第九話 魔石の価値
四センチの大きさの魔石は、どのレベルの魔物が落としたものなのか。
俺はそれが気になったので、朝の稽古の時にシルフィ剣技師匠におそるおそる聞いてみた。
「ああ、それね。まあ、この辺はやたら強いモンスターが出るけど、さすがにレベル80は出てこないから安心していいよ」
シルフィ師匠が笑いながら答えてくれた。
『でも、このくらいの大きさの魔石なら、相当なレベルでは?』
「まあ、大物だね。でも、魔石って強いモンスターだと透明度が上がったりするのよ」
『ああ……質か……』
魔石の色には着目していなかった。なるほどな。
「そ。透明度や形で魔石も値段が変わるからね。ただ大きければ強いってモノでも無いわ。例えば、ドラゴンだと魔石は丸くて透明なの。クリスタルみたいで、綺麗だったわ」
「あのあの、ドラゴンってやっぱり強いですか?」
エリオットが目をキラキラ輝かせて聞く。
「ええ、強いわよぉ。鱗は固いし、タフだし、何より、あの炎のブレスが厄介なのよねぇ。アレって普通の盾じゃ防げないもの。避けるのも難しいし」
「へえ……」
炎のブレスか。じゃ、息を吸い込ませなかったら、どうなるのか。
『師匠、窒息ってドラゴンに効きますかね?』
「さあ? どうだろう? うちのパーティーの魔法使いは、そんな魔法なんて使ってなかったし。でも、試してみる価値はありそうね」
「レイは凄いなあ。僕は耐熱マントくらいしか思いつかなかったよ」
『それも悪くないと思うけどね、兄さん』
対ドラゴンの必須装備だろう。
「いや、あんたら、私のパーティーが一週間掛けてようやく思いついた対処法をぱっと思いつくってなんなのよ」
シルフィが腰に手を当ててあきれ顔をするが、それはお師匠のパーティーの知恵袋がちょっとお馬鹿さんだったんじゃないかと。
「おう、お前ら、肉を手に入れたぞ、肉!」
「グレン!」
「パパ!」
顔を真っ黒にしたグレンが背中に担いだ緑色のしっぽを掲げてみせたが、何か狩りで取ってきたようだ。
うちはこういう感じで、自給自足のところも多いよなぁ。これで貴族って。
ま、食べ物を持って帰ってくる父親というのは悪くない。
俺は離乳食もまだなので、肉、食えないけど。
「また大物を仕留めてきたわねぇ。でも、顔が真っ黒よ、グレン」
「んん? おお、そうか」
ごしごしと布で顔を拭き取るグレンは気づいていなかったようだ。またペイントでもしてきたかと思ったぞ。
「パパ、これ、なんの肉なの?」
エリオットが聞く。
「グリーンドラゴンだ」
グレンが胸を張って言う。
「「えっ!」」
マジか。
途中で切れているしっぽを見るが、分厚い皮だ。
念のため、鑑定してみたが、本当にドラゴンの肉だった。
『パパ、これ、レベルいくつだったの?』
俺は聞く。
鑑定してみたが、ドロップ品のためかレベルが不明だ。
「さあな。だが、なかなか活きが良くて強かったぞ。ブレスも一回、食らっちまったからな」
それで顔が煤けてたのか。
改めてグレンの装備を見るが、鎧こそ着けているものの、マントは着けていない。盾も無しだ。
「大丈夫だったの? パパ、火傷したなら、冷やさないと」
「なあに、エリオ、心配するな。ドラゴンの炎はな、直撃したって大丈夫だ。長く浴びなきゃ火傷なんてしないぞ」
どんな体ですか。ただしグレンに限るとか、そんな話だろ、絶対。
「あまりおかしな事を吹き込まないで。普通の人間なら、かすっても丸焦げよ」
シルフィが訂正したが、ほらやっぱりね。
「だが、お前やエリオなら大丈夫だろう」
「どうかしら。私も火傷したことはあるし、遠慮したいわね」
「ん? レイ、その魔石を見せてみろ」
「あい」
くるみ大の魔石にグレンが興味を持ったようなので渡す。
「お、コイツはひょっとすると、オレが去年、ギルドに売ったヤツかもな。ほら、ここ、傷が縦と横に付いて十字になってるだろう。戦いの時にオレの剣が二度もかすって、良い値で買ってもらえなかったんだ」
「あー、あるある。傷が付くと一気に半値以下になるけど、なんでかしら?」
「さあな」
おそらく、割れやすくなるからだろう。お、傷物の魔石も集めるか。合成すれば傷無しだ。
『パパ、これ、なんのモンスターなの? レベルは?』
「うん? 確か、トロールだな。北の森で出くわした奴だ。レベルは40よりは少し上ってところか。オレも腕をやられて、酷い目に遭ったから良く覚えてるんだよ」
『この街の近くに、そんな強いのがいるの?』
「いるな。まあ、強くは無いぞ。あの時はオレがちょっとミスっただけだ。三匹いたが、ちゃんと倒したからな」
「一人で倒したの?」
シルフィが聞く。
「ああ、そうとも。クラーゼのじいさんやホッジスと一緒にパーティーを組む事もあるが、たまにだしな」
「危ないわよ。この辺、キラーベアも出るでしょう」
「出るが、あいつらは群れたりしないから、狼共より楽だぞ」
「キラーベアより厄介なのがいるのね。それを聞いて私、今、帰りたくなったわ」
「ええ? お前なら大丈夫だろう、シルフィ。なんならオレとパーティーを組むか?」
「んー、サラも一緒なら、考えておく」
「アイツは神殿で忙しいからなあ。それより、来週から一月ほど予定を空けておいてくれ。王都へ向かうぞ」
「え? 何しに?」
「オレの正式な就任式だ。向こうの許可も下りた。エリオとレイも来るんだぞ」
そう言えば、シルフィが男爵家の家紋のペンダントを持ってきてくれたんだったな。
何年も仮免で男爵してて良かったのかどうか心配になるが、とにかくこれでその辺もまともになるから一安心だ。
法的に変なことしてると、トラブルの元だし。
「うん。王都かぁ……どんなところだろ? ね、レイ」
エリオットが目をキラキラさせるが、俺もこの国の王都はちょっと気になるな。
「あい」
「そう言や、エリオもレイも王都は初めてだったな。でっかい街だぞぉ。女もとびきり良いのがそろってる。シルフィよりデカい胸の女だっているぞ? ちょいと高いのがアレだが」
「グレン」
シルフィがジト目で窘めるが、子供に娼婦関係の話をする親父って最悪だな。
「いいじゃねえか。こいつらも男なんだしよ」
「まだ早すぎるでしょ。まったく」
「じゃ、オレは小屋で献上用の干し肉を作ってるから、シルフィは昼飯用に半分、皮を剥いで先に持って行ってくれ」
「いいけど、コレ、あんまり美味しく無いのよねえ」
「パワーが付くぞ、パワーが。胸もデカくなる」
「いや、これ以上は大きくしたくないし」
「じゃあ、無理に食べなくても良いが、皮剥ぎの方は頼むぞ。坊主共にはまだ無理だろう」
「そうね」
グレンが剣でしっぽを二つに切り落とし、根元の大きい方を持って行く。
「じゃ、ドラゴンのステーキの作り方、見せてあげるわね」
「はい!」
「あい!」
シルフィはドラゴンのしっぽを庭の切り株の上に置く。
そして剣を真正面に構える。
「ふうー」
大きく息を吐き、精神統一。
「シャープエッジ!」
目にも止まらぬ速さで剣が振り下ろされた。
「シャープエッジ! シャープエッジ! シャープエッジ!」
連続でシルフィが剣を振る。
「ふう。切れたかしら?」
切り株の上に置いたしっぽを引っ張ってみるが、見事にぱっくりと輪切りになっている。
「凄い!」
エー? まあ、スピードは凄かったけどさぁ。
肉を格好付けて輪切りにしただけだよね。
「レイ、アンタそんな顔してるけど、これって結構大変なのよ? 試しにそのナイフで残りを切ってご覧なさいよ」
「あい」
念力魔法でナイフを持ち上げ、しっぽを切ってみる。
カキン!
「ファッ!?」
待て待て待て、今、金属音がしたぞ?
「ダメダメ、そんな力の入れ方じゃ、絶対、ドラゴンの皮は切れないから」
いや、硬いのは分かったけど、さっきグレンは何でも無さそうに真っ二つにしてたろ。音もしなかったじゃん。
アレは何?
「あーうー!」
今度はスピードとパワーも入れてみたが、切れるどころか、傷一つ入らねえ。
「僕にもやらせて!」
「いいけど、怪我はしないでね、エリオ。握りはしっかりよ」
「はい! お師匠様!」
交代して、エリオットが剣を構える。
「ふーっ。スマッシュ!」
エリオットがスキルを使って剣を振り下ろす。
ガキンッ!
と結構、デカい音がしたが、やはりしっぽは切れなかった。
「おー、やるねえ、エリオ。ちょっとだけど、傷が付いてるよ」
なんと、やるな、兄貴。
『じゃあ、今度は魔法で』
「いいけど、それでダメならいったんお終いにしてね、レイ。まだ続きがあるんだから」
「あい」
『風よ、刃となりて敵を切り裂け! ウインドカッター!』
念話のみの無詠唱?で俺はドラゴンのしっぽに呪文を飛ばす。
「あっ、凄い、切れた」
少しだけだったが、切り込みが入った。
……うーん、思ったより切れないな? 結構、自信はあったのに。
ああ、そうか、ドラゴンだから、高い魔法防御があるのか。竜種の魔法防御は【魔法知識 Lv5】によるとモンスターの中でも最高クラス。
ドラゴンとやり合うときは、相当、注意しないとヤバそうだ。
「……アンタ達、その歳でドラゴンに傷を入れられるってなんなのよ。さすがはグレンの子供ってことなのかしら。将来はドラゴンキラーにだってなれそうねぇ。羨ましい」
「そんな、お師匠様の方がずっと凄いですよ。僕ら、こんなに綺麗には切れないですし」
「お世辞にしか聞こえないわよ、エリオ。じゃ、次の作業をやるわよ」
シルフィはナイフで輪切りの皮に沿って、内側をくりぬくようにナイフを入れていく。
「ああ、なるほど、皮は切りにくいから、輪切りにしてから皮を剥ぐんですね!」
「そうだよ。できるだけ薄く切った方が食べやすいけど、今の私だとこのくらいが限界ね。グレンでも、アイツは大雑把にしか切れないし、後は頑張って自分の歯で噛み切るしかないけど」
「肉も硬いんですか?」
「硬いわよ。豚とかウサギの方がずっと美味しいから。あっと、もう。ナイフが折れちゃった」
おい。そんな肉、食えんの?
昼食になり、グレンだけは「うめぇ」と言っていたが。
「ほれ、レイ、お前も一口、食べてみろ」
うーん、赤ちゃんって肉を食って大丈夫だったっけ?
つーか、俺、前歯も生えてないんだが?
『要らない』
「まあ、そう言うなって。せっかく取ってきたんだからよ」
口に押し込まれた。まったくもう。
「あむあむ」
うわ、マジで硬いわ。
靴の裏の硬質ゴムを噛んでる感じ。味もゴムっぽいぞ?
「ゲェー」
食えるか、こんなもん!
「おい、もったいないな」
「赤ちゃんにはまだ無理よ。サラも知ったら怒ると思うわよ」
「ううん、じゃ、味見ってことでいいか。どうだ、美味かっただろ、レイ」
『全然』
その晩、俺とエリオットは熱を出して寝込み、グレンがサラに叱られていた。
ドラゴンの肉は赤ちゃんと子供には食べさせてはいけません!




