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第62話 初回正式利用

 グニェルの荷馬車が前砦の広場に入ってきたのは、朝の第二刻だった。

 縄の手前で御者が手綱を引いた。馬が止まった。グニェルが荷台から降り、その後から若い男が一人続いた。二十代前半だろう。背が高く、革の作業着に新しい荷札帳を持っていた。グニェルよりも荷の確認に慣れた手つきで、荷台の幕を少し開けて中を覗いた。


 ユークは前砦の入口から出た。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします。それから、紹介を。甥のトルマです。荷の検分は彼が担当しています」


「トルマ・グニェルと申します」


 礼儀はあるが、前砦の方をすでに採集場として見ている目だった。


「前回の条件は伺っています。半量上限、半日、荷馬車は縄の外。確認済みです」


「分かった。受付を先に済ませる」


 三人で前砦の中に入った。ミレアが受付台に立っていた。


「入場確認をさせてください。氏名、本日の採集目標品目、持ち込む道具の種別」


 グニェルがミレアに向かって丁寧に答えた。採集目標は灰鉱砂と崩落石材。道具は採集袋三本と仕分け布、測量用の短い棒。

 トルマが自分の荷札帳を開いた。「こちらで管理している採集札との突合は、退場時に行うということでいいですね」


「そうだ。退場前に前砦でミレアが採集品の確認をする。確認が終わるまで荷を荷馬車に積まないこと」


「確認の基準は何ですか」


「採集可能品目の範囲内かどうか。上限量を超えていないかどうか。採取地点の記録が合っているかどうか。この三点だ」


「採取地点の記録」とトルマは繰り返した。


「採取場所ごとに採集札を一枚書いてもらう。どこで採ったかを記録する。場所が変われば別の札を使う」


「うちの荷札は品目別と品質別で管理しています。場所の記録は通常やりません」


「前砦ではやってもらう。理由は後で説明する」


 トルマがグニェルを見た。グニェルは「前砦の規則に従う」と言ってあるという目で返した。トルマは荷札帳を閉じた。


  *


 採集作業は午前中を中心に進めた。

 ルーメが外縁区画の入口で先行して光を入れた。グニェルとトルマが続いて入り、御者は縄の外で待機する形になった。ユークは前砦の受付台からシルクスのパスを通じて足音を追った。


 グニェルは慎重に動いていた。以前来た時の動き方を覚えているらしく、通路の分岐で止まることなく直進した。

 問題は採集が始まってからだった。


 トルマが灰鉱砂を採集袋に入れている様子を、シルクスが足音の変化として拾っていた。採集ポイントで止まる時間が長い。一か所に留まっている。

 パスを通じて確認した。シルクスから返ってきたのは、同じ場所で何度も袋を動かしている感触だった。


「仕分けをしているな」


 ユークは外縁区画へ向かった。

 トルマは採集ポイントの前でしゃがみ、採集袋を二つ並べていた。一方に細かい粒のもの、もう一方に粗い粒のものを分けて入れている。


「何をしている」


「品質別に分けています。灰鉱砂は細粒と粗粒で取引価格が違うので、最初から分けた方が効率がいい。A品とB品に仕分けています」


「採集札はどちらに付けた」


「A品の袋に一枚です。B品は補助扱いなので」


「一袋に一枚付けてくれ。この場所で採ったことが分かる形に」


「二枚書くということですか」


「A品とB品に分けるのは構わない。ただし前砦の採集札はそれぞれに付ける。場所の記録が失われると困る」


 トルマは少し顔をしかめた。


「場所の記録が何の役に立つんですか。売り先は品質と量しか見ません」


「売り先の話ではない。ここの管理の話だ」


 ユークはトルマの横に立って、採集ポイントを指した。


「ここはモルトが処理した副産物が出る場所だ。処理の状態が変われば、ここから採れる砂の性質も変わる。どこの砂がどう変化したかを追いたければ、採取地点の記録が必要になる。品質でまとめてしまうと、どの地点の砂が変わったのかが分からなくなる」


「……採集者側でそこまで管理するんですか」


「管理するのは俺だ。お前たちは採集札の通りに採って、通りに記録するだけでいい。それだけ頼む」


 トルマは少し間を置いた。それから「分かりました」と言って、B品の袋にも採集札を一枚書いた。手際は良かった。不満があっても、作業自体はきちんとやる人間だということが、その手の動きから分かった。


「ありがとう」とユークは言った。


  *


 採集が終わって前砦に戻ると、ミレアが退場確認の準備をしていた。

 採集品が台の上に並べられた。グニェルが袋の口を開け、ミレアが中を確認する。採集札と照合して、品目・量・採取地点を手帳に書いていく。


 トルマが荷札帳を開いて、ミレアの記録と突合を始めた。


「こちらの荷札ではA品が採集量の六割、B品が四割になっています」


「前砦の記録では、第一採集点から採集袋二本分、第二採集点から採集袋一本分、合わせて三本。上限の半量以内。以上です」


「品質別の内訳は入れないんですか」


「入れます。こちらの台帳に追記します」


 ミレアが手帳の欄を一つ増やした。採取地点の横に、商人分類の欄を作った。第一採集点・A品六割・B品四割、第二採集点・B品主体。


「商人側の分類と前砦側の分類、どちらも記録しました。台帳には両方入ります。ただし、前砦の採取地点分類が優先です。品質別に二つをまとめて記録することはしません」


「それは規則書に書いてありましたか」とトルマが言った。


「今まで明文化していませんでした。今日の確認をもって記録に残します。次回からはこの形式を標準にします」


「つまり今日は事前に伝わっていなかった」


「そうなります。ご不満があれば次回の利用前に協議の機会を設けます。今日のところは、この内容で確認書を出させてください」


 トルマがグニェルを見た。グニェルは小さく頷いた。


「分かりました。ただし確認書に「前砦分類優先は今日以降適用」と入れてください。今日の分は双方の合意が事前になかった例外として記録してもらいたい」


「入れます」


 ミレアが確認書を書き直した。ユークは横で見ていた。

 トルマの要求は筋が通っていた。事前に伝わっていなかった規則を遡及適用するなという言い方は、実務として正当だ。記録に残すという形で折り合いをつけるミレアの判断も正しかった。


「一点確認してもいいか」とユークはトルマに言った。


「何ですか」


「灰鉱砂をA品とB品に分けているが、その基準は何だ」


「粒径です。細粒が薬師や浄化用途に売れます。粗粒は建材系の需要になります。同じ場所から出ても、市場では別の品として扱います」


「品質が違えば採取場所は関係ないということか」


「そうです。品質で値段が決まるので、どこで採ったかより何が採れたかを管理します」


「それがこちらと逆なんだ」


 とがった言い方ではなく、確認するように言った。


「こちらは、どこで採ったかが大事だ。同じ場所から採れる砂の品質が変われば、その場所の生態系が変わったことを示す可能性がある。だから場所の記録を優先する。品質が上がった、下がった、ではなく、あの採集点がどうなったか、を追いたい」


 トルマは少し考えた。


「……それは確かに、うちの管理とは目的が違いますね」


「そうだ。どちらが正しいということではない。目的が違うから分類が違う。両方の記録があれば、どちらの確認にも使える」


「双方のためになる、ということですか」


「そうなればいい。今日の形式が、そのための最初の形だ」


 トルマは荷札帳を閉じた。何かを書き足してから閉じた。


「次回からは事前に確認します」と言った。


「それで十分だ」


  *


 グニェルが確認書を受け取り、荷を荷馬車に積んだ。半量制限の中での採集だったが、グニェルは「最初の試しとしては十分だ」と言った。不満には聞こえなかった。


「次の予約はいつ入れられますか」


「今週の残りは埋まっている。来週以降なら受け付ける」


「来週の後半でお願いします。細かい日程はミレアさんと調整させてもらえますか」


「そうしてくれ」


 グニェルの荷馬車が広場を出ていった。縄の外に停まっていた馬が動いた。タイヤが砂利を踏む音が少し続いて、街道の方へ遠ざかっていった。

 ユークはその後ろ姿を見てから前砦に戻った。


 ミレアが台帳の最終整理をしていた。


「採集品台帳、二重表記で完成しました。前砦分類の列と商人分類の列を並べた形式です。今後の利用者全員に適用できます」


「規則書への追記は」


「今日の分として、今日中に入れます。「採取地点分類を前砦基準とし、商人側の品質分類は補助として併記する」という文言にします」


「そうしてくれ。トルマの指摘を踏まえて、適用開始日も明示してくれ」


「今日の日付を起点として記録します」


 ユークは台帳の形式を確認した。縦に採集日、採取地点、品目、前砦分類、商人分類、量、採集者名。横に並んだ列が、両方の記録を同じ行に収めていた。見やすかった。


「いい形だ」


「トルマさんの指摘があったおかげで、問題が早めに出ました。最初の利用で気づけたのは良かったです」


「そうだな」


 ユークは地下の方向に意識を向けた。今日の採集作業が終わった後で、地下の状態を確認する必要があった。モルトは今日も処理を続けているはずで、採集者が動いた分、外縁区画に出入りする人間の足音が地盤に振動として届いていたかもしれない。


「地下を確認してくる」


「一緒に行きます」


 二人で地下へ降りた。


  *


 水位目盛りを見た。

 三番目に来ていた。


 ユークは手帳を確認した。今日の昼の確認時点では二番目だった。一段上がっている。


「何時に上がった」


 ミレアが記録を見た。


「シルクスのログを確認します」


 パスを通じてシルクスに問いかけた。逆圧振動が今日来た時刻を教えてくれ、と。

 シルクスから返答が来た。午前の終わり頃から逆圧の感触が来ていた、という感触だった。


「午前中から来ていた」


「採集作業が始まった頃ですね」とミレアが言った。


「採集作業と重なっているが、採集が原因ではない。採集者の動きと逆圧のタイミングを照合すれば分かるが、今日の採集は外縁区画の表層だ。地下の水脈に直接影響するほどの荷重はない」


「では逆圧は別の原因ですか」


「今日のパターンで言えば、前回と同じだ。逆圧が来て、一刻半後に水位が上がる。ただし今日は......上がるのが昨日より一刻早い」


「一刻早い」


「毎日少しずつ早くなっている。三日前は夜になってから五番目に達した。今日は昼過ぎに三番目に来た。夜にはどこまで上がるか」


 ミレアが書いた。


「水位上昇の到達時刻が前倒しになっている。一日あたり一刻程度のペース。今日は採集作業と重なった初日。採集作業との因果は今日の記録では不明。逆圧先行、水位遅延のパターンは維持」


「今夜は仮板を入れる前に水位が五番目を超えるかもしれない」


「グランを待機させますか」


「させてくれ。五番目を超えたら板を入れるよう指示しておく」


 モルトが処理場の縁を動いていた。今日の作業はいつもと同じペースだった。採集者の出入りで処理量が増えたわけではない。負荷は通常範囲内に見えた。

 それでも水位が早く上がっている。


「採集作業は問題なく終わった。記録も形になった。ただし地下が動いている」


「次の問題は地下の方ということですね」


「そうなりそうだ」


 水の音が続いていた。モルトの処理音と、水位目盛りの近くで揺れる水面の音が混じっていた。

 今日、初めての正式利用が事故なく終わった。台帳の形式が決まった。荷馬車の縄も機能した。その全部が、地下の水位が上がり始めた時間と同じ一日に起きていた。

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