第21話 何でも屋の仕事
作戦を共有してから、準備に入った。
まず工房を回って素材を集める。
廃業した鍛冶屋に金属粉が残っていた。これを煙玉に混ぜると、煙の中に金属粒子が漂って目潰しの効果が加わる。普通の煙より長く滞留するし、吸い込むと咳が止まらなくなる。
道具屋でロープを買った。
太さと長さの違うものを何本か確保した。路地の入口に膝の高さで張る。視野が狭くなっている人間は引っかかる。気づいてても、遅延にはなる。子供騙しかもしれないが、無いよりあった方がいい。
木工房に木材と釘。扉を加工して、外からは開くが内からは開かないようにする。敵を追い込む袋小路になる。
油は鍛冶屋に残っていたものと、市場で買い足した分を合わせて壺三つ分。地面に撒けば足元を奪えるし、火をつければ壁にもなる。
煙玉の調合は俺がやった。
小麦粉、灰、金属粉。配合を変えて、二種類作る。
一つ目は即効型。投げた瞬間に煙が広がる。いつもの煙玉の強化版。
二つ目は持続型。煙の量は少ないが、長時間漂い続ける。建物の中に投げ込めば、しばらく使い物にならなくなる。
全部で十二個。今まで一度にこんなに作ったことはない。
「こんなに準備するの、初めて見た」
フィーナが俺の横で油壺の蓋を閉めながら言った。
「いつもは突発だからな。準備できる時はこうする」
「何でも屋って、そういう仕事なの?」
「依頼によるけどな。害獣駆除の時は罠の仕込みだけで三日かけたこともある」
「三日……」
「相手によって準備を変えるのが何でも屋だ。今回の相手はセーラス・ヴェインだから、三日分の準備を一日でやる」
フィーナが黙って俺を見ていた。何か言いかけて、やめた。
代わりにロープを持って立ち上がった。
「東の路地、私が張ってくるよ」
「膝の高さで頼む」
「了解了解」
フィーナが路地に消えていく。
元保護局で実務をやっていた人間だ、安心して……いいよな?
イリスは煙玉の調合を横で見ていた。
配合を書き留めている。
なんとなく、イリスが真名に詳しい理由がわかった気がする。
「この配合、錬金術の応用に近いですね」
「錬金術……前も言ってたな、だがこれは俺の経験と勘だ」
「経験と勘で錬金術に辿り着いているのが問題なんです」
「何で怒られてるんだ」
「怒っていません。呆れているんです」
呆れられた。まあいい。結果が出ればいいんだ。
♢ ♦︎ ♢
日が傾く頃には、準備はほぼ終わっていた。
広場の三つの入口のうち、北と東に煙幕の仕掛け。南は開けたまま。セーラスを南から誘導するための設計だ。
路地にはロープと油。建物の扉は加工済み。イリスが使う二階の窓からは広場全体が見渡せることを確認した。布の合図も決めた。
広場に立って、全体を見渡す。
「……こんなもんか」
「足りる?」
フィーナが隣に立った。汗を拭いている。一日中動き回って、さすがに疲れた顔をしていた。気だるいだけじゃなくて、本当に疲れている顔。
「足りるかどうかは、明日になってみないと分からない。でも、やれることは全部やった」
「ノウムさん」
イリスが反対側から近づいてきた。
「セーラスは本当に来ると思いますか」
「来る。拠点を見せた以上、次の手を打つはずだ」
「……私もそう思います。あの人は放置できないタイプです。自分の研究結果が目の前で動いているのに、何もしないでいられる人ではない」
「研究結果……」
「あ、違います、違います。私が思ってるんじゃなくて、セーラスの立場からしたら――」
「冗談だよ、わかってるさ」
研究結果。
昨日の「被験体」を思い出した。そう、セーラスは俺を人間として扱ってない。
怒りが一瞬だけ戻って、飲み込んだ。今じゃない。明日だ。
「宿に戻るか。明日は早い」
「賛成。疲れた」
フィーナが大きく伸びをした。
宿に向かって歩く。旧市街を抜けて、大通りに出る。夕暮れの街は穏やかだった。明日ここで何が起こるかなんて、街の人間は誰も知らない。
「ねぇ」
フィーナが後ろから声をかけてきた。
「何だ」
「明日、君が前に出るんだよね」
「そう言っただろ」
「干渉は効かなくても、剣は効くよ」
「さっきも聞いた」
「……何とかなるの、本当に」
「酢だけじゃない。油もある。煙もある。ロープもある。釘も木材も金属粉もある」
「……それで安心しろってこと?」
「俺を信じろ」
フィーナが少しだけ笑った。
いつもの力が抜けた笑い方だったが、目の奥に、昨日からずっとある何かが残っていた。
心配しているのか。俺のことを。
……そんなに弱く見えてるのか? まあ、実際フィーナより弱いから仕方がない。
「おやすみ」
「ああ。おやすみ」
部屋に入って、ベッドに横になった。
天井を見る。
明日、セーラス・ヴェインに会う。
あの飄々とした笑み。あの力の抜けた声。「お困りですか」。
被験体として会うんじゃない。
文句を言いに行くんだ。
何でも屋として、四年間やってきた全部を使って。
……寝るか。
明日は、腹いっぱい食ってから行こう。




