第22話 対峙
昨日と同じく、朝飯は多めに食った。なんたって今日は、決着の日だから。
煮込みを二杯。パンを三つ。イリスが「そんなに食べるんですか」と怯えたような顔をしていたが、今日は決着の日なんだ。最悪、日を跨いで戦うかもしれない。
フィーナはいつも通りだった。だるそうにスープを飲んで、パンをちぎって、欠伸を一つ。
いつも通りに見える。でも、目の奥が違う。昨日と一緒で目に何かを宿している。
「行くか」
「はいよー」
「はい」
三人で宿を出た。朝から賑わっている大通りを抜けて、旧市街に入る。
人の気配が段々と消え、工房区画に近づくほど、街の音が遠くなる。自分たちの足音と、風の音だけになった。
広場に着いた。
少し心配だったが、ここには誰も来ていない。昨日と同じ、二十歩四方の空間。三つの入口。仕掛けは全て仕込んだ通りに残っている。
それぞれの配置につく。
「イリス、北の二階へ。布の合図、頼んだぞ」
「はい。気をつけてください」
「フィーナ、東の路地に」
「了解……無茶しないでよ」
「心配すんなって。多少の無茶なら慣れてる」
「嘘つき」
フィーナが、じとーっとした目で俺を見て、路地に消えた。
イリスが北の工房に入っていく。階段を上がる足音が聞こえて、やがて消えた。
一人になった。
広場の真ん中に立つ。朝日が石畳を白く照らしている。
さっきより強く風が吹いた。革鞄の中に手を入れて、中身を確認する。
短剣が二本、投擲ナイフが三本、煙玉が十二個、酢漬け香辛料の小瓶が一つ、油壺が一つ。
足元の仕掛けの位置を頭の中でなぞる。北の入口の煙幕。東の路地のロープと油。南は開けたまま。
準備は全部やった。あとは待つだけだ。
……腹は減っていない。さっきたらふく食ったから。
何でも屋として、万全の状態だ。
♢ ♦︎ ♢
半刻ほど経った。
足音が聞こえてきた。
一つじゃない。複数。規則的な靴音と、その中心に一つだけ力の抜けた足音が混じっている。
聞き覚えのある歩き方だった。
南の入口から、五人の影が現れた。
先頭にセーラス・ヴェイン。上質な服装、飄々とした佇まい。あの穏やかな笑みを浮かべている。何も変わっていない。王都の学術院で初めて会った時と、何一つ。
その後ろに護衛が四人。黒い外套。東区で戦った連中と同じ格好だ。うち二人の周囲の空気が重い。真名を解放している。残り二人は武装しているが、解放はしていない。
北の工房の窓から、赤い布がちらりと見えた。南から、五人というイリスの合図。つまり、これが相手の上限。
よし、予定通りだ。
「やあ、ノウム」
セーラスが立ち止まった。広場の南の端。俺との距離は十二歩ほど。
「待っていてくれたんですね」
「待ってたんじゃない。俺が呼んだんだ」
「……呼んだ、ですか」
セーラスが少し笑った。
「面白い言い方ですね……それで、話がしたいんですか。それとも――」
「文句を言いに来た」
セーラスの笑みが、ほんの一瞬だけ揺れた。
すぐに戻ったが、俺は見逃さなかった。
「文句、ですか……いいでしょう。聞きますよ」
セーラスが片手を上げた。護衛への合図だ。
四人が動いた。扇状に広がって、俺を囲もうとする。
話を聞く気なんてない。最初から、そのつもりだったんだろう。
――想定通りだ。
北の入口に向かって走る護衛二人。未解放の方だ。
北の入口で煙が爆発した。
俺が仕掛けた罠にかかった。
金属粉入りの即効型。一瞬で灰色の煙が路地を埋め尽くす。北に向かった二人が煙に飲み込まれたはずだ。咳き込む声が聞こえる、おそらく目も開けられないだろう。これでしばらくは動けない。
残り二人は南からそのまま俺に向かってくる。真名解放済み。速い。
一人目が正面から突っ込んでくる。剣を抜いている。
俺は後退しながら、足元の油壺を蹴り倒した。中身が石畳に広がる。
一人目の足が滑った。体勢が崩れる。
すかさず投擲ナイフを肩に向かって投げる。見事に右肩に当たり、怯んだところに距離を詰めて、短剣の柄で顎を打つと、身体の力が抜けたように倒れる。
まずは一人。
二人目が油を見て、跳ねるように横に走る。
一瞬の隙を突いて、距離を詰める。
敵は、回避のために東の路地に入ろうとする。
そこには――
「おわ!」
膝の高さにあるロープ。可笑しな声を挙げながらつまずいた。
前のめりに体勢を崩した瞬間、俺は煙玉を顔面に叩き込んだ。即効型。顔の至近距離で煙と金属粉が炸裂する。
悶絶。目を押さえてうずくまっている。
我ながら酷いことしていると思う。
二人倒した。残り二人は北の煙の中。
だが真名解放した相手を短剣と煙玉で永久に抑えることはできない。起き上がってくる前に――
東の路地からフィーナが出てきた。
相変わらずなだるそうな歩き方。やる気のなさそうな顔つき。
煙玉で悶絶している二人目に歩み寄って、起き上がろうとした体を片手で壁に押さえつけた。真名解放同士の力だが、フィーナの方が圧倒的に上だ。男がもう一度壁に叩きつけられて、動かなくなった。
「……朝から運動は疲れるね」
フィーナがこっちを見る。
「北の二人がそろそろ出てくる。頼む」
「はいよー」
フィーナが北の入口に向かった。煙が薄くなりかけている。中から二人が這い出てくるところだった。目が真っ赤で涙が止まらない。それでも武器を手放していないのは、根性があるのか命令に忠実なのか。
フィーナが二人の前に立った。
その時、セーラスが口を開いた。
聞こえなかった。声は小さかったはずだ。でも、空気が変わったのは分かった。
フィーナの体が一瞬固まった。足が止まる。腕が動かない。
おそらく、あれが抑・制・。
セーラスがフィーナの真名に干渉して、真名解放を封じた。やっぱり、セーラスはフィーナの真名を把握しているのか。
フィーナの顔が歪んだ。歯を食いしばっている。
――次の瞬間、フィーナの雰囲気が戻る。
解・除・だろう。
フィーナの特性が抑制を断ち切った。
一回目。あと二回。
フィーナが解放状態に戻って、北の二人を制圧しにかかった。
護衛はフィーナに任せたぞ。
俺はセーラスに向き直った。




