第70話 濾過石の列
翌朝、石は一つではなくなっていた。
ユークが地下に降りると、モルト処理場の縁に、小さな石がいくつも転がっていた。昨夜の一つと同じだ。表面が滑らかで、規則的な小孔が並んでいる。モルトが処理できずに外へ押し出したものだった。
ユークはパスを通じてモルトに声をかけた。
「昨夜のうちに、これだけ出たのか」
重い感触が返ってきた。
泥に混じって来る、固いもの。食べられないから外に出す。だが次々に来る。そういう感触だった。処理しようとしても処理できないものが流れてくる分、モルトの動きが乱れている。
ミレアが記録帳を持って降りてきた。
「縁の石、数えました。十四個です。昨日の一個を入れて十五個。形はほぼ同じですが、大きさにばらつきがあります」
「モルトの処理ペースはどうだ」
「落ちています。食べられないものが混じると、選り分けに動きを取られて、本来の処理が遅れます。このまま石が来続けると、モルトの処理量が水量に追いつかなくなります」
ユークは縁の石を一つ拾った。光に透かす。穴の配置が均一だ。昨夜のものと同じ作りだった。
もう一つ拾う。今度は穴が泥で半分塞がっていた。色も少しくすんでいる。
「水を通してみる」
ユークは横の溝から汲んだ水を、石の上に流した。
穴の詰まっていない石は、水が通ると表面の色がわずかに変わった。蒼みがかった灰色から、澄んだ灰色へ。穴の詰まった石は、色が変わらなかった。水が通っていない。
「色が変わる石と、変わらない石がある」
「どう違うんですか」
「穴が生きているかどうかだ。水が通る石は、通った水の濁りを拾って色が変わる。詰まった石は水が通らないから変わらない。……これは濾過材だ。水を通して、濁りを石の中に残す。生きている石は、まだ濾せる」
ユークは二種類の石を分けて置いた。色が変わったものと、変わらなかったもの。
「昨日は一個だから道具だと思った。十五個あると、これは一個の道具じゃない。並べて使うものだ」
「並べる、というのは」
「第五沈殿槽の中で、これが列になっていたんだ。水が石の列を通る。一段目で大きい濁りが取れる。二段目でもっと細かいのが取れる。段を重ねるほど水が澄む。……長年詰まっている間に列が崩れて、石が泥に混じった。今、水が流れ始めて、崩れた石が処理場まで流れてきている」
ミレアが手を止めた。
「では、その石を並べ直せば」
「モルトの前に濾過の段を作れる。モルトに来る前に、石の列で粗い濁りを取る。モルトの負担が減る」
ユークはパスでグランを呼んだ。
しばらくして、グランが通路の奥から現れた。昨日の作業で疲れが残っている感触だったが、来た。
「石を並べる場所を作りたい。モルト処理場の手前、水が来る側だ。石を一列に立てて、水が順に通るようにしたい」
グランから、確認するような感触が返ってきた。場所を見たい、ということだった。
ユークはグランを水路の手前へ連れて行った。横の溝から処理場へ水が落ちる、その途中だ。
「ここに、石を支える枠がいる。石が水で流されないように、立てて固定する。グランに作ってほしいのは枠の溝だ。石を差し込める溝を、底に何本か掘る」
グランが床を確認した。掘れる、という感触が返ってきた。ただし、固い層が途中にある、という注意も混じっていた。
「固いところは避けていい。掘れる範囲で、石が立つ溝を作ってくれ。深さは石の三分の一が刺さればいい」
グランが作業を始めた。
その間に、ユークとミレアは石の選別をした。色が変わる石と、変わらない石。さらに、変わる石の中でも、穴の大きさで分けた。
「穴が大きい石は、最初の段だ。大きい濁りを取る。穴が小さい石は後の段。細かいのを取る」とユークが言った。
「全部は使えませんね」
「使えない。十五個のうち、生きているのは九個だ。残り六個は穴が詰まっているか、欠けている。詰まった石を列に入れると、そこで水が止まる。逆効果だ」
モルトが、縁から何かを押し出した。
また石だった。今度は割れていた。半分しかない。
ユークはそれを拾って、使えない方へ置いた。
「モルト、石が来たら、外に出すのは今まで通りでいい。ただ、割れていない丸い石は、こっちの台に乗せてくれるか。割れた石とは分けたい」
モルトから、迷うような感触が返ってきた。
それから、ゆっくりと、縁の丸い石を一つ、ユークが示した台の上に押し上げた。割れた石はそのまま外に出した。
「分けられるんだな」
モルトが分けた。食べられないものの中でも、丸いものと割れたものを、別の場所に出すようになった。処理の合間に、選り分けが一つ増えた形だ。だが、その分、ユークたちが拾い集める手間が減った。
グランの溝が掘り上がったのは、昼を過ぎた頃だった。
底に、石を差し込める溝が五本並んでいる。固い層を避けた分、まっすぐではないが、水の流れる向きには沿っている。
ユークは生きている石を、穴の大きい順に溝へ差した。九個では五本の溝を埋めきれない。最初の二段を厚く、後ろを薄くした。
「水を通す」
横の溝からの水を、石の列へ流した。
水が一段目の石を通る。石の色が変わる。二段目を通る。また変わる。列を抜けた水が、モルト処理場へ落ちていく。
ルーメが処理場の縁にいた。落ちてくる水に反応して、色が変わる。さっきまでの蒼灰から、澄んだ灰青へ。濁りが減っている。
「モルトに来る水が、前より澄んでいる」とミレアが言った。
「石が粗い濁りを取った分、モルトに来る泥が減った」
パス越しのモルトの動きが、少し軽くなった。処理のペースが乱れなくなっている。食べられないものが減った分、本来の処理に集中できている。
「これで恒久的に解決ですか」
「いや。仮の列だ」とユークは言った。「石は九個しかない。本当はもっと段が要る。それに、この石もいつか詰まる。濾過材は濁りを溜める道具だから、溜まれば交換がいる。……ただ、今日できたのは、モルトの前に一段置けたことだ。モルト一体に全部背負わせるのをやめられた」
ミレアが記録帳に書いた。
「モルト処理場手前に仮濾過列を設置。生きた濾過石九個を使用。穴の大きさ順に配列。横の溝からの水を一次濾過後にモルト処理場へ送る。モルトの処理負荷が低下。……これでいいですか」
「一つ足してくれ。仮濾過列は暫定。石の追加回収と、詰まった際の交換手順を今後決める必要がある」
「足します」
夕方、前砦に戻ると、受付台に伝言が置かれていた。
クルン村からの使いが、昼過ぎに寄ったという。ミレアがその紙を読み上げた。
「クルン村より。昨日に続き、今日も川の水が濁らなかった。洗い物にも炊事にも使えている。水番への礼を伝えてほしい、とのことです」
ユークは紙を受け取った。
二日続けて、濁らなかった。第五沈殿槽が動き始めて、石の列を一段足して、モルトの負荷が下がって、その結果が、下流の村の「濁らなかった」という一言になっている。
「礼は、まだ早い」とユークは言った。
「なぜですか」
「二日だ。石が詰まるまで保つか、まだ分からない。三日続けば、仮の列が持ちこたえたと言える。……明日、もう一度、村に確認の使いを出してくれ」
ミレアが頷いて、記録帳を閉じた。
地下では、石の列を抜けた水が、今も静かにモルト処理場へ落ち続けていた。




