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真名殺しの無銘 〜名前を奪う世界で、俺だけが奪われない〜  作者: 佐木凛人
第1章

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第18話 いざ拠点へ


 グレンザールは、思ったより普通の街だった。


 王都ほどではないが、そこそこの規模がある。商店が並ぶ大通りと、権威のある石造りの建物が見える。

 真名保護局の支局もあるらしく、街の入口に例の掲示が貼ってあった。「真名の無断開示は法令により禁止されています」。王都と同じやつだ。

 表面上は、平穏な地方都市に見える。

 ……表面上はな。


「まず飯にするか」


「賛成」


 フィーナが即答した。

 イリスは返事こそしなかったが、反対の声を出さないってことは、肯定ということだろう。イリスは、嫌だったりしたらすぐ言ってくるしな。

 三日間歩き通しで、全員腹が減っている。

 大通りの食堂に入って、適当に頼んだ。

 ここ最近の飯は全部当たりだ。

 煮込みの味付けが王都と少し違う。地方の味ってやつだ。美味い。

 食いながら、地図を広げた。王都を出る前に買っておいたグレンザールの古い地図。


「……まだ食事の最中ですよ」


 イリスが怪訝な顔をしながらそう言う。

 確かに、イリスにとって、飯の時に他の事をするのはお行儀が悪いのかもしれない。


「分かってる」


「分かっててやってるんですか!」


「仲良いねぇ」


 フィーナがスープを飲みながらそう言う。


「……俺と行動を共にするなら、これぐらい慣れとけ」


「……」


 イリスは何も言わず、眉をひそめた。

 でも、地図の方に目を向けている。

 

「……エルド・カーシュが拠点を置くなら、人目につきにくい場所のはずです」


 適応することに決めたらしい。


「王都では東区の倉庫街でした。グレンザールで似た環境に当てはまるのは――」


 イリスの指が地図の端を指した。


「旧市街の外れに、使われなくなった工房区画があります。ここが一番可能性が高い」


「保護局の支局があるのに、堂々と拠点を構えるか?」


「普通はやらないよ」


 フィーナがパンをちぎりながら答えた。


「支局があるってことは、保護局の目が届く場所だから。違法な研究をするには向いてない」


「普通なら、な。でもセーラスが保護局側の人間なら、支局の目を逸らすくらいできるんじゃないか」


 フィーナの手が一瞬だけ止まった。

 それからパンを口に放り込んで、「……まあね」とだけ返した。


 ♢ ♦︎ ♢


 食事を済ませて、旧市街に向かった。

 大通りから外れると、街の空気が変わる。建物が古くなり、人通りが減る。かつては職人たちの工房が並んでいたらしいが、今は半分以上が空き家だ。

 周囲を見る。

 人が歩いた跡。轍の深さ。壁に残った擦り傷。ゴミの鮮度。

 地味な情報だが、こういうのが一番確実だ。真名の知識がなくても、人の出入りは痕跡として残る。


「こっちだ」


「何で分かるんですか」


「轍が新しい。荷車が最近通ってる。空き家ばかりの区画で荷車を使う理由は限られる」


 イリスが少し感心した顔をした。フィーナは何も言わなかったが、後ろからついてくる足音が少しだけ近くなった気がした。


 轍を辿って、旧工房の一つに辿り着いた。

 他の建物より手入れされている。窓の埃が拭かれている。

 ここだ。


「道中にも拠点の周りにも、見張りがいない。もしかしたら、王都と同じ結果になるかもね」


 フィーナが周辺を見回しながら言った。


「見張りがいないだけで拠点の中にいるのでは?」


 イリスがそう言う。

 ……耳を澄ませる。

 中からは、物音一つしない。

 警戒しながら、扉に向かう。

 扉の蝶番に油がささっていて、扉の周辺だけ埃や落ち葉が一切ない。客人を迎えるための準備は整っている。セーラスらしさが出てるな。

 鍵はかかっていなかった。

 物音はしないが、待ち構えてる可能性は否定できない。

 警戒を強める。イリスとフィーナの方に向くと、察して、警戒体制に入る。

 片手は、鞄の中の煙玉を握り、片手でドアノブを回し、中に入る。

 広い一室。いかにも研究室といったような、内装で棚と机が並んでいる。人影はない。

 ただし、奥に扉が二つある。閉まっている。あの向こうは確認できていない。


「入口の部屋には誰もいない。ただ、奥にまだ部屋がある。俺が確認するまで、ここで待っててくれ」


 扉の外で警戒していた二人に声をかける。


「……気をつけて」


「了解了解」


 奥の扉を一つずつ確認する。

 一つ目。保管庫らしい。棚に器具が並んでいるだけで、人はいない。

 二つ目。一つ目の部屋と同様に施錠されていない。

 中は空だった。ただし壁と床に、拘束具の跡がある。鎖を通す金具が壁に打ち付けられていて、床には引きずった痕が残っていた。

 ……ここで誰かを拘束していた。研究対象を。実験体を。

 あの村の老人も、ここに連れてこられたのかもしれない。

 胸の奥が重くなった。


「全部確認した。人はいない。入ってきていい」


 人影はない。室内は明るく、死角もないことから、待ち伏せはされていないだろう。


「……よかったよかった」


「ですね」


 イリスとフィーナが安心している様子で言った。


 さっきと違い細かに室内を見渡す。

 王都東区の拠点とは、まるで違った。

 あっちは急いで撤収した痕跡があった。棚は空で、書類は取りこぼしだけが残っていた。

 ここは違う。

 研究器具がそのまま並んでいる。棚に書類が綴じられている。机の上にメモが置かれている。片付けた形跡がない。荒らされた形跡もない。

 何もかもが、そのまま残されていた。


「……逃げてない」


「だね。逃げる気がないみたい、ここの主は」


 フィーナの声が低かった。


「全部見せるつもりで残してる。私たちが来ることを、分かった上で」


 つまりセーラスは、俺たちがグレンザールに来ることも、この拠点を見つけることも、最初から織り込んでいたということか。

 なら、扉の周りが綺麗だったのも、鍵が開いていたのも、セーラスは、この拠点をご・覧・く・だ・さ・い・っていう意味で、もてなしをしてたってことか。

 王都で「連絡を入れます」と言っていた。俺たちの行き先を知っていた。当然だ。グレンザールという地名を教えたのは俺たち自身なんだから。

 イリスの表情が硬くなっていた。

 何も言わずに、棚の書類に手を伸ばした。

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