第一話 嵐がやってきた
今回は5000字を超えてしまったのでちょっと長いです(;´Д`)
(視点がレイに戻ります)
剣は必要だ。
エリオットが山賊に斬られた一件で、俺は心底そう思った。
魔法も当然必要だが、とっさの時は剣の方が良い。
俺は【万能の魔導師】の称号を最初からもらっていて、うちが貴族の家系だと言うから、それで調子に乗って、いい気になっていた部分もあった。
しかし、この世界の治安の悪さは、油断ならない世界だった。
たとえ天才や貴族であろうとも。
エリオットもそれは同感だったようで、傷が完全に癒えたその日から、父グレンに申し出て厳しい稽古を付けてもらうようになった。
と言っても、さすがに筋肉も付いていない四歳児だ。グレンもそこはまだ早いと言ってすぐには首を縦に振らなかった。
「でも、僕はレイを守れる力が必要なんだ!」
真剣な顔で言うエリオット。
やべえ、兄貴に惚れそう。
というか、自分が斬られて危なかったのに、他人の心配か…。
ちょっとそれもどうかと思うが、まあ、幼い四歳児だからな。純粋なのだろう。
「分かった。だが、剣はお前にはまだ無理だ。振ろうにも振れたもんじゃないだろう」
「それは……」
「ちょっと実際に持ってみな」
パパグレンは自分の大剣ではなく、部屋に飾ってあった小さい方の剣をエリオットに持たせた。
飾ってあるというより、あれもセキュリティを考えてのことかもしれないが。
「ん、んしょ……くっ、ダメだ……」
エリオットは両手で持ち上げることはできたが、そこまでだった。
確かにグレンの言う通り、振ることはできない。
「だから、代わりに型を教えてやろう。それなら、木の棒でもやれるぞ?」
「ホント!?」
わあ、キラキラした目だ。
「おう。レイも、見学するか?」
「あい」
俺も何せ、赤ちゃんだからな。だが、型は見ておいて損は無いはずだ。
家の庭で、グレンは自分の大剣を持って構えた。
「じゃ、まずは基本中の基本だな。西大陸剣術には七つの基本形があって、静観、誘引、制止、攻勢、守勢、休止、反転と、それぞれ特徴と使い勝手の良い場面ってのがある。
例えば自分より格上の剣士とやり合うときには隙を突かれて一瞬で終わらせられたりしないように、『守勢』で引いて相手に攻めにくくさせる、とかな」
「誰かを守るときには、どの型がいいの?」
「うーん、そうだな、決まってるわけじゃ無いが、制止と静観か。
場所取りの問題もあるが、誰かを守ろうとするなら、攻めてヘイトをこっちに向けさせる必要があるからな。
ヘイトってのは、攻撃のターゲットになるって事だ。たとえばオレがレイを攻撃しようと狙ってたら、レイはオレのヘイトを持ってることになる」
「つまり、そこを僕が目立って、ヘイトを横取りすれば良いんだね?」
「そういうことだ。だが、そう簡単にヘイトを取れないこともあるから、そのときはガードや攻撃も必要になってくる。
ま、そういう戦術はまだお前らには早すぎるから、基本からやっていくぞ」
「はい」「あい」
グレンが剣を正面に向かって構えた。
「最初は静観の構えだ。これは七つの型の中では、一番バランスが良い。攻めるも良し、守るも良し、休むも良し。別の構えに変える事も簡単だから、これさえ覚えておけば応用が利くぞ。
ただし、攻めるためなら攻勢の型の方が速いし、守りなら守勢の型の方が堅い。だから……だから、うーん」
「それ一つで完璧ってわけじゃないってことだね?」
「お、おう、そうだ。エリオット、お前はいつも思うが、賢いなあ」
「そんなことはないよ。レイだってこれくらいのことは分かるだろうし。じゃ、その静観の構えのお手本を見せてよ、パパ」
「オホン、今日から、剣術を習ってるときはオレのことは師匠と呼べ。けじめは付けておかないとな」
「あ、はい、師匠」
エリオットは素直に聞いたが、こういう格好つけるのって必要なのかね。まあ、黙っておくか。
「静観の構えはこうだ。右利きなら剣を少し左に倒し、左利きなら剣を右に倒して構える」
俺も詳しいわけじゃ無いが、剣道の青眼、中段の構えに近いのかな。ま、基本中の基本の構えだから、当然、奇抜な構えにはならないだろうとは思っていたが。
「こう?」
「もっと背筋を伸ばせ。それから、腰を気持ち下げてみろ。次に動く構えだからな」
なるほど、次の行動を考えた姿勢ということか。
「ここから一振りして、また元に戻す。元に戻さないと、いや、元に戻しておいた方が相手の攻撃に対処しやすいってわけだ。ま、初心者のうちは何も考えなくて良いから、振ったら元に戻すことを考えろ。連携を考えるのは型が全部できてからだ」
「はい、師匠!」
エリオットはグレンの指示したとおりに、中段の構えから前に木の棒を振り、そして元の姿勢に戻す。
「それを何度も繰り返せ。まずは百回」
「はいっ!」
うえ、面倒くせえ。しかも、見てても退屈だわぁ。
五回まで振るのを見ていたが、すぐあくびが出た。
「レイ、退屈でも型は大事だぞ。しっかり見ておけ。なぁに、女のおっぱいとか、ケツの事を考えながらやれば、厳しい修行も楽勝だぞ」
ええ? それ完全に雑念だろ。しかも、四歳児と赤ちゃんにお前は何を教えているんだと。
「グレン!」
「うおっ! サラ、すまんかった!」
反射的にグレンが身を縮めて謝ったが、いや、そいつママじゃ無いぞ?
銀髪のポニーテールの剣士らしき女性が両手に口を当てて涙目になっている。
あと、胸がやたらでかい。服の下にスイカでも入れてんの? と言うレベル。
「会いたかった!」
その女性はダッシュでグレンに抱きついた。
「んん? おお、シルフィか? 久しぶりだなあ」
「うん、そうだね。グレンは領主を継いだって聞いたけど、ホントだったんだね」
「ああ、まあな」
昔の知り合いか。ただ、やけに親しそうなのが気になるが。
この世界って、奥さん以外ともべたべたして抱き合ってもオッケーなわけ?
久しぶりの友人との再会に、ハグは有りだと俺のスキル【常識 Lv3】も言ってはいるが……。
あれ、なんだか、肌寒いな?
って、周囲の地面が本当に白く凍り始めてるんですけど!
「グレン、だぁれ、その子」
やはり、いたか、白い悪魔。氷の冷血女。
ニコニコとよそ行きの笑顔を浮かべて聞いているが、魔力が拡散しまくってどう見ても臨戦態勢だ。
グレンも真っ青で慌ててその女性から体を離した。
「ま、待て! 誤解だ、サラ。この子はシルフィ、昔のパーティーメンバーだった奴だ。何もやましくないぞ!」
「あら。じゃあ、私と組む前だから……もう五年以上も前の話かしら?」
「そうだ」
「へえ。あ、私はサラ、グレンの妻です」
「えっ! 妻!?」
口を開けて驚いたシルフィは、グレンが結婚しているとまでは知らなかった様子。
「ええ、そうですけど。ちなみにこっちは息子のエリオットと、そこに浮いてるのも私達の赤ちゃんのレイね。ちょっと気持ち悪いかもしれないけど、普通の人間だから。顔は可愛いでしょ」
いかん、そう言えば、俺、そのまま浮いてたわ。今更なので浮いたままにしておくが。
「わ、私たちの息子? えええ?」
「おい、サラ、あんまり余計な事を…」
「あら、あなた、普通、友人に紹介するのは当たり前のことでしょう? 余計って、どういう意味なのかしら」
ニコニコと、笑っているが余計に怖いサラ。
「ああ、いや、ううん」
グレンは冷や汗を掻いていて、これもちょっと尋常じゃ無いな。普通、相手が結婚しているとは知らず、片想いでいたのを今知ったとしても、そこまで慌てないだろうに。
極めつけは、次のシルフィの言葉。
「嘘よね? 私と結婚するって、言ってくれたよね? グレン」
わぁ。仮に昔グレンが口説いていたとしても、赤ちゃんまでいるんだから、そこは「酷い!」と怒る方がマシだ。これは本気でサラとの結婚を信じていない目だ。
「へー」
地獄の底から響いてくるような冷血女の声。
ひい、死にたくないよ! 死にたくないよ!
エリオットも本能で危険を察しているのか、怯えた顔でぶるぶる震えている。
「まままま、待て、オレはそんなことは言ってないぞ?」
「でも、酒場で、しらふの時にも、オレはでかい胸が好きだ、世界一胸のでかい女と結婚するって何度も私を前にして宣言してたじゃない。それって私のことじゃなかったの? この人、私より小さいじゃない」
セーフだ!
酒場で口説いたり公言していたのはちょっと恥ずかしい過去だが、若気の至り、酔った勢いで通る。
サラが怒ろうと、シルフィが怒ろうと、俺はパパの味方だぜ。
「もう、あなたったら、昔っからそんなだったのね。誤解させたようだから、きちんとシルフィさんに謝ってあげて」
ママも落ち着きを取り戻したようだ。ふう。
「お、おう、それはあくまで理想はってことだ。色々、済まなかった」
「ちょっと……ドラゴンを倒したら一緒になろうって、いつも朝のベッドで私を抱きしめて言ってたことは、あれも嘘だったってことなの?」
朝のベッドかー。しかも抱きしめちゃったか……。しかもいつもって、これはかなりアウトだろう。
このプレイボーイめが、自分の食った女くらい、きちっとフォローしておけと。
元カノとどういう別れ方をしたんだ、いったい。
「グレン」
「おおおおう。それは言った! ドラゴンを倒せたらオレの家に来てくれって言った!」
「ええっ?」
サラが予想外だったか、ぎょっとした顔になる。グレンは構わず続けて言う。
「でも、結局、そのパーティーではドラゴンを倒せなかった。解散するとき、ドラゴン倒してないけど、オレと一緒になって跡継ぎを作らないか、って言ったら、シルフィ、お前、それはダメだって」
「あれはだって、あのときは私もあなたも稼ぎが少なかったし、いつもの冗談だと思ったから……」
「ううん、オレは本気だった。でも、断られたと思って……」
「そうだったんだ。急にいなくなるし、私、あのとき、無理に一人でドラゴンを倒しに行って死んじゃったんじゃ無いかと気が気じゃなかったんだから」
「それは悪かった」
「まあ、その後、風の噂に別のパーティーを組んでるって聞いたから安心はしたけど」
ちょっとした行き違い。それで結ばれなかった二人。悲劇かもしれないが、縁が足りなかったのだろう。これはなんというか、グレンの対応や真意を確かめなかったシルフィの対応は問題があるが、責められたりするようなことではないだろう。二人はもう失恋して、そこで終わったのだ。
「私、あれからドラゴンを倒したわ。あなたもよね? グレン」
「お、おう」
「あなたも稼ぎはできただろうし、私も心の準備ができたわ。だけど、そう、子供もできちゃったなら、ダメかな……」
シルフィは悲しそうな顔をした。
「悪いな」
グレンも苦い顔で謝る。
「じゃ、これ、あなたに返さないと」
シルフィが懐から銀のペンダントを取り出した。
「あっ! そ、それは」
それを見たグレンが目を剥いて、凄い顔をする。
「あなたからの贈り物、こういう結果なら、返さないと。だって、あなたにとってはとても大事なモノなんでしょう? あなたの家にとっては」
おっと、微妙な贈り物が出てきたぞ?
こういう結果になってもグレンにとって大事なモノというのが気になる。
皆の目がグレンに集中する。
「いや、そ、そうだったかな? なくしたとは思ってたが、ちなみに、どう言ってオレはそれをお前に貸したんだ?」
「貸したじゃなくて、くれたのよ。これは代々、領主の家に伝わるモノで領主の証なんだって。君ももう家の人間だから、オレがなくさないように君が持っててくれって」
完全にアウトだなぁ。
それを贈ったり受け取ったら、もう婚約指輪みたいなものだろう。
「グレン……道理で、ペンダントが無いって就任式の前日に騒いでたわね」
ややあきれ顔で腕組みするサラ。
「さようでございました……すまん!」
頭を二人に向かって下げるダメ親父。
「でも、昔からプレイボーイだとは思ってたけど、こうまで早く結婚するなんて、予想外だわ」
シルフィもそう言って肩をすくめた。
「や、オレも……ハハハ」
「「 そこ、笑うところじゃ無い! 」」
サラとシルフィの声が鋭くハモった。




