第十二話 トラブル
男爵家の従者、騎士ラントスの案内で俺達は王都の観光名所である中央広場にやってきた。
かなりの人通りだ。
広々とした石畳の床もこう人が多いと狭苦しく感じてしまう。
「あれが、プラティナ名所の一つ、『生命の泉』です。まあ、回復効果なんてものは無いんですけどね」
広場の真ん中をラントスが指差したが、そこには円形の大きな噴水があった。
三つの女神の彫像がそれぞれ瓶を頭の上でひっくり返した状態で、そこから止めどなく水が流れ出している。
ふーむ、噴水があるとは、思ったより科学技術が高いのか?
でも、噴水っていつの時代からあったのやら。結構昔から有りそうな気もしてきたが、俺は良く知らないな。
こういうとき、ネットが使えないのは痛い。
「おおー。す、凄いですよ、レイ様、エリオット様! 水が、水がいつまででも出てます!」
リズが感動しているが、ちょっと他人のフリをしたくなるな。
まあ、初めて噴水を見た者にとっては、むしろ普通の反応か。
周りにいた通行人の何人かがクスクスと笑っているが、全員では無いので、同じ疑問を持った者も多そうだ。
「ハハハッ、見ろ、カール! 無知な田舎者があそこにいるぞ」
太っちょのガキがこちらを指差して笑っている。どこぞの貴族の御曹司らしく、身につけている服装は豪奢なのだが、いかんせん体格が悪いので全然格好良く見えない。
「さようでございますな、アーク様」
「むっ、誰が田舎者じゃー! しばくぞ、こんガキャー」
「だ、ダメだぞ、リズ! 相手はどう見ても大貴族、何を言われようとも我慢しろ」
ラントスが慌ててリズを羽交い締めにするが、喧嘩して負けるのはメイドだろうしな。
「やれやれ、野蛮なメイドだな。まるで暴れ猿だ。いったい、どこの貴族だ、アレは」
「さて……紋章を身につけておらぬ様子、分かりかねます。あるいは商人やもしれませぬ」
紋章は鎧に付いているのだが、ラントスとリーナは今は平服に着替えていた。
『兄さん、行こう』
俺は隣のエリオットに声を掛けた。
エリオットは何か迷っていたようで、名乗りを上げて謝罪するつもりだったのかもしれない。
だが、ああいうのは相手は子供だし、下手に関わらない方が良いだろう。
後から文句を言われたら、人違い、別の子供に馬鹿にされたのだとごまかせば良い。
「そうだね」
呼び止められたら事だったが、向こうもこちらにそれ以上の興味は抱かなかったようで何も言ってこなかった。
「納得いかないっす。貴族だからって……」
少し移動したところでふてくされたリズが言う。
「気持ちは分かるけど、大貴族と揉めると面倒だから。それに、相手はまだ子供だよ、リズ。大人の君がまともに相手をしなくても良いと思うけど」
「あ、そうですね」
さすがだ兄貴。あっさりとリズを落ち着かせてしまった。
「レイ様みたいなものでした。うん」
『待て、それはどういう意味だ』
「えー、言わせるんですかぁ? ケッ」
本当に態度の悪いメイドだな。ママンに言ってクビに……いや、ベリンダに叱ってもらおう。
アイゼンウルフ家のメイド長、あれほど怖い人物は他にいまい。
『お前の取った態度は後でベリンダに報告しておく』
「えっ! い、いやいやいや、レイ様、レイお坊ちゃま、それだけはご勘弁を、ははぁー!」
「まったく、お前もコロコロと態度を変えすぎだぞ、リズ」
ラントスが苦笑するが、まったくその通りだ。
「じゃ、次は大神殿を見に行くとしましょう。コレも必見ですよ」
ラントスに案内してもらい、大神殿に向かう。
向こうに大きな石造りの建物が見えてきたが、アレで間違いないだろう。
と、途中でゾクリと背中に変な感覚が走った。
何だ?
「レイ?」
俺が立ち止まった事で、エリオットも不思議に思ったか、振り向く。
「おっとごめん……ひゃああああ!」
横から俺にぶつかってきた男が、悲鳴を上げて飛び退く。
「どうした!?」
さすがに訓練を受けた騎士だけあって、ラントスとリーナがそれぞれ剣を抜いて俺とエリオットを囲む。
シルフィ師匠もすでにその男の背後に立って警戒していた。
「こ、こいつ、腰が無いぞ」
カタカタと震えた男が俺を指差すが、どう説明したものか。
「ふふ、あなた、酔っ払ってるんじゃないの? 兵士に突き出されたくなかったら、さっさと失せなさい」
シルフィが笑って言う。
「あ、ああ」
青ざめた男が走って行く。
『悪いことをしたな』
あそこまで怖がることも無いだろうにと思うのだが、まあ、人にぶつかって腰が無ければ誰でもびっくりするだろう。
「同情しなくて良いわよ、レイ。アレはスリだから」
『ええ? ああ』
そう言えば横からまともにぶつかってきたし、財布を探っていたから、腰が無いことに気づいたか。
「レイ、さっきの男がいたから、立ち止まったの?」
「いや、兄さん、もっと別の……何かだ」
ハッキリと自分でも説明できない。
周囲を見回す。
すると、布にくるんだ荷物を大事そうに抱えた戦士が視界の端に入った。
フルフェイスの兜も被っているので、戦士の顔は見えない。
ただ、上半身は裸体に近いので、兵士や騎士とは違うだろう。それに、何より、その戦士の雰囲気が異常だ。
張り詰めた空気というか、危険な匂いがする。
体に付いた無数の傷跡や、グレンみたいな筋肉もちょっと普通では無い。
その男は兜の下に光る鋭い眼できょろきょろと左右を見回しながら、その荷物をさっと馬車の後ろに押し込んだ。
「あの男がどうかしたの? レイ」
シルフィも俺が気になった人物が分かったようだ。
『ああ……』
戦士の男は馬車の荷台を拳で二回合図のように叩いた。すると御者がそのまま馬車を走らせ始める。
このままだとあの馬車は行ってしまう。
凄くあの荷物が気になるが、呼び止めたところで、どうにもならない。
見せてくれという訳にもいかないだろう。
兵士でも無い俺達に荷を改める権限など無いのだから。拒否されたらそれで終わり。
ここは……鑑定だな。
【名称】 シエラ=マリエーヌ=プラタナス
【種別】 ヒューマン
【解説】
プラタナス王家の第三王女。生後三ヶ月。
温厚。
【関連】パドリック三世、エステナ
待て。
王女が荷物の中身ってヤバいだろ。
どう見ても、あれは拉致だ。
『あの馬車に攫われた王女が乗ってる。すぐ捕まえるんだ!』
「はあ?」
「「「 えっ? 」」」
んもう、みんなすぐ反応してくれないし。
仕方ないので俺が自分で追いかける。
「危ないっ!」
シルフィが叫んでくれなかったら、俺はその一撃をまともに頭に食らっていただろう。
さっきのフルフェイスの兜の戦士が横からバスタードソードを振り抜いていた。
危ういところでその一撃を躱し、戦士から距離を取る。
だが、その代わりに全く無関係な通行人がバスタードソードの餌食となってしまい、弾き飛ばされる。
「きゃあ!」
「な、なんだ?」
「おい、お前、どういうつもりだ!」
周囲の人間が気づいて騒ぎ始めるが、まずいな、馬車がそのまま逃げてしまう。
逃したら、もうきっと追いつけない。
この際だ、目立つのは許容しよう。
俺は俺の体を上昇させ、空中高くに移動する。これで下の通行人は障害にならないし、馬車もよく見えるようになった。
「と、飛んだぞ!」
「魔術か!?」
さすがは魔法が当たり前の世界、それほど通行人達も驚かない。好都合だ。
「いけません、レイ様、降りて下さい!」
ラントスが言うが、そうは行かないっての。
『俺はこのまま馬車を追う。付いてきてくれ』
シルフィが先程の戦士と斬り合っているが、まあ、彼女の腕前なら、そうそう遅れを取ることは無いだろう。
とにかく、今は馬車の王女だ。他は気にしている余裕が無い。
俺はそのまま空を飛んで馬車を追うことにした。




