第035話 じとー
「おっ、起きたか?」
エルヴィスがこちらに気付き、ニヤニヤしながら聞いてくる。
「なんで笑ってんだ?」
「幸せそうなカップルだと思ってな。面白かったぜ。まずお前がアヤカの肩に頭を乗せ、それを嫌がったアヤカが自分の膝に乗せたんだ」
へー……
「そうなのか?」
「全然、覚えてない」
アヤカが首を横に振る。
「寝てたしな。まあ、なんにせよ、ここが小倉競馬場だ。時間が6時前だからまだ誰もいねーけどな」
車はチラホラとあるが、無人であり、辺りには誰もいない。
「6時……本当ならまだ旅館の布団の中ね」
まったくだ。
「そういうこともあるさ。最近は多いがな」
エルヴィスが笑う。
まあ、初日にコタツで寝た。
その次の日は旅館でゆっくりだったが、その次はホテルであり、エルヴィスは床で寝た。
翌日は徹夜で歩いている。
本当にゆっくり寝た時間が少ない。
「最初だけと思いたいな。アヤカ、高宮さん達は?」
「今、着いたってメッセージを送った。起きたら来るでしょ」
待ちだな。
「じゃあ、待っている間に朝飯でも食おうぜ」
「そうするか」
空間魔法からカップ麺を取り出し、それぞれうどん、そば、ラーメンを選び、お湯を注いでいく。
「刺身定食がカップ麺になっちゃったわね」
「鯵と鯖が美味かったのにな」
「これはこれで良いもんだぜ? それにこれから東京に行くんだろ? 各地で美味いもんを食えるさ」
だと良いがな。
俺達はせっかくなので朝の風を感じながらカップ麺を食べた。
そして、車内に戻ると、暇だなと思いながらスマホでSNSの情報チェックをする。
「別府の情報が上がってるな」
「ええ。別府市街にも軍隊が来たみたいね」
自衛隊の写真が上がっている。
しかし、大分市の方からも悪魔の援軍が来たので撤退したようだ。
「こういうのは以前からあったんだ。向こうも成果が欲しいんだろうけど、あいつら程度じゃ相手にならねーよ」
ちょっと複雑だな。
「見て」
アヤカがスマホを見せてくる。
そこには倒れているオークの上に並んで座って、ポーズを取っている若者達がいる。
「例の民間兵か。まるで狩りの成果をアピールしているみたいだな」
「まんまそれでしょ。すごいバズってるわね。賛否がすごいけど」
何とも言えんな。
「そういうのもある。でも、お互い様だぜ? 悪魔側でも人間の首を並べた写真をアップした野郎もいたからな。あれも相当炎上したが……」
するだろうな。
「関わらないようにしよう。山根の情報はないか?」
「ないわね」
「ねーな。自衛隊はSNSなんかしねーだろうし、さすがにないだろ」
どういう扱いになったんだろうか?
気になるが、どうしようもないか。
俺達はその後もSNSチェックをしながら情報を集めていったが、時刻が8時を過ぎた辺りでチラホラと車がやってきて、悪魔が降りてくる。
「やっぱり悪魔の町なのよね……」
「だな。ん?」
アヤカのスマホが鳴った。
「あ、マユミからね。リンダさんが起きたっぽいわ。これから朝食を食べて、こっちに来るんだって。1時間くらいで着くそう」
「あとちょっとだな」
「そうね。数日前までずっと一緒にいたのに随分と久しぶりって思ってしまうわ」
「まったくだ」
ミナトとリクにも会いたいと思う。
俺達はそのまま車内で待つ。
すると、どんどんと悪魔がやってきて、競馬場の方に向かっていた。
どうやらかなり人気らしい。
そして、1時間が経ち、時刻が9時半を過ぎた辺りで再び、アヤカのスマホが鳴る。
「着いたみたい。黒のミニバンらしいけど、ミニバンって何?」
さあ?
車のことはわからない。
「ミニって言うくらいだし、小さいんじゃないか?」
「いや、ミニバンはでけーよ。8人乗りのやつだ」
そうなの?
「ミニなのに?」
「そこは知らねーよ。作ったのはお前ら側だ」
そりゃそうだけどな。
「えーっと、ミニバンは外国の車と比べるとミニだかららしい」
アヤカはわざわざ調べたらしい。
「どれだ?」
いつの間にか周りが車だらけなのでよくわからない。
「降りて探すか」
俺達は車から降りると、周囲を見回す。
すると、向こうから黒い大きな車がこちらにやってきていた。
「あ、あったぞ。というか、こっちに来てる」
運転席にいるのは女性だし、多分、そうだと思う。
俺達がその場で待っていると、車が止まり、後部座席の扉が開いた。
すると、中から2人の女性が降りてくる。
1人は髪が長く、身長も165センチと日本人の女子としてはちょっと高めの高宮さんだ。
もう1人は逆に150センチ程度の小柄で肩辺りで髪を揃えている北浦さんである。
「おー、アヤカだ!」
「久しぶりー」
「2人共、元気だった!?」
女子3人は抱き合って喜びを分かち合っている。
「元気、元気」
「こっちは割かし、平和だったしね。逆にそっちだよ。問題が起きすぎ」
「まあ、熊本はこっちから首を突っ込んだ形だけどね。でも、会えて良かったよー」
仲良きことは美しきかな。
「あ、高梨君。お疲れー」
「ユウも大丈夫で良かったね」
ようやく俺の番だ。
でもまあ、当たり前だけど、抱き合うことはない。
「ああ……」
「ん? どうしたん?」
「目が変だよ」
うん……なんか気分が……
それになんか靄がかかって2人が見えない……
「くっ! ディスペル!」
解除魔法を使うと、意識がクリアになった。
「あらあら?」
運転席から柔和な笑みを浮かべている女性が降りてくる。
髪が長く、なんかヤギの角が生えている綺麗な女性だ。
服装は長めのスカートにニットである。
ただ、そのニットで強調された豊満な存在感が圧倒的な主張を放っていた。
ああ……悩みなんかどうでもいいな。
戦争も、気になる女子も、今抱えている問題もすべて些細なことだ。
そう……今、俺が向き合うべきものは目の前にある豊穣の双丘!
母なる大地のような包容力とすべてを受け止めてくれそうな安心感!
そして何よりも圧倒的な魅力!
男という生物に刻まれた本能が敗北を認めている。
その圧倒的な存在感の前に俺は一歩前に出る。
そして、まるで光すら逃げられないブラックホールのように憐れな俺の意識を吸い込んで――
「ユウ君?」
はっ!
「いや、やめて。本当にやめて」
アヤカがそばにいるんだぞ。
あ、いや、そういうことでもないか。
「あらら?」
頬に手を当てている姿も可愛らしいが、いちいちチャームをかけてこないで。
「姉さん、やめなって」
「質悪いってば」
さすがに高宮さんと北浦さんが止めてくる。
「健康な男性なら仕方がないことですよ。止めてはいけません」
いや、止めて。
「姉さん、姉さん……」
北浦さんがリンダ姉さんに耳打ちをする。
「何ですか? ほう? ほうほう? へー……ほう?」
どうでもいいんだけど、アヤカを見ないでほしいな……
「ね? ダメ」
「はいはい。まあ、良いですよ。それよりも積もる話もあるでしょうが、まずは中に入りましょう。あ、私は駐車スペースを探すので先に行っておいてください。それではまた後ほど」
リンダ姉さんは運転席に乗り込むと、車を動かして、駐車スペースを探しに行った。




