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真名殺しの無銘 〜名前を奪う世界で、俺だけが奪われない〜  作者: 佐木凛人
第2章

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第43話 灯りが点いていく

 夜の街を、中央通りに向かって走った。

 倉庫地区を抜けて、住宅地を横切る。煙の匂いが、近づくにつれて濃くなり、むせそうになる。

 家の窓から灯りが漏れているが、誰も外に出てこない。怯えて息を殺している街の空気が、走る足の下で重い。


 渦中に飛び込んだ中央通りに着いた。


 冷たい石畳の上に、人が倒れていた。

 無秩序に無数の人数が倒れていて、数えられなかった。

 駆け寄っている家族の声。誰かを抱き起こそうとしている男。動かない母親の前で泣いている子供。

 夜目に黒く見える血の跡が、石畳に残っていた。


 倒れている人たちの中に、明らかに様子の違う者が三人いた。

 目を開けている。呼吸もしている。

 ただ、何も見ていない。


 奪・名・されている。


 俺は近づいて、しゃがむ。

 一人の男の顔を覗き込む。中年の、商人風の男。

 目に、何の色もなく、家族らしき女が男の手を握って泣いていたが、男は反応しない。

 空っぽにされてしまっている。


 ……俺たちが廃倉庫に集中している間に、ここで。


 立ち上がって、周囲を見回す。

 通りの先で、別の家族が倒れた老人を運ぼうとしていた。さらにその先、店の前で女が膝をついて動かない男を揺すっていた。


 連中は、街中で同時多発的に襲撃を仕掛けた。


 無意識のうちに唇を噛んでいたようで、口の中に血の味が広がる。

 頭の中で、状況が整理されていく。

 偽情報には食いついた。別の奴を派遣した。

 囮をだったのか? それともただ、同時に行動しただけなのか? だが、その場合、あいつ別の奴を街中の襲撃に同行させないのは、どういう理由があるんだ?

 ……考えていても、足が止まるだけだ。

 今はとにかく、この襲撃を抑えよう。

 

 動機なら、もう要らない。

 街の人間に声をかけるのは、今しかない。


 ♢ ♦︎ ♢


 丘の上の家には、もう灯りが点いていた。

 扉を叩く前に、中から開いた。


「入りな」


 婆さんの声だった。

 居間の卓には、既にイリスとロウが座っていた。卓の上に、街の地図と人名らしき紙が広げられている。


「街の状況、見てきた」


 俺はそう言って、卓に着き、被害の規模を伝えた。

 ロウが、紙の端をペンで叩きながら聞いていた。

 婆さんは何も言わずに、湯を沸かしている音だけが台所から続いていた。


「連中の意図ですが」


 イリスが、地図の上で指を動かしながら言った。


「偽情報を完全に信じたわけではないと思います。罠の可能性を疑いつつ、廃倉庫に主力を派遣した。同時に、別動隊で街を襲った」


「両取りか」


「はい。私たちが偽情報の方に集中することは、連中も読めていたんです。だから、こちらが手薄になった街で、奪名を進めた」


 なるほどな。合点がいく。

 奴らにとって、俺たちもう無視できない存在になってたのか。


「撃退と捕縛は成功しました。ですが、連中にとっての本命は街の方でした。あの人別の奴を一人失っても、奪名された人間が手に入る方が利益が大きいということになります」


 息が溢れる。

 完全に、組織として上だ。こっちが一手なら、向こうは二手三手先を読んで動いている。


「動機が、できたな」


 ロウが言った。

 顔は固いが、声は落ち着いていた。


「街の人間は、もう怯えてるだけじゃ、自分がそうなる。今夜のことで全員わかったはずだ」


「何人集まりますか?」


「俺の方で当たれるのは八人。婆さんの方で二人。十人だ」


「夜が明ける前に集めることはできますか」


「俺が回る。場所は分かってる」


 ロウが立ち上がった。卓の上の紙を一枚取って、地図に重ねる。


「集合場所は、俺の倉庫だ。街の中心からは外れてるが、馬が使える。動員には都合がいい」


「分かりました。婆さんは」


「私はここに残る。動けない者の家族を回って、被害の整理と次の備えを伝える。連中がもう一度仕掛けてくる可能性もあるからね」


 婆さんが台所から戻ってきた。湯飲みを四つ、卓に置く。

 手の動きに、迷いがなかった。


「夜が長くなる。一杯飲んでから動きな」


 ♢ ♦︎ ♢


 俺は婆さんの家を出て、廃倉庫の方へ向かった。

 フィーナと、捕縛した連中の処遇を決めなければいけない。

 別の奴は明朝までに方針を決める。剣の男と他四人は、街の動きが整い次第、保護局出張所は機能していないが、一時的な留置所として移送する。


 夜の坂道を下りながら、頭の中で順序を組んだ。

 動員、合流、作戦立案、拠点突入。

 四日もあれば足りる。三日でも動ける。


 街のどこかで、また家の灯りが点いた。

 ロウが声をかけて回っているんだろう。

 灯りが、一つずつ、暗い街に増えていく。

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