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真名殺しの無銘 〜名前を奪う世界で、俺だけが奪われない〜  作者: 佐木凛人
第1章

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第3話 理の外

 真名がない。

 言葉の意味は分かる。言葉として理解できる。だが、意味が分からない。

 

「……どういうことだ」

 

「そのままの意味です。あなたには真名がない。存在しない」

 

「いや、待ってくれ。真名ってのは誰でも持ってるもんだろ。知らないだけで」

 

「そうです。誰でも持っています。自覚がなくても、真名は必ずそこにある。生まれた時から」

 

 イリスの声は淡々としていた。

 

「でもあなたには、それがない。知らないのではなく、存在していない。……少なくとも、私にはそう見える」

 

「見える?」

 

「真名に関する知識が深ければ、ある程度は感じ取れます。真名を持つ人間には、固有の……気配のようなものがある。あの広場にいた全員にそれがあった。奪名犯にも。奪名された商人にさえ、残り香のようなものがあった」

 

 イリスが俺を真っ直ぐに見た。

 

「あなたにだけ、何もなかった」

 

 ……何もない、か。

 何でも屋のくせに、何もないと言われるのは少し傷つくな。

 いや、そういう話じゃないか。

 

「じゃあ聞くけど、真名がないと何が困るんだ? 今まで普通に生きてきたけど」

 

「困らないから問題なんです」

 

 意味が分からない。困らないなら問題ないだろ。

 

「真名がない人間は、本来存在しません。真名とは人の本質そのもの。それがないということは、この世界の理の外にいるということです」

 

 理の外。

 大層な言い方だな。何でも屋が世界の理の外にいるってのは、なかなか壮大な話だ。

 

「威圧が効かなかったのも、それが理由です。威圧は真名を通じて作用する。あなたには真名がないから、共鳴する先がない。だから何も届かない」

 

 あの広場で、周りの人間が膝を震わせてたのに俺だけ平気だった理由。

 恐怖に鈍いわけでも、度胸があるわけでもなく。

 単に、受け取る器がなかったということ。

 ……なんか、仲間はずれにされたみたいでそれはそれで寂しいな。

 強いから効かなかったわけじゃなくて、蚊帳の外だったから効かなかった。

 

「あなたは真名解放もできない。そうですよね?」

 

「……まあ、やり方を知らないし、やったこともないけど」

 

「やり方の問題ではありません。解放する真名がないんです」

 

 やっぱり直球だ、この人。濁したり、オブラートに包んだりしない人だ、この人。

 でも否定できる材料がない。

 そもそも真名を意識して生きたことがない。

 いや、真名がないから意識してこなかったのか?

 

「逆に言えば、真名に関するあらゆる力が、あなたには届きません。干渉も、奪名も。味方の力も」

 

「味方の力も?」

 

「真名を通じた鼓舞や支援。仲間の真名解放に呼応して力が底上げされることもある。そういったものが、全て届かない」

 

 つまり、敵の力も味方の力も、どっちも素通りするってことか。

 損してるのか得してるのか分からないな。

 いや、奪名されないってのは相当な得か。さっきの商人の目を思い出すと……あれだけは勘弁だ。

 でも味方の恩恵も受けられないってのは……まあ、そもそも味方がいないから関係ないか。

 

「……で? わざわざ追いかけてきて、俺に真名がないことを教えてくれたのは親切心か?」

 

「いいえ」

 

 即答。清々しいぐらいの即答だ。

 

「私にも……真名に関する問題があります。詳しくは今は話せません。ですが、あなたの存在は、その問題を解く鍵になるかもしれない」

 

 話せません、ときた。

 こっちには色々喋らせておいて、自分の事情は伏せるのか。

 まあ、初対面で全部話す方がおかしいか。俺だって自分の過去を初対面の人間に語る趣味はない。

 目の奥の熱。さっきからずっとあるやつ。

 興味だけじゃない。必死さだ。

 こいつは何かを抱えていて、俺にそれを解いてほしいと思っている。

 

「……つまり?」

 

「私と一緒に来てください」

 

 来た。

 

 面倒事の本命が来てしまった。

 初対面の女に「一緒に来い」と言われるのは、何でも屋の仕事を4年やってきて初めてだ。依頼とも違う。頼み事とも違う。もっと個人的な、切実な何か。

 何でも屋の鉄則その一。面倒事からは全力で逃げる。

 ……いや、二か? さっきもそんなこと考えてた気がする。

 問題は、これが面倒事なのかどうかだ。

 イリスの目を見る。

 冷たい目。でもその奥に、ぞっとするほどの熱。

 断れば、こいつはたぶん引き下がる。追いかけては来ない。あの切実さは、押しつける類のものじゃない。

 断れば、俺はまたいつも通りの放浪に戻る。次の街で掲示板を見て、仕事を受けて、飯を食って、また歩く。

 何も変わらない。

 ……何も変わらない、か。

 それで、いいのか?

 

「飯は出るのか?」

 

「……は?」

 

「飯。食事。腹が減ってるんだ。飯が出るなら考える」

 

 イリスが、一瞬だけ目を瞬いた。

 冷たい顔が、ほんの少しだけ崩れた。

 困惑。たぶん、想定していた返答の中にこれはなかったんだろう。

 

「……出します」

 

「じゃあ考える」

 

 行くとは言ってない。考えると言っただけだ。

 でもまあ、たぶん――考えた時点で、答えは出てるんだろうな。

 何でも屋の勘が、そう言っている。

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