第13話 人為的なもの
戦闘の後始末から始めよう。何でも屋の仕事は、派手なところだけじゃない。
まず一般人の三人。威圧が解けて、ようやく体が動くようになったらしい。腰が抜けている者もいたが、怪我はない。
俺が声をかけると、一人が震えながら礼を言ってきた。
「あ、ありがとうございます……あいつら、急に現れて……」
「怪我はないか」
「は、はい……ただ、体が動かなくて……」
威圧だ。真名解放の副産物。
俺には分からない感覚だけど、一般人にとっては恐怖そのものだろう。
三人が落ち着いたのを確認してから、倒れている奪名犯の方に向かう。
「こいつらから何か聞けるか」
「試してみるけど、末端っぽいから期待しないで」
フィーナが気だるそうに奪名犯の一人の頬を叩いて起こした。
意識が戻った男は、フィーナの顔を見て怯えた。
さっき一撃で吹き飛ばされた記憶が鮮明なんだろう。
「いくつか聞くね。素直に答えれば痛くしないから」
フィーナの声は穏やかだが、目は笑っていない。元保護局の尋問術なのか、それとも地なのか。
結果から言うと、大した情報は出なかった。こいつらは本当に末端で、上からの指示で動いているだけ。組織の全体像も知らないし、誰がトップなのかも分からない。
ただ、一つだけ。
「……拠点に、戻らないと……」
男が呟いた。拠点。
イリスが男の懐をもう一度探った。外套の内側の縫い目の裏に、小さく折り畳まれた紙が一枚。
広げると、道順が書かれていた。東区の倉庫街の中の、特定の建物への行き方。
末端の人間だからこそ、道を覚えきれずにメモに頼っていたということか。
……ある意味助かった。
「ここだね」
フィーナが紙を覗き込んだ。
「東区の奥か。倉庫街にあるってことは、やっぱり隠れてやってたんだね」
♢ ♦︎ ♢
メモの道順を辿って、東区のさらに奥に進んだ。
倉庫が並ぶ中に、周りと比べて手入れがされている建物がある。
手入れされているってことは、直近まで人がいたという痕跡だ。
扉に鍵はかかっていなかった。不用心だな。
中に入ると、ほとんど空だった。
机と棚は残っているが、書類も研究道具も持ち出されている。
急いで片付けた形跡がある。棚の上の埃の積もり方が不均一で、つい数日前まで物が置かれていた場所と、もっと前に空になった場所が混在していた。
「……掃除はしたけど、雑。急いでた」
フィーナが壁を指でなぞりながら言った。
「数日前、いや、もっと最近かも。昨日とか一昨日とか」
俺たちが王都に着いてから動いた可能性もあるってことか。
……偶然か? それとも、俺たちが来たことを知って撤収した?
嫌な想像が頭をよぎった。
イリスが棚を一つ一つ確認していく。何も見逃すまいという目。ファレンの保管所の時と同じ集中力。
俺は入口で見張りだ。
しばらくして、イリスが声をあげた。
「……ノウム」
イリスが壁際の棚の裏から、数枚の書類を引き出した。棚と壁の隙間に落ちていたらしい。急いで撤収した時に取りこぼしたんだろう。
書類を広げたイリスの表情が変わった。学術院の研究メモを見た時よりも、もっと鋭い。
「何が書いてある」
「……研究テーマの概要です。『真名の欠損は人為的に発生させることが可能か』」
人為的に。
その言葉が、頭の中で反響した。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味です。真名を持たない状態を、人の手で作り出せるかどうか。それを研究していた」
真名がないのは、生まれつきのものだと勝手に解釈していた。
俺がたまたまそういう体質だったのだと。
でも、もしそうじゃないとしたら。
誰かが、意図的に――
「ノウムの真名の欠損が、自然発生ではなく人為的なものである可能性が出てきました」
イリスの声は冷静だった。だが、目の奥に熱があった。いつもの熱とは違う。怒りに近い何か。
「……俺の真名は、誰かに奪われたってことか」
「奪われたのか、封印されたのか、あるいは最初から発生しないよう操作されたのか。まだ分かりません。ですが、自然ではない可能性が高い」
何を言えばいいか分からなかった。
怒ればいいのか。悲しめばいいのか。
……正直、まだ実感がない。ただ、胸の奥に何か重いものが沈んだ感覚がある。
「他には」
「もう一枚。撤収先と思われる地名が記載されています」
イリスが書類を見せた。王都の外、ある地方都市の名前。見たことのない名前だ。
「エルド・カーシュはここに移動した可能性が高い」
「……追うのか」
「追います」
イリスの即答。迷いがない。
フィーナが壁にもたれかかりながら、二人のやり取りを見ていた。
「大変だね、君たち」
「他人事みたいに言うな」
「他人事だよ……今のところは」
「今のところは」がどこまで本気なのか、この女の顔からは読めない。
建物を出た。午後の日差しが傾き始めている。
面倒事はまだ終わらない。むしろ、ここからが本番なのかもしれない。
俺の真名は、奪われたのか。
考えても答えは出ない。
でも、初めて――考えることをやめたくなかった。




