第十話 ブランの正体
ねずみ色のローブを纏った男は周囲を気にしつつ、どこかへ向かって歩いている。
俺とエリオットは麦穂に隠れながら後を追った。
『兄さん、この先は何があるんだ?』
「そうだね…何も無い…いや、祠があったな」
『祠?』
「うん、モンスターが入ってこないようにって、ママが月初めにお祈りをするところだよ」
『よし分かった! きっとそれを壊して、街にモンスターを呼び込むつもりだ!』
「ええ? ブラン先生はそんなことはしないと思うけど」
『分からないぞ。しようとしたら、魔法でとっちめてやる』
相手は高レベルの魔法使いだが、不意打ちで高火力の弾丸系術式をぶつけてやれば、ダメージくらいにはなるだろう。あとは隠れて逃げて、切り札のサラに報告すれば完璧だ!
……いや、その途中で追いつかれたり、逃げられたらまずいな。攻撃は止めにして、告げ口だけにしておこう。
「魔法でって、先生に敵うわけないよ、レイ」
『ああ、ママの魔法でってことさ』
「ああ、なあんだ、そういうことか……」
『行くぞ』
「待って、レイ、気づかれるかもしれないよ。君は浮遊魔法を使ってるんだから」
『大丈夫、先生の魔力感知のスキルレベルは低いから。姿が見えなければ問題ない』
この浮遊魔法は攻撃魔法ではなく、省力化のために魔力の拡散をぎりぎりまで抑え込んでいるので、気づかれる心配は無い。
音を立てないように注意しながら、祠の近くへやってきた。
ここはそこだけ小さな森になっており、隠れるのに苦労はしない。
灰色の男は石で作り上げられた小さな祠の前に来ると、慎重に後ろを確かめた上でフードを脱いだ。
『やっぱりブランだ』
「そうだね……」
やせ気味の薄気味悪い目をした男。
ブランはその場に跪くと、懐から大事そうに何かの布を取り出し、それを地面に置いた。
「何をするつもりなんだろう?」
『シッ! おそらく、呪文を使うはずだ。魔法文字さえ唱えれば、何の呪文かはだいたい予想が付く。途中までは唱えさせよう』
「う、うん、分かった」
二人とも押し黙り、ブランに注目する。
ブランが両手を広げ、さあ、術式が始まるぞ。
「親愛にして崇高にして憎むべきルーティアよ、片時も汝を忘れた事は無く、今日も私に試練を与えたもうた事に感謝する。しかし……くっ、このような小規模な結界でさえ、レジストを必要とするとは……ぐぐ、うおおお……」
んん? これは呪文ではない?
しかも、なぜだか、ブランは苦しそうだ。
「いえ、違いますね。これは、かなり強力な祈りが捧げられています。ああ、あのサラ夫人でしょうね、きっと。さすがに名のある司祭ともなれば、はあ、はあ、くっ……」
なんだかうちのママに欲情してる変態親父みたいでヤダなぁ。
だが、正体は分かった。
魔除けの祠で苦しむ奴って言ったら――
『行こう、エリオット。こいつは間違いなく魔族だ。ママに報せないと』
「ええ? でも、そうだとしたら、何かおかしくない? なんだって自分から苦しい結界に近づいてるの?」
『ん? それは……確かに、妙だな』
結界を破壊するためならまだ分かるが、ブランは跪いたままで何かをする様子は見せない。
……分からん。
あれこれ推理するより、本人に直接問いただした方が早いな。目の前にいるんだし。
『ブラン先生』
「お、おお! レイ君。どうしてここに」
『先生の後ろをつけさせてもらいました。どうしてこんなことをしているのか、教えてもらえますね? ルーティアとは何者なんです?』
「そうですか、見られたばかりか、そこまで聞かれてしまいましたか……」
ブランがゆっくりと立ち上がる。
思わず俺とエリオットが身構えたが、ブランは首を横に振った。
「あなた方に危害を加えるつもりはありませんよ。ただ、場所を変えましょう。ここでは私は落ち着いて話すこともできません」
三人で祠の森を出る。
「もういいです。まだちょっと不快感はありますが、話すのに差し障りはありませんから」
「それで、先生、どうしてそんな体に……先生は、魔族なんですか?」
エリオットが緊張しながら問うた。
「いいえ、安心して下さい。私は魔族ではありません。正真正銘のエルフですよ。と言っても、このみすぼらしい姿ではそう疑うのも当然ですか。これは、呪いなのです」
「「 呪い? 」」
「ええ。私はある悪魔と戦い、そして敗北した。そのときに掛けられたのが『共感の呪縛』です。これは今あなたたちが見たように、一人のエルフが、あたかも魔族であるかのように結界に反応する。そんな呪いなのです。面白いことにこの呪縛は神聖魔法や聖水にはほとんど反応しません。魔除けの結界だけ、このような反応が出るのです」
「そんな……教会でその呪いは解けないのですか?」
「残念ながら、エルフの長老や大司祭様でも無理でした。この呪いは悪魔ルーティアが滅するか、私が死ぬまでは続くのでしょう。だから、私はこうしてその反応を克服すべく、あえて苦手な結界に近づき、正しき人間に戻ろうと努力を続けている、と言うわけです」
話の筋は通っているが……。
『その持っている布きれは何なんだ?』
「ああ、これですか。これはルーティアの服の切れ端です。彼女を忘れないための戒めですね」
捨てろよ、そんなもん。
やっぱコイツは変態だ。
「なんだ、良かった……先生が悪者じゃなくて」
ほっとしたエリオットは、俺の前では一貫して擁護していたものの、内心では少し先生を疑っていたようだ。
「すみません、隠すつもりは無かったのですが、あなた方には無関係のことだと思いまして。心配を掛けてしまったようですね」
「いえ、先生。僕が将来、その悪魔を倒して、先生を楽にしてみせます」
エリオットがまっすぐな目で言う。スゲえなエリオット。家庭教師となったからにはまるきり赤の他人って訳じゃないが、だからといって相手はエルフの長老や大司祭でも手に負えない感じの悪魔だぜ?
俺は関わりたくねえなあ。
「エリオット君、気持ちはありがたいのですが、相手はとてつもなく強力で厄介な悪魔です。あなたが返り討ちになってしまいますよ」
「いえ、強くなります。今よりも、もっと」
「いいでしょう。あなたが充分に強くなったと思ったら、一度私のところに来て下さい。それで勝てるかどうかを判定してあげましょう。アレの強さを私はよく知っていますからね」
「はい、そのときはお願いします」
『ちなみに、先生、その悪魔の見た目の特徴はどんな感じで?』
俺が聞くとエリオットがハッとしたような顔でこちらを見た。そしてすぐにキラキラ尊敬した目になる。
ちげーよ、俺は倒そうなんて思ってねえよ。
うっかり近づいたらまずいから、識別しておきたいだけだっての。
「ううむ、レイ君も、先に私に相談してくれると約束できますか」
『ああ。間違ってもこっちから仕掛けたりしないから、教えといて下さい。見てすぐ逃げられるように』
「いいでしょう。彼女は普段は人間の姿をしていますからね。いえ、人間の姿しか私も見た事はないのです」
そしてブランは懐かしむように空を見上げて言う。
「そうですね、彼女は一言で言えば美しい。そして悪魔とはとても信じられないような神聖さを持ち合わせています」
『ううん、もっと具体的に、背が高いとか、髪の色とか』
「ああ、失礼、わかりにくかったですね。彼女は暗闇でも輝くような金髪の、どこまでも無邪気な少女です。もっとも、そう見せかけているだけに過ぎませんが。瞳の色はまさしく紅玉です」
ルビー色の瞳をした金髪美少女を見かけたら、注意しておこう。
あとブランはロリコン確定な。ちょっと親近感が湧いてきたぜ。絶対に助けないけどさ。
「金髪の赤い目の女の子ですね?」
「ええ、ですが、心配しなくとも彼女はこの国にはいませんよ。ヴァルス帝国のさらに南方の辺境ですからね」
「そうですか…」
「さて、どうしましょうか。勉強の時間はまだ後ですが」
「先生もお昼、うちで食べませんか?」
エリオットが誘う。先生の話ではこれも学ぶためのテクニックだったな。勉強熱心なことだ。
「申し出はありがたいのですが……むっ!」
カンカンカンカンと少し離れたところから忙しい鐘の音が聞こえてきた。街の警報か。スキルの知識でこの音が何かは俺も分かっている。
「大変だ、何かあったみたいだ!」
「あなた方はすぐに家に戻って下さい。モンスターならば、私が倒してきましょう」
「でも、先生」
「いいえ、今のあなた方はハッキリ言って足手まといです。子供の出る幕ではありません。聡い君なら分かりますね? エリオット」
ブランが険しい顔で言う。
「……分かりました」
「でも、あなたにはあなたの役割というものがちゃんとあります。弟君を守ってあげて下さい」
「あっ、はい! 分かりました!」
エリオットが俺をがしっと抱え上げる。いや、俺、自分で飛べるから、放して。




