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第68話 規則は商売も守る

 ドーランが前砦に来たのは昼前だった。

 定期便の日だった。今週の補修油と布を荷台から下ろしながら、広場の端に視線を向けた。グニェル一行が新設の石台を使って採集品の荷造りをしていた。


「あれ、昨日作ったやつか」


「そうだ。グランが設置した」


「場所はいい。日当たりがある」


 ドーランは荷を壁際に下ろし、台の方へ歩いていった。荷を届けに来た人間の動きではなかった。現場を確認しに来た人間の動き方だった。

 台の前でトルマが作業していた。石台に広げた灰鉱砂を布袋に戻す作業だ。隣に崩落石材の袋が積んである。


「荷の戻し方を見ていいか」


 トルマが手を止めた。


「問題がありますか」


「ある」


 ドーランはトルマの袋を指さした。


「灰鉱砂を底に入れて、その上に石材を乗せているな」


「そうです。重いものを下に」


「重いものを下にするのは荷崩れ防止として正しい。だが今日の問題は重量じゃない。灰鉱砂は細粒だ。上から石材を重ねると、石材に残っている湿気が下へ落ちる。底の砂が湿気を吸う」


「石材は乾燥台で乾かしました」


「外から見た感じは乾いているが、石の中はまだ湿っている。石は乾くのが遅い。砂より吸水性が低いから表面だけ乾いて見えても、芯に湿気が残る。それを砂の上に乗せれば、移動中に湿気が落ちていく」


 トルマが石材の一つを手に取った。表面を触り、少し間を置いた。


「……確かに、少し冷たい気がします」


「冷たければ湿っている。今のままラスティアまで運べば、底の砂の品質が落ちる。A品がB品になる」


 グニェルが近づいてきた。荷崩れの話を聞いていたらしかった。


「どうすれば良かったんですか」


「乾燥台に並べる順番と時間が問題だ」


  *


 ユークはドーランの言葉を聞きながら、台の周囲を確認した。

 採集品が石台に並んでいた。砂が二袋分、石材が三つ。砂は細粒と粗粒が混じって広げられている。石材は大きいものから小さいものまで一列だ。


「砂は乾くのが早い。石材は遅い。同時に並べ始めたなら、砂はもう乾き終わっているが石材はまだだ」


「そういうことだ。石材は砂の二倍以上の時間がいる。今日の採集から帰ってすぐ並べたなら、石材はまだ乾いていない」


「荷造りは段階を踏む必要があるということですか」とグニェルが言った。


「そうなる。砂を先に収める。石材はもう半刻以上台に置いてから収める。その順番で荷造りすれば、混合してから輸送しても問題は起きにくい」


 グニェルが少し顔をしかめた。


「それだと今日は荷造りが遅れます。帰りの時間が変わります」


「変わる。今日は半刻遅れる。ただし品質は守れる」


「半刻分の損と、品質低下の損を比べれば、品質の方が高い損失になります。それは分かっています。ただし毎回こういう手間を踏むとなると、今後の段取りを変えなければなりません」


「変えた方がいい」


「来るたびに時間が増えるとなると、日程の組み方が変わります」


「変えた方がいい。これはここの環境の問題じゃない。迷宮の採集品はどこの現場も湿度が高い。ラスティアまで運ぶなら、荷造りの段取りを荷崩れだけじゃなく湿度管理まで含めて設計する必要がある。それをやっていなかったのがそもそも手順の抜けだ」


 グニェルが黙った。

 ユークはドーランとグニェルのやり取りを横で見ていた。


 ドーランの言い方はいつも短い。余計な感情を入れない。だが「これはここの環境の問題じゃない」という一言が、今のグニェルには効く言葉だった。前砦の環境が商品に向かないのではなく、どこの迷宮採集でも起きる問題で、手順で対応できる。そういう意味だった。


「手順を整理する必要があります」


「前砦標準荷姿を作ってもいいですか。採集後の処理手順を一枚に整理したものです。使う義務はない。ただし使えば品質が安定することを、今日のケースで示せると思う」


「作るのにどれくらいかかりますか」


「今日中に骨格を出す。内容はドーランに確認してもらう」


「私が確認するのか」


「荷造りの専門家が確認した基準なら、グニェルも採用しやすい」


 ドーランは少し考えた。


「構わない。荷造りの話なら俺の範囲だ」


  *


 ミレアが手帳を取り出した。


「前砦標準荷姿の骨格を口頭で整理してもいいですか。ドーランさんと一緒に確認しながら」


「やってくれ」


「まず乾燥の段階です。採集品は種別ごとに分けて石台に並べる。砂類は最低半刻、石材類は最低一刻置く。この時間は気温と湿度によって変わりますか」


「今の季節なら半刻と一刻でほぼ問題ない。夏は短くなる。冬は長くなる。目安として書いておけばいい」


「記録します。次に荷造りの段階です。砂類を先に収める。石材は乾燥確認後に収める。袋の口は前砦を出るまで仮止めにして、完全に閉じない。これでいいですか」


「口を仮止めにする理由は」とトルマが聞いた。


「前砦の中で完全に閉じると、袋の内側の空気も一緒に封じる。その空気にまだ湿気が多い場合、閉じた後で内側から劣化する。仮止めにして外に出てから閉じた方が、より乾燥した外気の中で封じられる」


「それは今まで考えていませんでした」


「前砦の中は外縁区画に近いので湿度が高めだ。外に出てから閉じる方がいい。その一手間だけだ」


 ミレアが書き取っていた。


「袋の口、前砦内では仮止め。前砦外に出た後で完全に閉じる。以上が三番目の手順です。最後に確認の段階です。退場前にミレアが台帳と照合しますが、この時に口が仮止め状態であれば中の確認が早くできます。完全に閉じてあると開けて確認して閉じ直すという手間が増えます」


「確認が早くなるのか」とグニェルが言った。


「仮止めなら袋の上から軽く押して内容を確認できます。今まではミレアが開けて確認していました」


「それは我々にとっても早く終わる」


「そうなります」


 グニェルがトルマを見た。トルマは手帳を取り出して骨格の内容を書き写していた。


「追加の手間は、乾燥を種別ごとに分けることと、袋の口を外に出てから閉じることの二点ですね」


「そうだ」


「乾燥の時間増加は半刻から一刻です」


「その通りだ」


「……品質の安定と確認時間の短縮を取れば、手間は許容できる範囲です」


 グニェルが少し間を置いて言った。


「規則を守ることが商売の質を上げるとは、最初は思っていませんでした。前砦のルールは制限だと思っていた」


「制限は制限だ。ただし制限の理由がある。理由が分かれば、守り方を工夫できる。工夫した結果が標準荷姿になる」


「そういう形でルールが積み重なっていくんですね」


「そうなっていく」


 ドーランが石台の端を煙管の柄で軽く叩いた。


「一つ確認していいか。この台、冬は凍らないか」


「グランが石組みで作った。石が厚い。凍るほど冷えるなら、その前に別の台を考える」


「冬が来る前に確認しておけ。凍った台に袋を置くと底が湿る」


「確認する。ありがとう」


 ドーランが今度こそ荷を担ぎ上げた。帰りの荷の確認に移る時間だった。


「標準荷姿、形になったら一枚送ってこい。ラスティアで他の採集商に見せる機会があれば見せる」


「それはありがたい」


「広める気があるなら、の話だが」


「ある。前砦を使う商人が正しい手順で動けば、前砦側の確認作業が減る。そっちの方が助かる」


「理由がそれか」


「そうだ」


 ドーランが短く笑って、前砦を出た。


  *


 グニェルが荷造りを仕上げた。今日は石材の乾燥を追加で半刻待った。その間にミレアが退場台帳の整理を進めた。仮止めの袋は確認が早かった。今日の退場確認は通常より一刻早く終わった。


「早く終わりましたね」とトルマが言った。


「仮止めのおかげだ」


「乾燥に時間をかけた分より、確認が早まった分の方が多い。今日はトータルで早く帰れる」


「来週もこの手順でやります」


「頼む。今日の骨格をミレアが今日中に一枚にまとめる。次回来た時に渡す」


「次回の予約も今日中に入れていいですか」


「入れてくれ」


 ミレアが予約を台帳に記録した。

 グニェル一行が帰っていった。


 ユークは受付台の前に立ち、今日の記録帳を確認した。採集品台帳、退場確認、荷姿の骨格、標準荷姿の追加。


「ミレア、前砦標準荷姿の一枚をドーランに確認してもらったら、利用規則の補足として添付してくれ。義務ではなく推奨として」


「推奨の形で添付します。今日中に骨格を清書します」


「頼む」


 ユークは地下の方向に意識を向けた。今日の採集作業と荷造りを横で見ている間、地下の確認をまだしていなかった。


「地下を見てくる」


「一緒に行きます」とミレアが記録帳を閉じて立った。


  *


 地下へ降りた。

 水位目盛りを見た。


 五番目に来ていた。


「五番目だ」


 ミレアがすぐに書いた。


「水位、五番目到達。確認時刻、今の時刻。本日午前中の確認時点では四番目でした。今日中に五番目に来ました」


「昨日より一刻早い」


「前倒しのペースが続いています」


 ユークはモルトの処理場を確認した。モルトが縁を動いていた。重さはある。眠りかける直前の重さではないが、余力が薄くなっている感触だった。


「仮板を入れる前に五番目に来た。今夜グランに板を入れてもらっても、今の状態が続けば明日の昼前には五番目に戻る。毎日仮板を入れる運用では、もう間に合わない」


「旧堰の削りを次の段階に進める必要があります」


「そうだ。あと一段だけ削れば、流量が今の処理余力の上限まで来る。そこから先は配分管理で調整するしかない」


「今夜判断しますか」


「今夜の水位を確認して、明日の朝にグランに指示を出す」


 ミレアが書いた。


「水位五番目到達。旧堰の二段目削りを明朝実施予定。第五沈殿槽系への本格対応が始まる」


「本格対応、か」


「そう書いた方が後から読み返した時に分かりやすいと思って」


「そうだな。そのままにしてくれ」


 モルトが処理場の縁で少し止まった。ユークのパスを感じたのかもしれない。


「今夜は仮板を入れる。明日の朝に削りを入れる。村側の岩双点とリクの観測記録を同期させながら進める。一段削って、一日待って、どこへどれだけ流れたか確認してから次を判断する」


「段階的に、ということですね」


「それしかできない」


 水の音が続いていた。五番目の目盛りを水面が揺れながら示していた。

 今日は前砦標準荷姿ができた。グニェルが規則の実利を知った。


 地下では、次の作業が始まる条件が揃っていた。

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