第三話 グレるグレン
やる気を出した俺にパパ・グレンも喜んでくれるだろうと思って、さっそくその日の夕方に彼に話をしたのだが。
「ああん? オレ以外に師匠を取っただぁ? オレだけで良いだろ、それ」
『だってパパ、今日はいなかったし、領主のお仕事が忙しいんでしょ?』
「ううん、忙しいって事も無いんだが……それより、剣ってのはな、そう誰も彼も教わればいいってもんじゃねえんだぞ」
「もう、あなた、何もそんな本格的でなくても、子供のうちはいいじゃない」
サラが笑顔でなだめるように言う。
「ダメだ。子供でも、いや、子供のうちが一番物覚えが良いからな。それに一度変な癖がついちまうと、矯正するのに苦労するんだ、これが」
「ちょっと。それじゃまるで私の剣術が邪道みたいじゃない」
シルフィが反発した。
「邪道なんかじゃ無いが、お前の剣はスピードタイプに特化してるからな。オレの方はパワーファイターだ。戦い方そのものが違う。流派もだ」
「それは……そうだけど、共通している部分だってあるわよね?」
「そういうのは両方の流派に精通していないと分かんねえだろ」
「私はグレンの戦い方はよく知ってるわ。あなただって、私の動きくらいは分かるでしょ」
「そうだな。いや! でも、なんつーか、こうな……」
頭を掻くグレンは何か違和感があるのかもしれないが、さして大した理由でもないだろう。
「じゃ、こうしたらどう? エリオットはあなたが、レイはシルフィが見るようにするの。別に二人とも同じタイプでなくてもいいじゃない」
サラが提案した。
「ダメだダメだ、兄弟なんだから同じで良いだろ」
「じゃ、私はお払い箱みたいね。世話になったわ」
その言葉を聞いてシルフィが立ち上がる。
「あ、いや、そんなつもりは……だいたい、お前は金に困ってるんだろ?」
「別にそこまでじゃないもの。ギルドに寄って仕事がないか、探してみるわ」
「むむ」
弱った顔のグレンはシルフィを追い出したくはない様子。だが、それならサラの提案に乗っておけば良かったのだ。別に今からでも乗り換えれば誰も文句は言わないが。
「ふん、勝手にしろ」
「ええ、そうするわ」
「もう……」
サラも不満顔。
しゃーねえな、ここは一つ、俺が取り持ってやるか。
『シルフィ先生、僕はシルフィ先生に教わりたいです』
ちょっと雰囲気を良くしたい、という魂胆もあるが、俺が本気で教わりたいのはやはりシルフィだ。グレンがダメってわけじゃない。話を聞いている限りではむしろ、グレンの方が優れた剣士のようだ。
だが、彼の戦い方は俺も見た。大剣を力任せに振り回し、敵を圧倒する剣術。将来は真似できるかもしれないが、今の俺にはあんな大剣を操縦できる気がしない。いくら魔法といえども、重い物はそれだけ困難で、魔力消費も大きくなるのだ。
「わあ、ありがとう。レイちゃんはやっぱり可愛いわねぇ」
ちゃん付けは止めろ。むずがゆい。
「シルフィ先生、僕も先生に教わりたいです」
「なにぃ!?」
俺はともかく、エリオットもシルフィを師匠に選んだか。エリオットは自分の腕力を気にしたのか、それとも、教えてもらえる時間の多さを気にしたか。
「教えを請う弟子がいるなら、これは断れないわね」
まんざらでもない顔のシルフィ。
「あー、やってらんね、そこは親父を取って当たり前だろ、なんだなんだ、二人そろって。ちょっと出てくる。もうここには帰ってこないかもな!」
うわぁ。グレンがいじけて出て行ってしまった。子供か。
「ほっとけば良いわ。どうせ明日のご飯時には帰ってくるし」
サラはお見通しだ。しかし、ご飯時って飼い犬みたいだな……。
翌日から、俺とエリオットはシルフィ師匠に教わることになった。
エリオットは木の棒で、俺は家にあった鉄の剣で、実戦的にシルフィ相手に二人で打ち合う。
「そうそう。そこは右に回り込んで。違う、レイ、そこは剣の重心を考えて動かしなさい」
ただ闇雲に剣を動かしても、威力は出ない。基本は重力を利用して上から下への振り下ろし。だが、それだと当然、相手も次の攻撃を予測してしまうので、時折、下からの一撃も混ぜておく。
「では、魔術講義を始めましょうか」
午後はブラン先生に魔術を教わる。
夕食の後は、領地の収入アップにつながる方法を考えたかったのだが、赤ちゃんの体のせいか、やたら眠くなっておっぱいの後はすぐ寝入ってしまう。
ちなみに、グレンは翌日の朝、ムスッとした顔で戻ってきた。そこは父親の威厳に配慮して全員何も言わずに出迎える。
「ケッ!」
それが余計に気に障ったか、グレンは食事の後はすぐにどこかに行ってしまったけれど。
数日後。
「エリオット、どうだ?」
「ええ? 何それ、父さん…」
息子の気を引いて剣を教えたいのか、グレンは派手なトゲトゲの鎧を着てポージングしてくる。
「カッコイイだろ?」
「うーん、その鎧はいまいちかなぁ。前に見せてくれた普通の鎧の方がカッコイイよ」
「アレは普通すぎてつまらん。ま、ガキにはまだ分かんねえか」
いや、たぶん、エリオットが成人しても同じ事を言うと思うぞ、父さん。
そこへシルフィが部屋に入ってきた。彼女はちらりとグレンを見たが、そのファッションについてはノーコメントを貫くことに決めたようだ。俺とエリオットに笑顔で言う。
「じゃ、そろそろ剣の稽古を始めましょうか。グレン、あなたも一緒に付き合う?」
「ハッ、シルフィ、俺はもう一人前の剣士だぜ? 何が面白くてお前に稽古を付けてもらわなくちゃいけないんだ」
「別に、あなたが教えてくれても良いと思うけど」
「ダメだ、そこはけじめだからな。教えてやんねー」
「子供ねえ」
まったくだ。
その翌日も変な鎧を引っ張り出してきたり、ボディペイントしたりと俺達の気を引こうとしていたグレンだが、俺達の気が変わらないと見るや、ふてくされた様子でどこかに出かけてしまった。
ま、好きにさせとこう。
グレンがこのヴィルヘルムの領主であることには変わりないし、彼はいざというときに剣を振るってくれればもうそれで最高のパパなのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「シルフィ、ちょっといいかしら」
「なぁに、サラ?」
この二人は険悪になってもおかしくなさそうなものだが、あれから仲良くしているようだ。
「やっぱり雇われてるなら奥様と呼んだ方がいい? 貴族だし…」と聞いたシルフィに「グレンのパーティーメンバーにそれは無いわよ」とサラも笑って答えていたし。
「それが、今日ね……神殿で話を聞いたのだけれど、大男の山賊が一人、町中に出るそうよ」
「え? それって……」
「ええ、たぶん、グレンね」
おいおい。
俺とエリオットに相手をしてもらえなかったからと言って、それはやっちゃダメだろう。
「いや、いくらなんでもグレンはそんなことはしないと思う」
シルフィはグレンを信頼しているようだ。
「ふふ、まあ、本当に山賊をやっているのではなくて、友達に頼んで、山賊が出てるぞって噂を流してもらってるみたいよ」
「何のために……」
「そこは、冒険者シルフィが颯爽と退治しに来たところを返り討ちにして、剣士としての評判を下げたいんじゃないかしら?」
「はあ、あきれた。どうしたものかしらね」
「ふふ、そこは、私も協力してあげるから、本当に退治してしまいましょう。山賊が常駐してるなんて噂が街の外にまで広がってしまったら、ヴィルヘルム領に来てくれる行商が一人もいなくなってしまうもの」
サラもこれは見過ごせないようで、ここまでの一連のグレンの大人げない態度も併せて、そろそろお灸を据えるつもりらしい。
「でも、彼は強いわよ?」
シルフィが言う。
「知ってるわ」
微笑むサラは何か策があるようだが……。




