第12話 共闘
「ここです」
学術院ではなく、今度は保護局の建物だ。王都の中央区にあり、学術院ほど大きくはないが、衛兵の数が多く物々しい。
セーラスは俺たちを応接室に通してくれた。茶まで出してきた……至れり尽くせりだな。
「エルド・カーシュについて、もう少し詳しく教えてほしいんですが」
「ええ。何が分かりましたか」
「組織名だってことは分かりました。真名の特殊研究を専門にしている学術機関だと」
セーラスが頷いた。驚いた様子はない。
「よく調べましたね。その通りです。エルド・カーシュは保護局の関連機関として設立された研究組織です。ただ、独立性が非常に高い」
「独立性?」
「保護局の管轄ではあるんですが、研究内容の詳細は保護局にも共有されていません。設立時の取り決めで、研究の自由が保障されている」
つまり、保護局の看板を借りているが、中身は保護局にも見えないということか。
……それはもう独立性の範囲を超えてるだろ。
「拠点は分かりますか」
「王都の東区にあるはずです。ただ、最近は人の出入りが減っていると聞きます。活動が見えにくくなっている」
セーラスがそこで少し間を置いた。
「……お気をつけください。エルド・カーシュは、私にとっても把握しきれていない組織です」
忠告。善意に聞こえる。
ただ、なぜセーラスは、エルド・カーシュが組織だと知っていたのに教えてくれなかったんだ?
「……そういえば、そちらの方は?」
セーラスがフィーナを見ながら言った。
フィーナの言ったとおり、認識されてないんだな。
「お手伝いさんだ。今は人手がほしいから」
「……そうですか」
隣のフィーナは、茶を啜り、何も言わず表情も変えなかった。
イリスはセーラスの顔をじっと見ていた。相変わらず警戒しているようだ。
♢ ♦︎ ♢
保護局を出て、東区に向かった。
三人で歩く。もう足音が三つあることには慣れた。二つに慣れるのに数日かかったのに、三つ目はすぐだった。不思議なもんだ。
「東区ってどんなところだ」
「……倉庫街。あんまり人が住んでない」
フィーナが欠伸しながら答えた。王都の東区は商業区画から外れた場所で、物資の保管や輸送の拠点らしい。研究機関を置くには不自然な立地だ。
人目を避けたい組織にとっては、都合がいいということか。
東区に入ると、確かに空気が変わった。大通りの喧騒が遠くなり、石造りの倉庫が並ぶ静かな通りが続く。人通りが極端に少ない。
なんとなくこういう静かな場所に来ると、俺も静かにしなきゃいけない気がして、小さな声で喋ってしまう。そんなくだらないことを考えながら、歩いてた。
その時だった。
叫び声が聞こえた。一つじゃなく、複数。
路地の奥から、何人もの声が重なっている。
「……またか」
「またみたいだね」
フィーナと同時に足を速めた。
路地を曲がると、開けた広場のような場所に出た。
倉庫に囲まれた空間。
そこに、五人の黒い外套を纏っている姿を確認できた。
体格からして、おそらく全員、男だろう。
そして三人が地面に座り込んでいる。威圧で動けなくなっているんだろう。
五人のうち二人が明らかに空気が違う、おそらく真名を解放している。
残りの三人は解放していないが、全員が武装している。
リーデンの時とは規模が違う。あの時は一対一だった。これは組織的な奪名だ。
「イリス、下がれ」
「はい」
イリスが壁際に退避する。
フィーナが隣に立っていた。
「五人か……ちょっと面倒だね」
「二人は真名解放してる。俺は解放してない方を抑える。解放してる二人は」
「はいはい。私ね」
フィーナが息を吐いた。やる気のない息。
だが次の瞬間、空気が変わった。フィーナの周囲に力が膨れ上がる。真名解放だ。
俺には感じないが、広場にいた一般人たちがさらに顔を歪めた。威圧が二重になったんだろう……すまん、俺には分からないんだ。
革鞄に手を突っ込む。今日の在庫を確認。煙玉が一つ、投擲ナイフが二本、それから――油壺と、酢漬けの香辛料。
……まあ、何とかなるだろ。
「行くぞ」
「先どうぞ」
お姉さんは後からか。
まず油壺の蓋を開けて、未解放の三人の足元に中身をぶちまけた。
安い食用油だ。料理にも使えるし、人も転ばせられる。万能。
案の定、突っ込んできた一人目が派手に滑って転んだ。そこに酢漬けの香辛料を顔面に叩きつける。
相変わらず、これは強力だ。
一人目が転がりながら悶絶している間に、二人目が油を避けて横から来る。
こいつは頭がいい。だが、足元を見ている隙に投擲ナイフを肩に刺す。足元を気にさせた時点で俺の勝ちだ。
怯んだところに距離を詰めて、短剣の柄で顎を打つと、呻き声を上げながら、倒れる。
三人目は煙玉――はサービスのしすぎか。このまま勢いで押してしまうか。
剣を大振りしながら俺に向かってくる。俺が横に避けると、剣が地面を打ち、砂埃が舞う。
相手の持ち手を、短剣の柄ではたき落とし、そのまま鳩尾に当てる。
三人。全員、真名解放なしの素の人間。道具と場の支配で何とかなる相手だ。
フィーナが歩いた。だるそうに。
真名解放した二人が同時に向かってくる。速い。常人の十倍の身体能力。二人がかり。
フィーナは避けなかった。
一人目の拳を片手で受け止めた。真名解放同士の力のぶつかり合い。だが、フィーナの方が圧倒的に上だ。受け止めた腕をそのままひねり上げて、地面に叩きつけた。
二人目が背後から来る。フィーナが振り返りもせずに肘を入れた。鳩尾に。二人目が崩れ落ちる。
……油壺と酢漬けの香辛料で三人倒した俺と、素手で二人沈めたフィーナ。
見栄えの差がひどいな。
「……はぁ。朝から五人は多いよ」
全部で三十秒もかかっていない。
フィーナが真名解放を解除した。欠伸をしている。
俺の方も三人制圧完了。投擲ナイフを回収して、油で汚れた靴底を拭く……自分の油で自分が滑りかけたのは内緒だ。
イリスが近づいてきた。倒れた男たちを調べ始める。
その手が止まった。
「……ノウム。これを見てください」
イリスが男の懐から引き抜いたもの。小さな金属板。紋章のようなものが刻まれている。
「これは、エルド・カーシュの研究室にあった書類に押されていたものと同じ紋章です」
エルド・カーシュ。
文献を集めるだけの学術機関じゃなかった。奪名を実行させる組織でもあった。
リーデンの広場で商人の真名を奪ったあの若い男も、こいつらと同じ組織の人間だったのか。
「……やっぱりね」
遠くを見ながらフィーナが小さく呟いた。
「保護局にいた頃から、何かおかしいとは思ってたんだよね。見えないところで、何かが動いてるなって」
「それで辞めたのか?」
「……まあ、半分はね」
半分。残り半分は、たぶんまだ聞けない。
面倒事の規模が、一気に変わった。
何でも屋一人で手に負える話じゃなくなっている。
……いや、最初から一人じゃなかったか。
隣にはイリスがいて、フィーナがいる。
面倒事の総本山に来て、面倒事の本丸に突っ込もうとしている。
何でも屋の鉄則は……今回はなしだ。




