第20話 作戦会議
眠い。
朝日が昇る前に宿を出た。
イリスとフィーナはまだ寝ている。起こす必要はない、今やるべきことは、俺一人の仕事だ。
旧市街の工房区画を歩く。
昨日エルド・カーシュの拠点を見つけた場所の周辺。使われなくなった工房が並んでいて、人の気配はほとんどない。
朝寒の中、自分の足音だけが石畳に響いていた。
建物の配置を頭に入れる。路地の幅、行き止まりの位置、抜け道になりそうな隙間。建物の高さ、窓の位置、扉の開く方向。
何でも屋が依頼先の下見をする時と同じだ。
害獣駆除でもご近所問題でも、現場を知らないまま突っ込むのは素人のやること、俺は四年間ずっとこうやってきた。
ただ、今回は害獣でもご近所問題でもない。
真名保護の権威者を相手にする。
工房区画の中心に、小さな広場があった。
四方を建物に囲まれていて、入口は三つ。北側、東側、南側。西側は壁で塞がっている。
広さは……二十歩四方くらいか。広すぎず、狭すぎない。
見通しはいいが、建物の中からは死角が多い。路地に入れば視線が切れる。
ここがいい。
♢ ♦︎ ♢
宿に戻ると、二人が食堂で朝飯を食べていた。
フィーナが目を閉じながらスープを啜っている。イリスはパンを丁寧にちぎっている。いつもの朝だ。
「早起きだね。どこ行ってたの」
「下見」
「下見?」
「何でも屋は準備が八割だ。飯食ったら付き合ってくれ」
フィーナが「はいよー」と返し、イリスは黙って頷いた。
俺も席について、飯を食う。今日はいつもより多めに、明日に備えて体力を蓄えておく必要がある。
♢ ♦︎ ♢
食後、三人で旧市街に向かった。
朝の広場に立って、俺は二人に向き直った。
「作戦を説明する」
「おお、作戦会議」
「茶化すな」
「ごめんごめん」
フィーナが手を振り、聞く姿勢になった。
「セーラスの戦い方は不明だが。警戒しないといけないのは真名干渉だ。拘束、抑制、強制。どれも相手の真名を把握していて、視認できることが条件のもの」
「だから視界を塞ぐ」
イリスが先を読んだ。
「そうだ。この広場には入口が三つある。北、東、南。セーラスがどこから来るか分からないが、どこから来ても対応できるようにする」
広場を指さしながら続けた。
「三つの入口のうち二つに仕掛けを置く。煙と金属粉を混ぜた特製の煙幕。起動すれば視界が完全に塞がる。普通の煙よりしつこくて、金属粉が目に入ると涙が止まらなくなる」
「酢漬け香辛料の上位版みたいなもの?」
「まあ、そんなところだ。範囲がもっと広い」
「セーラスは護衛を連れてくる可能性が高い。東区では五人だった。同じか、それ以上。護衛のうち何人かは真名を解放できるはずだ」
「護衛は私が引き受ける」
フィーナが言った。
「ただし、セーラスは私の真名を知ってる。抑制をかけられたら、真名解放を封じられる可能性がある」
「そこなんだよな……」
フィーナが一呼吸おいて、話す。
「……私は解・除・を解除できる。ただし三回が限界」
「ん? どうやって解除するんだ?」
「真名には個別に特性があるんだよ。私はその特性が解・除・なんだよ」
「個別の特性なんてのもあるのか……聞いてないぞ、そんな話」
俺がイリスの方を睨むように見ると――
「……特性のこと忘れてました」
とイリスは顔を逸らして言った。
多分本当に忘れてて、恥ずかしくなったんだろう。可哀相だから、追い詰めるのはやめておこう。
「じゃあ、フィーナが特性を使えば抑制を解除できる――」
「――でも使い続けると真名がバレるかもしれないし、三回以上使おうとすると、頭が割れそうになるんだよ」
なるほどな、リスクが大きい。
干渉を三回まではフィーナ自身の力で跳ね返せる。
だがそれ以上は無理だし、使うほどフィーナの真名の情報を与えてしまう。
三回以内にセーラスの干渉能力を封じるか、決着をつけるか。
「イリス」
「はい」
「イリスは戦闘に出ずに別の仕事がある」
「別の仕事ですか?」
イリスが顔を上げた。
「あの建物の二階」
広場の北側にある工房を指さした。窓が広場に面していて、全体を見渡せる。
「そこから広場を見張ってくれ。セーラスの動き、護衛の配置、誰がどこにいるか。俺に伝えてほしい」
「どうやって伝えるんですか」
「窓から布を出してくれ。赤なら敵が北から、青なら東から。振り方で人数を伝える。細かいやり方は後で決める」
「わかりました」
イリスが目を輝かせながら、元気よく言う。
役割があることが嬉しいのかな?
「……セーラスがイリスの真名を掴んでる可能性はあるか?」
「私の真名がセーラスに知られているかは分かりませんが、戦闘中に読み取ろうとしてくるかもしれません」
「なら、尚更建物の中に居た方がいいな。窓から顔だけ出せばいい。セーラスにバレないようにな」
「はい」
「で、俺はどうするかっていうと」
広場の真ん中に立った。
「ここに立つ」
「……囮?」
フィーナが眉を上げた。
「セーラスが会いたいのは俺だ。被験体の経過観察。あいつは俺と話したがってる。なら、俺が出れば必ず来る」
「君が一番危ないよ。干渉は効かなくても、それ以外は――」
「分かってる。だから仕掛けを使う。煙幕、油、ロープ。この広場を俺の庭にする」
「……庭って言われてもねぇ」
「何でも屋を信じろ」
フィーナが何か言いたそうだったが、結局「……はいはい」とだけ返した。




