第八話 ヴィルヘルム領の謎
メイドのリズをこき使い、俺は小さな魔石を購入しては大きな魔石にその魔力を移し替えるという地道な内職を行った。
ところが困ったことに、肝心の移し替え先の器――『魔力を使い果たした魔石』というモノは店では棚に並んでおらず売っていなかった。
当然だ。本来は使い道が無いのだから、そんなもの店売りできるはずも無い。
使用済みの魔石はみんな、タダの石ころとして捨ててしまうようだ。
うちにはいくつか使用済みの魔石が置いてあったが、それはママンが捨て忘れたモノだったのだろう。
なら使用頻度が高そうな魔術士に譲ってもらえば良いじゃない。
そう思ってブラン先生に頼んでみたが、やはり彼も一つしか空の魔石を持ち合わせていなかった。
「では、次から魔石を取っておきますね」
先生は事情を聞いてそう約束してくれたが、家庭教師で教えている現在はMPを使い切るという場面もほとんど無い。
困った。
一万や二万ゴルド程度なら簡単に稼げるが、お家お取り潰しを免れるためには一億ゴルドの収入が必要だ。
女神ミルスの話を信じるのなら、だが。
………。
『あー、もーいいや、魔王バンザイ! 俺は魔王の第一の下僕として面白おかしく生きるぜ、ヒャッハー! 盗賊サイコー!』
「レイ? ……何を言ってるの?」
ああ、兄貴か。
作業台から浮いて後ろを見ると、眉をひそめたエリオットがドアからこちらを心配そうに覗いていた。
『いや、空の魔石が簡単には手に入らなくてさ』
「そう……まあ、使った後はゴミみたいなモノだから、たくさん持ってる人はあんまりいそうにないね」
『そのとーり! だからこのビジネスモデルは思ったほど稼げない』
「でも、レイが昨日作った魔石はニーネットさんが一万ゴルドで買ってくれたんでしょ? それだけでも凄いと思うけど」
『ダメだ! そんな程度じゃ足りないんだよ、兄さん。全然、足りない』
「ええ? うちは貧乏だけど、今すぐお金が要るってわけでも……」
『いいや、必要なんだ』
「なんで?」
『それはアイゼンウルフ家が――』
そこまで念話で言いかけて、俺はこの話は誰にもしない方が良いと気づく。
俺が勇者候補認定を女神から受けたなんて話してみろ。
エリオットはすぐにもキラキラした目でママンかパパンに話しちゃうだろう。
そうすると神殿の奴らがスパルタ教育をするために、俺をかっ攫いに来るに決まってる。
きっとゴツい鬼教官が稽古を付けたりするんだぜ?
食い物は精進料理で、早朝起床。
あー、ヤダヤダ。
規則正しい生活を強制されるなんて地獄だ。
『オホン、何でも無いよ、兄さん』
「………そう。でも、魔王の仲間なんてやめた方が良いよ、レイ」
おっと、エリオットを何か誤解させてしまったようだ。
『ああいや、今のは冗談だから。だいたい魔王なんて、タダのお伽噺だからさ』
そーゆーことにしておこう。
「うん……じゃ、なんでお金が必要なの?」
『それは、魔王を倒すにしても、良い装備がいるだろうし、お金は必要だよ? パパとママも喜ぶだろうし。広い家の方がいい』
俺も女神から細かい話を聞いたわけでは無いので、説明はしにくいな。
「分かった。じゃあ、空の魔石をたくさん手に入れないとね。あのさ、それなら冒険者ギルドに依頼を出してみたらどうかな?」
『兄さん……』
俺は思わず目を閉じる。
「ああ、ごめん、レイ。何か……ダメだった?」
『全然! 最高のアイディアだよ!』
コイツ、天才か!?
四歳児が冒険者ギルドを利用するアイディアを思いつくとは、ちょっと信じがたい。
俺が四歳の頃なんて、外に何があるかすら分かっちゃいなかった。
確かに、ギルドなら、空の魔石を集めるのなんて簡単だろう。
多少の出費は覚悟しないといけないが、大勢の人間が動いてくれれば、一人で集めるよりずっと多くの魔石が集まるはずだ。
戦闘も多くこなす冒険者なら使用済みの魔石なんてしょっちゅう出てくるだろうし。
値段にしても、使い道を黙っておけば、安く仕入れられるはずだ。
まさに完璧。
んじゃ、さっそく。
『リーズー!』
「うひゃあ!」
ガチャン!
あ、またアイツなんか陶器を割ったな。
まあ、ママンに叱らないように言っておいてやるか。
魔石合成計画が成功すれば、皿でも花瓶でも割り放題だッ!
翌日、大粒の魔石が四つも手に入った。
昨日の今日で、はええな。
まあ、俺がリズをせっついて、冒険者ギルドにすぐ様子を見に行かせたんだけども。
行かせた俺も、さすがに翌日に集まっているとは思っていなかった。
「人使いが荒いですぅ、ひんひん」
『分かった、分かった。なら、次から冒険者にこの家まで届けてもらうようにしろ。それならお前もいちいちギルドに通わなくて良いだろ?』
「そうですけど、それだとクラーゼさんに会えないですね……」
『クラーゼ? 受付の人か?』
「いえ、冒険者の戦士で、白いあごひげがキュートなおじいさんで。ああん、クラーゼ様ぁん」
リズ、お前……エリオット一筋じゃ無いのかよ。しかも四歳児からジジイまでもストライクとは、守備範囲、広すぎだろ。
『お前、二度と冒険者ギルドには行かなくて良いぞ』
俺は冷たく言い放つ。
「なんでですかぁ!」
フン。
さて、魔石だ。
リズが持って来てくれた中で一番大きいヤツ。
ボール型でサイズはくるみくらいの大きさだ。
これはどれくらいの魔力量になるかな?
浮遊の魔法で作業台まで行き、定規で大きさを測り、板に記録しておく。本当は紙のノートが欲しいが、中世だからな。仕方ない。
昨日の魔石は四センチの細い菱形で75ポイントだったが、こっちは体積から見てざっとその四倍はあるだろう。
菱形の魔石はもう売ってしまったので、魔力合成ではなく、俺の魔力をそのまま注入することにする。
『お、おいおい……なんだこの魔力容量は?』
俺は、くるみ大の魔石を小さな手にとって、まじまじと見つめる。
今は赤ん坊の手だから、大人なら指二本で掴める大きさでも、こちらは手の平にすっぽり収まるくらいだ。
その魔力容量。
【万能の魔導師】であるこの俺の魔力量をもってすれば、簡単にコレを満杯にできると思ったが、そうでもなかった。
俺のすべての魔力を込めても、まだ半分にも行かない。
体積が四倍となると、魔力容量の方は単純に四倍ではなく、その十六倍になるようだ。
ちなみに今の俺の魔力量はMP352である。レベルは一つも上がっていないが、毎日こういう魔力操作で鍛えているせいか、最大MPが日に日に成長している。
ただ、ちょっと待って欲しい。
MP300ポイントを注ぎ込んでもまだ一杯にならない魔石とは……。
うちのママンは、レベル35でMPは600台である。
魔術の家庭教師であるブラン先生は、レベル39のエルフでMP700台。
この二人も結構な魔力量だと思うのだが……まあ、他の魔術士をよく知らないからな。
この世界の人々の平均MPがどの程度なのかは俺にもよく分からない。
俺の持つスキル【魔法知識 Lv5】【常識 Lv3】では分からない部分だ。
この魔石の魔力を使い切るのは、別に一度でなくても、ちょっとずつ消費して行けばいいので、この使用済み魔石が大きな魔力容量であっても別に不思議は無い。
ただ、思い出して欲しい。
魔石とはモンスターがドロップするモノだ。
強いモンスターであればあるほど、サイズの大きな魔石を落とす。
それは大きさではなく、魔力の強さで表しても良いはずだ。
俺の持つスキル【魔法知識 Lv5】によると、レベル3のゴブリンは米粒ほどの魔石で、レベル20のコヨーテは一センチの小豆大の魔石だ。
Lv40のアイアンロックという魔物は三センチの菱形の魔石。
Lv40というのはこの世界では中くらいの強さである。
では、四センチのゴムボールくらいの大きさであるこの魔石は、どのレベルのモンスターがドロップしたのか?
………。
確実にレベル40のアイアンロックは超えているだろう。
それどころか、レベル80でも追いつかないのではないのか?
そんな超弩級の魔石が一日で四つも集まるヴィルヘルム領ってなんなの?




