↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
153/159

第153話 次に書かされる者

 二通目は朝のうちに綴じた。


 ミレアは封と中身を別の頁へ入れて、受けた日の下へ刻を足した。それから筆を置いた。


「一つ余ります」


「どこがだ」


「配られた先を控える段です。書く場所はありますが、書くものがありません」


 その段は先の月に自分たちで足したものだ。外へ出した紙がどこへ回ったかを追うために作った。埋まる見当は一つか二つだった。


「訊く筋は」


「ありません。訊けば、訊いた日が向こうの紙へ載ります」


 載ったものは十年先まで残る。訊いた側の名も一緒に残る。


「空けとけ」


「空けます」


 ミレアは段の頭へ横線だけ引いて、その下を白くしたまま閉じた。


「埋まらない空きと、まだ埋まっていない空きは、頁の上では同じ形です」


 ユークは湯呑みを持ち上げて、口をつけずに戻した。


---


 午後の早いうちに、門の外で足が止まった。


 ドーランだった。籠は負ったままで中は空だ。荷は下の曲がりへ置いてきたという。


「売りに来たんじゃねえ」


「上がれ」


「いい。ここで済む」


 彼は門の内へ入らずに坂を背にして立った。


「三日前だ。荷受けの帳場に一枚回ってきた」


「何の紙だ」


「あんたが書いたやつだ」


 ユークは門の柱まで出た。


「本院の写しか」


「例だと書いてあった。上に触れが一枚付いててな。同じ形で書け、とよ」


 帳場の男は棚へ入れる前に卓へ広げていたらしい。出入りの者が覗いて、ドーランもその一人だった。


「読んだ奴が何を言ったか、聞くか」


「聞く」


「水でも地形でもねえ。空いてる二つだ」


 彼は肩の籠を揺すり上げた。


「書けなかったんじゃなくて、書かなかったんだろうとよ。……言ったのは一人じゃねえ」


 ユークは動かずに聞いていた。


 空きは二つともこちらが空けると決めて空けたものだ。決めたことだけが向こうへ届いて、分けた理由は籠の中にある。


「先に言うぞ」


「言え」


「その言い方で今すぐ損する奴はいねえ。あんたも損してねえ」


「じゃあ誰だ」


「これから書かされる土地だ」


 ドーランは籠の紐を握り直した。


「例が回ったってことは、同じ形で書けと言われてる先があるってことだ。向こうも空きを二つ作る。作ったら、あんたと同じに読まれる」


「うちは分けて書いた」


「届いてねえだろ」


「届いてない」


「なら、向こうにあるのは空きだけだ」


 ドーランは坂の下へ顎を向けた。


「置いてきた荷を積み直さねえとな」


 言い終えると彼は坂を下りはじめた。門の内へは一歩も入らないままだった。


---


 ドーランが下りたあと、ミレアは控えを開いたまま動かなかった。


「うちの控えには十一字が残っています」


「出せるか」


「出せません。控えは書いた側の紙です。外へ出せば書いた者の申し立てになります」


「訂正の紙は」


「出せないことはありません。出した先で訊かれるのは、伏せた場所のことです」


 伏せた場所を説明すれば、埋めた三人の卓に手が届く。埋まった名の下には本当の名があって、その先には去年の綴りを自分で繰った若い書役がいる。


「使えねえな」


「使えません」


 ミレアは筆の穂先を紙から離したままにした。


「口では言えます」


「訊かれたらか」


「はい。訊かれた方にだけ、書けなかった欄と書かなかった欄があると言えます」


「訊きに来ねえ土地は」


「届きません」


「口は綴じられねえからな」


「綴じられません。……添える紙と同じです」


 三日いた人の言い方は正しかった。添えた紙は綴じない。今度は紙ですらない。


 ミレアは応対の型の頁を開いて、下へ一行足した。


 〈空きの二つを訊かれた場合。二つは同じ理由ではないと答える。どちらがどちらかは答えない〉


「どちらかを言えば」


「片方は書かなかったと認めることになります。認めた日が向こうの紙へ載ります」


---


 ミレアは控えの頁を先の月まで戻した。


「あの晩のことを一つ訊かせてください」


「なんだ」


「弱く出すと仰いました。賭けだとも」


「言ったな」


「弱く出した一枚は採られました。例として回りはじめています」


「当たったな」


「当たっています。外れたのは罫の外です。十一字は綴じられていません」


 どちらも先の月に自分で並べた形のとおりだった。並べたときに数えていたのは、外れた場合にこちらが幾ら被るかだけだ。


「外れたぶんはうちが払わねえと言った」


「聞いています」


「うちは一文も出してねえ」


「出ていません。門を通る足も減っていません」


 午後に門の外で聞いたのは、これから同じ形を渡される土地の話だった。名も数もこちらには入っていない。


「代わりに払う形はあるか」


「作れません。あちらの卓へこちらの手は届きません」


 言い分のほうなら一つある。弱く出さなければ、あの紙は別の誰かの型で作られた。その型に空けてよい欄があったかどうかは誰も知らない。


 今日それを持ち出せば、当たったほうを勘定に入れたことになる。


「一つ数え落としてた」


「訊きます」


「外れたぶんを、うちじゃねえところが払う形だ」


 ミレアは筆を持ち上げなかった。書く段の決まらないものは控えに入らない。


---


 月末に控えを締めた。


 ミレアは頁を繰りながら、動かなかったものを声に出して数えた。年ごとの手順だったものが、今年は途中から月ごとになっている。


「落ちた端の籠は出ました」


「戻らねえな」


「戻りません」


「黒淵は」


「値は据わったままと聞いています。掘る向きも先の月から変わっていません」


 変わっていないというのは、良いところから先に掘る向きのままだという意味だ。


「院の一枚は」


「行の頭で止まっています」


「受け先は」


「切れたままです。内規は動いていません」


「台帳は」


「空いたままです」


 六つ数えたところで指が止まった。


「動いたものは」


「二つです」


「言え」


「村の普請の紙です。もう一つは、うちの書き方です」


 どちらもこの卓では止まらなかった。片方は村が決めて、もう片方は本院が決めた。


「うちが決めた先じゃねえな」


「ありません。ですが、どちらにもうちの名が入っています」


 ミレアは応対の頁も繰った。


「今月坂を上がって訊かれたのは六件です。うち三件は、空きの二つのことでした」


---


 次の桶の日にミレアが槌と杭を負って坂を下りた。ユークは炭と紐を持って後ろへ回った。


 リクは桶を置いた足でそのまま付いてきた。呼んだ者はいない。


「何すんだ」


 ミレアは杭の束を肩から下ろした。


「目印を立てます」


「なんの」


「離れた先を測ります。今は曲がりとか、その先とか、言い方で書いていますから」


「俺が四つに分けたやつか」


「分けたのは正しいです。ただ言い方は、書く人が替われば変わります」


 歩数は三十で一つと決めた。杭は三本ある。頭に炭で線を入れる。一本目は一本、二本目は二本、三本目は三本。


 三本目を打ち終えたところでリクが坂の下へ首を伸ばした。


「曲がりはまだ先だぞ」


「先です。そこまでは測れていません」


 ミレアは槌を下ろして三本目と曲がりのあいだを目で測った。


「杭が尽きました。三十歩ずつで割りますと、ここから下は割りきれずに残ります」


「もう一本作りゃいいだろ」


「作れます。ですが立てても数になりません」


 ユークは三本目の頭へ掌を置いた。


「外へ出せる一体は一つです。その先を見に行く足がありません。杭が倒れても見つけるのはうちです」


 立ててみるまで、端がどこにあるかは糸の震えでしか分からなかった。今日それが坂に立っている物になった。通る者は誰でも見る。


「これ、村のが見たらなんだと思うんだ」


 ミレアは杭の頭の線を指でなぞった。


「三本目だと分かります。何を測るための三本目かは分かりません」


「訊かれたら」


「答えます。うちが立てた物ですので」


「じゃあ〈まがり〉って書いた日は」


 ミレアは裏紙へ歩数を控えた。


「三本目より下です。今日から先も数になりません」


 いちばん多く書かれてきた言い方が、いちばん端の外にある。


 リクは三本目を握って揺すった。杭は動かなかった。


 ユークは戻りに坑口へ寄った。槌の音は板の内側まで入ったらしく、掌を当てるとすぐに返りが来た。


 半拍は今日も遅れている。杭は立ったが、遅れのほうを当てる物差しは、まだこちらの掌の中にある。


---


 その晩に一月ぶんを綴じた。


 リクの行と点は日付の順のまま一冊の後ろへ入り、並べ替えた写しがその隣に並んだ。


 綴じた頁は何も言い当てていない。ただ今日から先の頁には、離れた先が歩数で入る。歩数の入った頁を綴じるのは来月だ。


 柱の根方の布は今夜も掛けたままにした。書ける先は今日一つ分かった。うちの控えだ。控えへ入れたものは外の紙を一枚も動かさない。


 卓には罫だけの見本が出したままになっている。欄の名は五つで、内側は上下に割ってある。


 こちらが出したのは五つの欄と、罫の外の十一字だった。届いたのは五つの欄と二つの空きだ。


 これから写す者が写すのは届いたほうだ。写された形が次の元になる。元になったものを、書いた側の手では直せない。


 最初の記入例になった。同じ日に最初の空欄にもなった。片方だけを受け取る手はない。


---


 月をまたいで四日目の昼過ぎに町の荷方が坂を上がってきた。


 預かりものだと言って一通置いていく。封は町のものではなかった。


 ミレアが宛名を読んだ。


「名がありません」


「うちのじゃねえのか」


「うちです。……〈見立ての票の例を書いた砦へ〉とあります」


 台帳に載っていない者へ宛てる名を、向こうは持っていない。持っていないので様式の言い方で宛ててきた。


「差出は」


「村の名です。うちの控えのどこにも出てまいりません」


「どこだ」


「南でも西でもありません。道の名も知りません」


 彼女は封を切って灯へ寄せた。


「短いです」


「読め」


「〈あんたのとこの書き方だと、うちは書けないところがある〉」


 それだけだった。あとは書いた者の名と、村の書役という肩書が入っているきりだ。


「怒ってるか」


「怒ってはいません。訊いています」


 ユークは紙を受け取って二度読んだ。


 こちらの書いた形が、行ったこともない土地の卓の上で誰かの手を止めている。止まった手は、止まった先を紙にしてこちらへ寄越した。


 書いた者は決めていない。読んだ者は書いていない。裁った者は読んでいない。返す先はどこにも無かった。


 この一枚には名がある。


「控えへ入れます」


「入れとけ」


 ミレアは筆を取ってから手を止めた。


「三つ目に何を入れましょう」


 三つ目はいつも、こちらの側を入れる欄だ。


「返す、でいい」


 外は暗い。坂の下には今日打った三本目の杭が立っている。その先の道がどこの村へ繋がっているのかを、この砦の紙はまだ一枚も書いていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。