第二話 最年少剣士の誕生
親父の元カノの剣士、シルフィ。
一悶着あったものの、あれで納得して諦めて帰った―――と思いきや、うちにまだいる。
「はーい、レイちゃん、高い高い~」
「やーめぇ!」
俺を赤ちゃん扱いしてんじゃねえ!
高い高いされるとちょっと良い気分になってくるが、くそう、この体が恨めしい。
「もう、普通の赤ちゃんなら喜ぶところよ?」
『俺は普通じゃないんだ。それに、ママ以外の知らない人間に抱かれたら、普通、怖がると思うが』
「あなたは怖がってないじゃない。ほら、高い高い~」
くっ。
それにしても、あの鬼サラがこのスイカ女を引き留めたのはちょっと意外だった。
シルフィが金に困っていることを聞いたサラは、ちょうどベビーシッターが一人欲しかったのだと言い出し、そのまま雇ってしまった。
メイドのベリンダとリズがいるから、どう見てもうちにベビーシッターは必要ないんだが……。
「シルフィさん、もうそのくらいで。レイは子供扱いされるの、嫌いなんだよ」
エリオットが助け船を出してくれた。頼れる兄貴だ。
「ええ? 楽しいのに……はあ、私も赤ちゃん、欲しいなぁ」
『じゃ、自分の子供を作れば良いだろ』
俺は念話で冷たく言い放つ。
「パートナーがいないと、できないもん」
口をとがらせたシルフィは、探せばいくらでも男は引っかかってくると思うが、まだ親父に未練があるようだ。
ま、好きにしてくれ。
「シルフィさん、シルフィさんもパパと同じで剣士なんだよね?」
エリオットが聞いた。
「ええ、そうよ。あなたたちのパパほどじゃないけど、私だってそれなりに名の売れた剣士なんだから」
『名が売れたのに金欠なのか』
俺としては、まずそこが疑問だ。
「ぐっ! いや、だって重傷を負った仲間の治療代に結構掛かっちゃったし、財布を預かってたヨーマンが持ち逃げしちゃって……くー、アイツ、見つけたら、タダじゃおかないんだから!」
他人の治療代を出すとはとんだお人好しみたいだが、自分が金に困ってしまうのは間抜けだな。
「大変でしたね、シルフィさん……」
エリオットは同情しているが。
「ああ、でも、ここで雇ってもらえたし、少し落ち着いたらまた冒険で稼ぐから、心配しなくてもいいのよ」
ひらひらと手を振って笑うシルフィはあまり深刻そうではない。
「冒険かぁ。僕も早く行ってみたいな」
「うーん、危険もあるから、オススメはしないわよ? あ、それより、エリオット君、お姉さんが絵本を読んであげようか」
「いえ、それより、剣を教えてもらえませんか」
「えっ、まあ、グレンとサラさんが良いというなら、私が教えてあげても良いけど……」
「大丈夫です。パパとママはもう剣術を許可してくれてるので。パパが剣術を教えてくれるけど、領主のお仕事もあるから忙しいみたいで……」
今日もパパンはどこかに行って家にいないが、アレは仕事じゃなくて、シルフィに合わす顔が無いだけだと思うぞ?
「そ。じゃあ、いいわよ?」
「やった!」
エリオットは真面目というか本気で剣を覚えたいんだなぁ。
俺も覚えたいとは思っているが、ちょっとかったるいというか、グレンが教える時間だけで充分だと思ってしまう。
「じゃ、庭でエリオット君の実力を見てあげるわね。何を教えるかは、その実力に応じてってことで」
「はい!」
「じゃあ、レイも一緒に来てね。目を離すわけには行かないもの」
別にいらないんだが、まあいい、シルフィがベビーシッターとして雇われたからには付き合ってやるか。
「あい」
浮遊魔法を使ってベッドから移動する。
「それにしても、楽そうね~。私も浮遊魔法、使えれば良いんだけど」
普通の奴はすぐ魔力切れを起こすから、楽かどうかは分からんぞ。
俺の方は毎日魔法を使っていたせいか、レベルは1のまんまだがMPは300を超えた。まだブランのMPには追いついていないが、一人前の魔力はあるはずだ。向こうは魔力に長けたエルフなんだし。
「僕も使ってみたいけど、それより今は剣、剣」
エリオットが急かす。
「はいはい。じゃ、お、ちょうど良い棒があるわね。これで私に打ち込んでみて」
「いいんですか?」
「ふふっ、もちろん。大丈夫よエリオット、怪我をするつもりはないわ」
「じゃ、行きます!」
「ええ、来なさい!」
エリオットが木の棒を持って突っ込んでいったが、シルフィはさっと横に跳んで身をかわした。
「くっ」
「ふふ、それじゃ当たらないと思うわよ」
「それでも!」
エリオットは諦めずにもう一度、一直線に突進する。棒を振り込んだ直後、すぐに横に棒を振る。相手が避けることを予想しての決め打ちだったようだが、振った先とは逆方向にシルフィは逃げてしまった。
「悪くないアイディアだけど、それじゃ隙が大きすぎるわ。何も一撃で仕留めなくて良いから、小さく振って何度も攻撃してごらん」
シルフィのアドバイスを素直に聞き入れたエリオットが、連続で木の棒を叩き込む。今度はシルフィも剣でそれを止めた。
「うん、いいね! 凄く良いわ。エリオット君って、確かまだ四歳って聞いたけど、きっと将来は凄い剣士になれると思う」
「ありがとうございます。でも、一発も当てられなかったなぁ。ふう」
「そりゃあだって、あなたはまだ子供だもの。剣聖オルバリオは五歳で父親に一太刀浴びせたと言うけれど、そこまで行かなくたって、修行すれば誰でも強くなるわよ」
俺はそれを聞いてすかさず言う。
「うちょだッ!」
「えっ?」
『誰でもってことは無いだろう。才能も個人差がある。どれだけ努力しても、強くなれない奴もいる』
「まあ、剣術に向かない人もいるし、何年も修行して大成しない人だっているけど、今の自分は確実に超えられるわ。修行すれば今よりももっと強くなれるの。それは嘘じゃ無いわ」
『まあ、そうかもしれないが、修行とか、努力とか、嫌な言葉だな。良さそうに見える分、たちが悪い』
「もー、赤ん坊のくせに、何をひねたことを言ってるんだか。だいたい、あなたたちはあのグレンの子供なんだから、きっと凄い剣士になれると思うわよ」
『名選手の子は名選手にあらず、安請け合いはよしてくれ』
「ええ? まあ、剣聖の子が剣聖になるとは限らないけど、でも、エリオット君は才能があると思うわ」
チッ、できる兄貴もちょっとアレだな。
前世では俺に兄弟はいなかったが、いたら比べられて最悪だっただろうな。
なんだか急にエリオットが疎ましくなってきた。
「僕に才能があるなら、レイはもっと才能があるよ!」
キラキラした目で言うエリオット。くっ、良い兄貴だ。俺はその良い兄貴に棒を魔法で拾ってやることにする。
『ほら、兄さん。まだ教わるんでしょ』
「うん、ありがとう、レイ」
「ねえ、レイ、棒が動かせるなら、あなたも私と対戦してみない?」
シルフィがそんなことを言った。
「え?」
「あ、そうだね。できるんじゃないかな、レイ」
『やってみる』
その発想は無かったが、確かに浮遊魔法で自分も棒も動かせるのだから、それで戦えないという理由など無い。
「さあ、どこからでもいいわよ」
「んじゃ、えい!」
まずは普通に上段からの振り込み。シルフィはエリオットの時と同じようにさっとそれをかわしてみせた。
そこに今度は横に棒を動かしての攻撃。
うん、普通に戦えそうだな。
俺も同時に自分の体を直立状態で浮かせておかないと相手が見えないので、複数の対象を魔法で操作しなくてはいけないが、今の俺には余裕だ。何せ【万能の魔導師】で【魔術のコツ Lv5】と【魔法知識 Lv5】、達人級のスキルも併せ持っているからな。
「へえ、ちょっとずるい気がするけど、棒だけだと素早く動かせるのね」
ふふ、シルフィ、そんな余裕の感想を言えるのは今だけだぜ?
来いッ! 俺のスタン○! 影の騎士団! なんつってな。
全力で棒のスピードを上げてみる。
「わっ! 速い!」
エリオットが驚くが、シルフィは涼しい顔でそれを避けた。
だが、まだだ。
今度は棒を彼女の後ろに回り込ませ、動きを反転させる。
剣士には到底不可能な動きだが、さて、シルフィはどう対応するか。
「ふふ、悪くないアイディアね!」
そう言って、背中からとんできた棒をここぞというタイミングでかわすシルフィ。
『なにっ?! なんで見てないのに避けられるんだ!?』
驚いた。予想していたのだろうか。いや、しかし彼女は初見だし、そこまでタイミングを読めるものなのか?
「んー、【心眼】とまではいかないけど、棒が風を切る音や、あなたの視線で分かるのよ」
いや、それも凄いぞ。剣士は俺のイメージでは単なる脳筋バカという感じだったが、思ったよりも緻密で頭脳プレーも必要なようだ。
それに何より、棒だけじゃ無い。俺は自由自在に鉄の剣を扱うことも可能だ。
ならどうするか。
ここでこっそりシルフィに家の中の剣を飛ばす?
いやいや、それは戦術としてはありだが、今すべき事はそれではない。
俺はシルフィに問うた。
『シルフィ先生、師匠と呼ばせてもらっても?』
「いいわよ」
「おお」
あっさりと。
「あの、僕もいいですか」
「もちろん。私、弟子は取るつもりなんて無かったけど、あなたたち二人には可能性を感じるわ。私もあなたたちがどこまでの高みに到達するか見てみたくなったの」
『「 はい、よろしくお願いします、先生 !」』
俺とエリオットの意思がハモった。




