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真名殺しの無銘 〜名前を奪う世界で、俺だけが奪われない〜  作者: 佐木凛人
第2章

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第44話 揺らぐ視線

 廃倉庫の戸を引いた時、フィーナは梁の下に立っていた。

 縛り上げた連中は四人と、別の奴と剣の男――合わせて六人が柱に分けて繋がれている。誰も意識を取り戻していないか、目を閉じている。

 フィーナは俺の顔を見て、何も言わなかった。

 ただ、戸を閉める俺の側へ、半歩近づいてきた。


「街、どうだった」


「奪名被害者と怪我人が無数にいる。滅茶苦茶だ」


「……そう」


 フィーナがそれだけ言って、視線を男別の奴の方に向けた。

 頭巾の中で、相変わらず目は閉じられている。


「ロウさんが街の人間を集めに回ってる。婆さんも動いてくれてる。明日には十人、こっちに合流する」


「ふーん、動かせるんだ」


「動機ができたからな」


 言葉の意味は、フィーナにも伝わったはずで、返事はなかった。

 俺は柱の前に屈み込んで、男別の奴と向き合った。


「その子別の奴、どうするの」


「明日の朝、保護局出張所に移そうと思う。出張所自体は機能してないが、空いた建物として使える。剣の男と他の四人も、街の動きが整い次第同じ場所に」


 フィーナは、「りょーかい」とだけ言い、少し離れた場所に座った。視線は男別の奴に向いたままだった。


 男別の奴は、相変わらず、頭巾は被ったままにしてある。

 手首を縛った縄は緩んでいないし、足も縛ってある。逃げる素振りもない。

 しばらく見ていたが、向こうは目を閉じたままだった。


「あんた、名前は」


 返事はない。


「拠点はどこだ、あんたの上司は」


 返事はない。


 末端の連中は、口を割るかどうか以前に、知らないことが多すぎて、断片的な情報しか得られなかった。だがこいつは違うはずだ。組織の中の特殊な位置にいるのは、間違いないはず、なら知っているはずだ。


 しばらく、ただ向き合っていた。

 倉庫の中は静かで、外を遠くで馬が一頭、歩いていく音だけが聞こえた。

 俺は息を整えて、もう一度口を開いた。


「あんた、奪名されたのか」


 別の奴の肩が、わずかに動いた。

 目は、まだ開かない。


 良い反応だ。

 単なる当てずっぽうで言っただけで、おそらく奪名されたわけでは、ないはずだが……


「どうなんだ」


 頭巾の中で、目が、開いた。

 初めて、視線が合った。

 黒に近い、深い色の目だった。若い顔の、ただ目だけが妙に静かだった。


 何かを言いたげな、揺らぎ。

 でも、言葉にならなかった。

 そして、また目を伏せた。


 俺は、しばらく動けなかった。

 

 今のは何だ。

 俺がした質問が、こいつの中の何かに触った。だが、それが何なのかは分からない。

 組織の駒として、上に従って動いてきた人間の目じゃなかった。本当に奪名されたのか? いや、だとしたらおかしな点がありすぎる。


 ……分からない。疑問が募るばかりだ。


 立ち上がって、フィーナの方に戻るとフィーナは何も聞かなかった。ただ、戻ってきた俺の隣に、座り直した。


「夜、長いね」


「ああ」


 婆さんと同じ言葉を、フィーナが言った。

 倉庫の高い天井に、夜の冷たさが溜まっていた。


 ♢ ♦︎ ♢


 夜が白み始めた頃、ロウから伝令が来た。動ける人間が集まったとのこと。

 俺は連中を運ぶ手配を頼んだ。荷車二台、馬一頭、ロウの手配で、保護局出張所まで移送する。

 

 日の出と同時に、移送が始まった。

 男別の奴は最後に運ばれた。

 縛ったまま、荷車の上に乗せる。立ち上がる時にわずかによろめいたが、抵抗はしなかった。


 荷車が動き出した時、男別の奴が一度だけ、俺の方を見た。

 頭巾の中で、目だけが俺を捉えていた。

 昨夜と同じ、揺らぎのある視線。


 馬が進み出すと、視線が外れて、もう振り返らなかった。


 俺は荷車の後ろを少し見送ってから、ロウの倉庫の方に足を向けた。

 

 倉庫の戸は、既に開いており、ロウが奥で地図を広げている。

 俺が入ると、集まっていた十人の視線が一斉に向いた。


「集まってもらった」


 ロウが俺を見ることなく、地図に目線を向けたまま低い声で言った。


「全員、街で動いてきた経歴がある。元憲兵、元自警団、元保護局の事務、商人の倅で剣を振れる奴、退役した兵。どれも、現役じゃないが動ける」


 俺は卓に近づいて、男たちの顔を順に見た。

 年齢は四十前後から六十近くまで。皆、固い顔をしていて怯えている顔はなく、覚悟を決めた顔だ。

 その中の一人が、口を開いた。


「あんたが、何でも屋か」


「ええ」


「街の連中の話は聞いた。連中の拠点を潰すんだろう」


「潰します」


 男が頷いた。


「うちの娘が、奪名された。ひと月前だ。それから動こうとしたが、一人じゃ無理だった。あんたが旗を立てるなら、着いてくぜ」


 他の男も、女も、口々に何か言いかけて、結局言葉にしなかった。皆、似たような事情を抱えている。

 俺は卓の上の地図を見た。連中の拠点――北区の富豪の空き家。見張りの位置、出入り口、地下構造。婆さんとイリスがこれまで集めた情報が、全部書き込まれている。


「作戦は、これから詰める」


 ロウが地図の上で指を走らせた。


「拠点の見張りは七人以上、表門と裏の勝手口、裏は袋小路。中の研究者は三人、被害者は地下に五十人以上収容されている」


「侵入経路、二つ要りますね」


「ああ。表は陽動、裏で本隊が入る。被害者の救出と、研究者の制圧、両方を同時に進める」


 卓の上で、紙が一枚追加された。ロウが書き込んでいた手書きの段取り表だ。

 俺はその上に、自分の道具袋から取り出したメモを並べた。

 

 ここから先は、長くなる。

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