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真名殺しの無銘 〜名前を奪う世界で、俺だけが奪われない〜  作者: 佐木凛人
第2章

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第37話 尋問

 近くの廃屋に、縛った男を運び込んだ。

 埃の積もった床、割れた窓から差し込む夕日。使われなくなって久しい倉庫のような場所だった。

 制圧した二人のうち、一人を縛って柱に繋ぐ。

 もう一人は意識を失ったまま別室に放置した。尋問するのは、先に動いた方の男――後ろからイリスの口を塞ごうとした方だ。


 イリスが男の前に座った。

 フィーナはイリスの斜め後ろに立ち、俺は入口の見張りと、男への威圧を兼ねて壁際に立った。

 この配置。そう、イリスが尋問官だ。イリス自身が志願し、この配置になったが、真名の知識が豊富、頭の回転の速さがあるから、否定する余地はない……ただ、イリスが人を強く詰めることができるのか、そこが唯一の心配だ。


 男が目を覚まし、縛られていることに気づいて、体を揺すった。縄が軋んだが、解けることはなかった。


「話しなさい」


 イリスが、静かに切り出した。

 声は平坦だった。


「あなたたちの拠点は把握している。協力しないのであれば、こちらは単独で動く。ただし、協力するかどうかで、あなたの扱いは変わる」


 拠点の詳細はまだ掴んでいない。

 だが男はイリスの落ち着いた口調と、斜め後ろのフィーナの存在、そして、自身が置かれている場所と状態。この要素があれば、嫌でも、信じてしまう。

 男の顔から、血の気が引いた。


「……何を、聞きたい」


「拠点について。人数、構造、目的」


「……人数は、見張り以外も含めると、三十人以上いる」


 思ったより、多い。


「研究者が、三人。一人はセーラス様の下にいた人だ」


 セーラス、と男は呼んだ。「様」をつけた。

 イリスが目を細めた。


「その研究者は、何をしている」


「奪名した人間から真名の核を抜いて、別の人間に移す研究だ。詳しいことは知らない。俺たちは命令を聞いて獲物を運ぶだけだからな」


「奪名された人間は、どこに」


「地下だ。北区の拠点の地下。数十人、たぶん、五十人は超えてる」


 イリスの手が、ほんの少しだけ震えた。フィーナは表情を変えなかったが、視線が一瞬、床に落ちた。


「地下の被害者は、どうなっている」


「生きている。研究の素材だからな。ただ、真名を抜かれてるから……まあ、ほとんど、あれだが」


 男が言いかけて、口を閉じた。ミリィの娘の姿が、俺の頭をよぎった。

 五十人、あの状態で。


「一つ、確認したい」


 俺が口を挟んだ。


「あんたたちは、奪名をどこでしている」


 男が俺を見た。


「……俺たちは運ぶだけだ。拘束して、拠点に運ぶ。奪名は、拠点に着いてから」


「じゃあ、お前たちに真名は分からないってことか」


「分かるわけがない。俺たちは街で女や老人を見つけて、力づくで黙らせて運ぶだけだ。真名なんて、末端には教えられない」


 ……やはり、そういう作りか。

 連中の末端は、真名干渉も奪名もできない。できるのは物理的な拘束と運搬だけ。奪名は、拠点の研究者の仕事。

 だが、それだと説明がつかない事例がある。


「街で奪名された者もいるはずだ。あれは、誰がやった」


 男が、一瞬黙った。縛られた手を、わずかに握り直した。


「……それは、別の奴が来る時だ」


「別の奴?」


「俺たちの組じゃない。上の命令で、あいつが一緒に来る時だけ、街で奪名ができる。俺たちは見張りに立つだけで、実際に何をしてるかは分からない。ただ、あいつが標的の前に立つと、しばらくして奪名が完了する」


「そいつは、一人なのか」


「俺の知る限りは、一人だ。拠点に一人、街に出てくる奪名役。特別扱いされてて、俺たちは話したこともない」


「そいつが、今日の見張りか」


 男が首を振った。


「……いや。今日は、あいつは来てなかった。俺たちは、拠点に運ぶ予定だった。奪名は、拠点に着いてからの予定だった」


「……じゃあ、一つ、答えろ」


 俺は男に詰め寄る。


「今日、乾物屋の軒下に、お前たちを見ていた男がいた。あれは誰だ」


 男が、顔を上げた。

 眉をひそめている。本当に心当たりがない顔だった。


「……男? 住民じゃねえのか?」


「しらばっくれるな。お前たちの動きが、そいつが見始めた直後に速くなった」


「知らない。そもそも、誰かに見られてる気配はなかった。動きが速くなったのは、仲間が獲物を掴んだから、早く運ぼうとしただけだ」


「嘘をつくな」


「嘘じゃない。本当に知らないんだ。見張り役なんて、俺たちの組には付かない。俺たちは、二人で動くように命令されてる」


 男の目は、嘘をついている目じゃなかった。

 だとしたら、これは別の話になる。

 男が知らないということは――その人影は、男たちの組とは別の系統で動いている。襲撃役には知らされていない、さらに上位の役割を持つ誰か。


「……もう一つ。その『別の奴』、奪名役は、拠点のどこにいる」


「地下だよ。地下で研究者と一緒にいる。たまに、二階の部屋に上がってくることもあるらしいが、俺たちは会ったこともない」


「顔も知らないのか」


「知らない。俺たちの階層じゃ、見ることすらできない」


 俺は男から少し離れた。

 整理が必要だ。

 末端の襲撃役は、真名干渉も奪名もできない。「別の奴」の顔も知らない。


 だが、今日、乾物屋の軒下にいた人影は、確かに俺たちを見ていた。そして見始めた直後、男たちの動きが変わった。

 つまり、今日の人影は――襲撃役の知らない誰かだった。上位の監視役か、あるいは、別の組織の誰か。


 ……敵の構造は、俺が思ってたより深い。


 俺はイリスとフィーナを見た。二人とも、同じ結論に達している顔だった。


「……もう、いいか? 俺は、ただ命令を遂行してるだけだ。上のやつらが何を考えてるかは、俺たちには分からない」


 男は最後にそう言って、顔を伏せた。

 イリスが立ち上がった。


「十分です」


 俺とフィーナを見て、小さく頷いた。

 男は縛ったまま廃屋に残す。保護局のある別の街に送る手配は、明日以降考える。今日のところは、この廃屋が一番安全だ。


 廃屋を出る時、縛られた男がぽつりと呟いた。


「……お前ら、北区に入るつもりか」


「さあな」


 俺は振り返らずに答えた。


「入るなら、覚悟しとけ。上のやつらは、俺たちの比じゃない」


 扉を閉めた。

 夕日が、路地の向こうで沈みかけていた。


 ♢ ♦︎ ♢


 宿に戻る道で、誰も口を開かなかった。

 石畳を踏む足音が、三人分、ずれながら響いていた。

 途中、俺は頭の中を整理していた。

 制圧できた。イリスは無事だ。情報も取れた。

 だが、違和感がある。

 あの男。俺が屋根の上に立った瞬間、気づいていた。俺が動き出すより先に、動き出していた。

 ……普段の俺なら、あの男の視線にもう少し早く気づけたんじゃないか。屋根に上がる前に、周囲の人影を一通り確認する。やったはずだ。

 だが、拾えなかった。

 拾えなかった理由を、俺は、自分で分かっている。

 分かっているが、言い訳にはしない。


 ……明日は、もう少し頭を働かせよう。


 宿に戻って、三人で俺の部屋に集まった。扉を閉めて、床に座る。壁が薄いから声は低く抑える。


「三十人、厳しいね」


 フィーナが、低く呟いた。

 いつもの気だるさはあったが、声の芯が重かった。


「地下に、五十人以上」


 イリスが、紙に書き込みながら呟いた。手が、まだ少し震えていた。


「真名核を移植……それは、セーラスが目指していたことと、方向が違います。セーラスは、真名を持たない人間を作りたかった。欠損の研究です」


「残党は、真名を別の人間に移したい」


「移植……です。別の研究です」


「元締めがいなくなって、勝手に走ってるのか、それとも元からこの路線だったのか」


 俺は考えながら、言葉を足した。


「どっちにしろ、研究は変質してる。そして、変質した方が、たぶん、もっと悪い」


 フィーナが頷いた。


「うん。真名を抜かれるだけでもあれなのに、他人に移すなんて、被害者が二倍に増えるってことだし」


「もう一つ、引っかかるんだが」


 俺が言葉を切った。


「街で奪名された被害者の話だ。ミリィの娘さん、エリカ。あの子は、市場で連れ去られて、戻ってきた時には奪名されていた。つまり、街で奪名された」


「あの男が言ってた『別の奴』が、その時に同行していたってことですね」


 イリスが頷いた。


「だろう。連中の末端は真名干渉も奪名もできない。真名の把握が必要だからだ。真名を把握できる『別の奴』が同行した時だけ、街での奪名が成立する」


「じゃあ、今日、乾物屋の軒下にいた見張りは……」


 フィーナの言葉を、俺は継いだ。


「『別の奴』とは違う、三人目の役割だ。襲撃役でも、奪名役でもない。たぶん、監視役」


「監視役が見てるのは、誰を」


「俺たちか、あるいは、失敗した襲撃を拠点に報告するための役だ」


「いずれにしても」


 イリスが静かに言った。


「連中の中には、真名を把握できる特別な者がいる。その人物の存在が、街での奪名を可能にしている。拠点に入るなら、その人物が最大の脅威です」


 日が完全に沈んで、ラズヴェルが夜に入ろうとしていた。北区の方向は、今日も暗い。だが、今日の暗さは昨日までと違った。中で何が行われているかを、俺たちは少しだけ知った。

 知ってしまったことの重さが響く。


 ……三人だけじゃ、足りないかもしれない。


 声に出して、言ってしまった。

 言ってから、自分で少し驚いた。これまで、「足りない」と口にすることは、ほとんどなかった。一人でも回してきた。二人になり、三人になって、足りるはずだった。

 だが、今日、足りないと感じた。

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