」
うーん……タイミングがなー……
東京に着いたら……いや、ミナトと合流できるまではそんな感じにはならないと思う。
「追々考えてみる。風呂に行くか」
「そうだね。エルヴィスは?」
「行くわけないだろ。ここでのんびりしているから行ってこい。あえて言わなかったが、リクは昨日、風呂に入ってないだろ」
あ、そうかも……
「うん……行こうか」
「そうだな」
俺達は浴衣なんかを持ち、部屋を出ると、エレベーターで1階に下り、大浴場に向かった。
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