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真名殺しの無銘 〜名前を奪う世界で、俺だけが奪われない〜  作者: 佐木凛人
第1章

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第11話 フィーナ

 王都の食堂は、リーデンやファレンと比べて値段が倍近い。


「何でもいいよ。多めに」


 フィーナの注文が雑すぎる。店員が一瞬困った顔をしたが、「おすすめを多めに」と解釈してくれたらしい。ありがたい。

 俺は煮込みとパンを頼んだ。安定の組み合わせ。

 イリスはメニューを見つめて少し固まっていたが、今回は自力で注文した。感動した、あのイリスが自力で注文できるなんて……メニューとにらめっこしてたのは結構長かったけど。

 料理が来るまでの間、フィーナが頬杖をつきながらイリスを見ていた。半開きの目で。


「君さ、食堂慣れてないでしょ」


「……なぜそう思うんですか」


「メニュー見る時の目が泳いでた。あと、椅子に座る前に一瞬止まった」


 観察力だけは鋭い。気だるそうにしてるくせに、人のことはちゃんと見てる。


「元保護局だからな、やっぱり」


「まあね。人を見るのは仕事だったから……癖は抜けないもんだね」


 フィーナが大きな声を出しながら欠伸をした。食堂で堂々と。美人が台無しだ。


「で、エルド・カーシュの話だったよね」


「ああ。知ってることを教えてくれ」


「うん。まず一つ訂正ね」


 フィーナが指を一本立てた。だるそうに。


「エルド・カーシュは人の名前じゃないよ。組織名。正確には王都の学術機関の略称」


「……組織?」


 イリスの声が低くなった。


「そう。小さな研究機関なんだけど、真名に関する特殊研究を専門にしてる。保護局とも繋がりがあって、私がいた頃にちらっと名前を聞いたことがある」


 個人名だと思っていた。

 一人の研究者が文献を持ち出したのだと。

 だが組織だったとは。

 ファレンの保管所から文献を持ち出したのは、個人の好奇心じゃなく、組織として計画的にやったということだ。


「何の研究をしてるか分かるか」


「詳しくは知らない。私がいた頃は、真名の保存とか管理とか、そういう名目だった気がするけど。正直、興味なかったし」


 フィーナが肩をすくめた。

 興味なかったし、で済ませるあたりがこの女らしい。でも、これだけでもかなりの手がかりだ。


「……組織ぐるみで真名なき者の文献を集めている」


 イリスが呟くように言った。目が鋭くなっている。

 個人なら追える。だが組織だと話が変わってしまう、規模が違い、目的も単なる学術的興味では済まない可能性がある。


 料理が来た。

 フィーナは話しながらも食べるペースが速い。だるそうな見た目に反して、食欲はちゃんとある。


「ところでさ」


 フィーナが魚の骨を器用に外しながら――こいつは食べ方が雑なのに手先は器用だ――ノウムの方を見た。


「君、真名解放しないの? さっきの路地でも道具で戦おうとしてたけど」


 見えていたのか、俺が鞄に手を入れたところを……


「……できない」


「できない? しないんじゃなくて?」


 フィーナの半開きの目が、少しだけ開いた。ほんの少しだけ。


「まあ、色々あってな」


「ふーん」


 それで終わった。深追いしない。

 イリスの時は「鈍さの問題ではありません」と即座に切り込んできたが、フィーナは「ふーん」で済ませる。

 ……楽だな、この距離感。


 イリスが黙って食事を続けている。

 ノウムの真名の秘密を知っているのは、この場ではイリスだけだ。フィーナにはまだ話していない。

 そのことに、イリスは何か思うところがあるのだろうか。

 ……分からない。表情からは読めない。いつもの冷たい顔。でも、箸の動きがさっきより少し遅くなった気がする。


「君は?」


 フィーナがイリスに向いた。


「戦えるの?」


「戦闘は専門ではありません」


「じゃあ何が専門?」


「真名に関する知識です」


「ああ、頭脳派ね。私の一番苦手なやつ」


 フィーナが笑った。力が抜けた笑い方。嫌味がない。

 イリスはフィーナの扱い方がまだ掴めていない顔をしていた。

 冷静に理詰めで返せる相手じゃない。力が入った言葉が、するっと受け流される。


「真名に詳しいなら、エルド・カーシュの研究内容、推測できたりしない?」


「……断片的にですが。昨日見つけた研究メモに、『真名なき者の観測報告』という記述がありました」


「真名なき者? 何それ」


 フィーナが俺を見た。俺を見て、イリスを見た。

 何かを察したのか、察していないのか。半開きの目は、読ませてくれない。


「まあ、色々あるんでしょ。いいよ、聞かない」


 フィーナが食事に戻った。

 この女、察しがいいのか悪いのか分からない。たぶん、いいのに悪いふりをしている……だるいから。


「で、次はどうするの」


「エルド・カーシュの正体が分かった以上、保護局の人間に直接聞くのが早い。セーラス・ヴェインっていう男に心当たりがある」


 フィーナの箸が止まった。

 一瞬だけ。本当に一瞬。


「セーラス・ヴェイン、ね……」


「知ってるのか」


「ああ、知ってるよ。私がいた頃の上の方の人。直属じゃなかったけど、名前は何度か聞いた」


 フィーナの声のトーンが、微かに変わったような気がする。気だるさの中に、別の何かが混じった。

 ……何だろう。嫌悪? 警戒? それとも――


「まあ、聞いてみれば。あの人なら色々知ってると思うよ」


 それ以上は言わなかった。

 フィーナが食事に戻る。イリスが食事に戻る。俺も食事に戻る。

 三人で飯を食っている。出会って数時間のメンバーで。

 まとまりがあるかと言われると、全くない。

 でもまあ、飯は美味かった。

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