第四話 領主夫人、山賊を討伐せしめんと欲す
町中に出るという山賊、もといグレたパパを退治するためにサラが用意した策。
それは領内の騎士団と兵を動かし、領主の自覚を取り戻させる作戦らしい。他にも強力な助っ人も用意したようだ。
「私は、あまり気が進まないのですが……」
助っ人の一人、辛気臭いブラン先生が沈んだ声で言う。ま、領主に雇われている身としては、領主に逆らう形になるのは御免被るだろう。戦闘も好きそうじゃ無いし。
「特別料金はお支払いしますわ、先生。それに、私が指揮しているのはグレンも分かっているでしょうから、先生にとばっちりは行きませんよ」
「ならいいですが、いや、やはりあまり気が進みませんねえ……」
煮え切らない男だ。やるのかやらないのか、ハッキリしろと。
「ご安心めされい! このワシが来たからには、若の目を一発で覚ましてご覧に入れましょうぞ!」
やたら声のでかい爺がずいっと前に出てきた。立派なフルプレートアーマーを着込んでいるが、騎士団の長らしい。
「頼むわね、ゴルドン」
「お任せ下され! ぐおっ、腰がっ!」
ふんぞり返って胸を叩いたが、その拍子に腰を痛めたらしい。大丈夫かよ。
「お、お爺さま。やっぱり戦場など無理です。私が代わりを務めますから、家で休んでいて下さい」
まだ十六、七の少女が肩を支えながら言う。孫らしい。赤毛の美少女だ。
「何を言う、この程度で、ふぐ、お、おおう……!」
顔色がやばくなってきたが、このままご臨終しそうで嫌だなぁ。
「あらあら、女神ミルスよ、我が願いを聞き入れ給え。気高き癒やしよ!」
サラが回復魔法を使った。
「フゴッ! おお、かたじけない、奥様。では、皆の者、出発じゃ!」
「ははっ!」
早くも不安がよぎるが、一行は兵を百名、騎士を十人ほど連れて館を出発した。
俺とエリオットも一緒だ。
エリオットは革鎧を着込んで、気を引き締めている。一方の俺は、さすがに赤ん坊を戦場に連れて行くのはどうかとサラが渋ったが、戦闘には参加しないという約束でこっそり参加させてもらった。ダメ親父が鬼サラにこてんぱんにやられる様を高みの見物と行きたかったのもあるが、ちょっと嫌な予感がしたので、念のためだ。俺には【虫の知らせ】【第六感】といった未来予知のスキルもあるからな。
何も無い原っぱのど真ん中――。
そこでグレンは一人、待ち構えていた。
牛の角の生えたフルフェイスの兜をかぶって上半身裸だ。顔は見えないが、どう見てもあれはパパンだろう。鍛え上げられた腕や胸の筋肉には見覚えがある。まあ、格好だけは見事な山賊っぷりだ。
これ、俺達が来なかったら、そんな格好で一日中ぼけーっとしてたんだろうか。暇そうだな、パパン。
そのやさぐれパパンも騎士団の一行を見て動揺した。
「お、おい、サラ! そいつらを出してくるのは反則だろ!」
「何が反則なのかしら? 賊退治が必要で、生憎と領主が不在、であるならば、妻である私と騎士総隊長であるゴルドンが対応を決めて良いはずよ」
「いや、賊の一人に騎士団って。しかも、これじゃ部下に示しが付かねえだろが」
「それだけのことをしていると自覚して欲しいわね、グレン」
「くそっ! いや、このオレ様はグレンなんかじゃねえ! 山賊グレート様だ」
は、恥ずかしすぎるネーミング。やめて!
コイツと血のつながりがあるってだけでもうね。変な鳥肌が立ってくる。
「グレート様って……もう少し、ひねったらどうなの、グレン」
シルフィも俺と同じ気持ちだったらしく、名前にツッコミを入れる。
「う、うるせえ、グレートだからグレートなんだ。文句を言うなら、シルフィ! オレと勝負だ!」
ビシッと指さすグレン。
「いいわ」
「お、おおう? やけにあっさりと勝負を受けたな」
「ただし、タイマンではやらないわよ。賊だものね、騎士団も交えてフルボッコでお仕置きよ」
「なにぃ? チッ、てめえらごときでオレ様の相手になるなら、やってみやがれってんだ」
こうなることは容易に予想が付いたが、良くないな。サラの当初の策では、ゴルドンが説得して片を付けるはずだった。そのゴルドンと言えば、先頭を切って斬りかかっていた。
「きえええい!」
剣と剣が激しくぶつかり合う。
おお、思ったより強ええな、爺。パパンの大剣を軽々と受け止めやがった。
「ゴルドン! 張り切るのは良いが、腰を痛めるぞ」
「心配ご無用、今日は奥様も一緒ですからな」
「ふん、回復前提ってのが情けねえ、もう隠居したらどうだ」
「さて、若がしっかりして下さればワシも隠居を考えますが……それよりも若、領主がそのような振る舞いでは、下の者に示しが付きませんぞ」
「うるせえ、オレはグレートだ!」
「では、山賊として叩き潰すまで!」
爺が猛然と斬りかかる。てか、スゲえな。自分の主に怪我をさせたらどうしようとか、考えないのかね。
「お、おい、ゴルドン、ちょっと待て」
グレンも剣で受けながら少し慌てる。
「待ちませぬ。先代が亡くなるその日まで放蕩した挙げ句に、賊の真似事など。幸い、すでに跡取りのエリオット様がおいでです。あなたには死して領主の座を退いて頂く」
「なにぃ?」
割と凄い覚悟で臨んでたんだな。
だが、その爺の剣はグレンには届かない。
「くっ、さすがにワシ一人では抑えきれぬか」
「助太刀します」
シルフィが横から割って入った。
「面白え、二人がかりか」
「私もいるわよ」
「なにっ!」
背後からサラも呪文で攻撃。
さすがにこれではグレンも防ぎきれない。
誰もがそう思ったはずだが。
「しゃらくせえ!」
「ぬおっ!」
「きゃっ!」
「くっ!」
大剣を一振りして劣勢を跳ね返すグレン。さすがに強い。
「いけませんね。マナよ、我が呼びかけに応えて、我らの盾となれ! バリア!」
ブラン先生もようやくその気になったようで、戦いに参加だ。
「はんっ、数に頼ってその程度か!」
「まだまだぁー!」
爺が大きく振りかぶって切り込むが、これは隙が大きい。
案の定、それを躱したグレンが、カウンター気味に大剣を叩き込もうとする。
「お爺さま!」
赤毛の女騎士が間に割って入った。
「よせっ、リーナ、お前の腕では危険じゃ」
「でも、このままでは!」
「構わぬ。斬られて主の目が覚めるならそれも本望よ」
「それは私が嫌ですっ!」
悲壮な覚悟は結構だが、孫娘を悲しませるのもなんか後味が悪いな。騎士や兵士も乱入する形でこりゃ大事になってきた。
さて、騎士の弾かれた剣が地面に落ちている。
サラとの約束では俺は参加しない事になっていたが……。
手助けくらいはしてやってもいいだろう。
乱戦になっているので、間違っても味方に当てないよう方向に注意して、剣を魔法で飛ばす。
「チィッ、レイ、お前の仕業だな!」
おお、一発で気づくとはさすがだな、パパン。
「ダメよ、レイ。これは真剣勝負、あなたが攻撃すれば、パパだって……」
「その通り! 親子だからって、容赦しねえぞ!」
一直線に俺に向かって突進を掛けるグレン。
その程度は予測しているぜ。
俺は浮遊したままで蛇行しながら後退しつつ、落ちている剣を次々と弾丸のように飛ばしていく。
何本か、体に刺さったが、それをものともせず、突っ込んでくるのを止めないグレン。
おいおい。
心配になったのでグレンのHPウインドウを確認したが、まだ500以上あった。
なんだ、これなら全然心配いらないな。
ここはちょいと一発、でかい魔法でも使うとしよう。
「なっ、これは積層型魔法陣! こんなものをまさか一人で発動しているのですか……!?」
ブラン先生が驚くが、無詠唱を使えば、同時に別々の呪文を唱えることも可能だ。
しかも、さっき逃げ回っていたのは大型魔方陣を地面に記すため。別に魔法陣は一つの場所に一つだけしか描いちゃいけない、なーんてルールは無いんだぜ?
『――深淵より来たれ、冥府の王よ、ここに死と災厄を祝福し、大地を生け贄に捧ぐ!』
「ダメよ、レイ、そんな禍々しい呪文を使っては! それでは邪神を引き寄せてしまう!」
サラが止めるが、それくらいの呪文でなければ、このグレンには効かないだろう。
それに、俺の魔術知識のスキルがあれば、呪文の完璧なコントロールも可能だ。
『汝、強き力を欲するか?』
ん? 何か違うモノが魔力に干渉してきている?
気になったが、ここまで来て詠唱は中断できない。すでに呪文は発動段階なのだ。
ここは無視で。
「仕方有りませんね。補助を務めます」
ブランもこの呪文は知っていたようで、詠唱に参加。
「呪文ごときで、このオレ様を止められるとでも、思ったかぁ!」
ジャンプしてグレンが突っ込んできた。
しかし、なんだってこんなことになっているのやら。
この世界の親子喧嘩って、こんな血なまぐさいの?
まったく。
俺は天上の爺に後で文句を言ってやろうと思いつつ、呪文を放った。
「出でよ! デモゴルゴン!」
地面が闇の泉に包まれたかと思うと、そこから幾千幾万の黒いヘビ共が飛び出し、それが巨大な奔流となってグレンを襲った。
腐臭が漂い、俺も息苦しくなったので、別の呪文で風を送り込んで呼吸を確保。
「うおっ!」
グレンは大剣で対処するも、おびただしい量の蛇だ。捌ききれるはずもない。
「うおおおお――!」
ヘビの波に押しつぶされてゆく。
勝敗は決したな。
不死身のグレンだ、死んではいないだろうが、アレをまともに食らって、立てるとは思えない。
少なくとも三日は寝込むだろう。
「な、なかなか面白い呪文じゃねえか」
「うえ、あ、あうあう」
グレンが起き上がってきたので、俺は目の前の光景がにわかに信じられなかった。
ダメージ計算では500ポイントきっちり奪ったはずなのに。
「さて、次はこっちの番だ。白狼真剣奥義! 白夜!」
しかも、赤ん坊の俺に対して奥義とか。
これはマジ死んだ。
「いけない!」
「レイッ!」
数人が俺を守ろうとして動いたようだが、間に合わない。
俺の視界は真っ白に包まれた。




