第九話 金儲けの話
うちは貧乏だ。
男爵家なのに、貧乏である。
食器は銀の皿では無く、普通の焼き物だし、彫像や宝石の類いが家の中に見当たらない。
一家の大黒柱であるグレンは剣の素振りをしているか、遊び歩いているかのどちらかだ。
田舎の領地では収入も少なくて当然だが、さすがに働けよと言いたくなる。
『パパは働かないの?』
念話についてはもうママンがグレンにバラしている。最初は「うおっ、本当だ」と驚いていたが、特に怪しまない辺り、おおらかというか、いい加減な性格だ。
「ああ。パパは領主だからな。領主がバリバリ働く領地ってのはみんなの笑顔が消えちまう。税を払え、年貢を払え、兵役に来いって、そんなの誰も喜ばないだろ? だから、パパはのんびりしてるんだ。パパはいざというときに動けりゃ、それでいいのさ。英気を養うってヤツだ」
『ちょっと格好付けて良いこと言ってるつもりのようだけど、それってサボってるだけだよね』
「なにおう」
『だって領主もやらないといけない仕事はあるはずでしょ。王様への税の報告書をまとめたり、領地の開発計画を立てたり、大商人と取引したり、見回りをしたり、領民の揉め事を解決したりさ」
「むむ、いや、それはな……見回りはちゃんとしてるぞ。でもな、領主がいつも目を光らせてたら、民の笑顔が消えちまうってもんよ」
『うちに訪ねてくる領民は全員笑顔だけど』
「そ、そりゃ父さんが、あれだ、ににに、人気者だからな! サラ! 助けて!」
「レイの言う通りでしょ。たまにはあなたも真面目に働いたら?」
「オレは真面目に働くってのは性に合わねえんだよ! ちょっくら見回りに行ってくる」
「あ、逃げた。ホント、ダメねえ」
このダメ親父を名領主として目覚めさせれば部屋も豪華になるし、俺の収入も増えるのだが。
はあ、どうせなら大商人の子供の方が良かったなぁ……。
そこまで考えて、はたと気づいた。
俺には神様からもらった優れたスキルと優れた頭脳がある。
あのバカっぽいグレンをどうにかするより、俺が稼いでくればいいではないか、と。
「じゃ、リズ、神殿に行ってくるから後はお願いね」
「はい、奥様」
チャンスは鬼の居ぬ間だ。
『行こう、兄さん』
「うん、行こう、レイ」
俺は頭からローブをかぶり、浮遊魔法で家の外に出る。これなら見た目はローブ男が歩いているようにしか見えないはずだ。
午後はブラン先生が家に来るので、動けるのは午前中だけ。
その間に、街で情報収集し、金儲けの方法を探る。
エリオットも俺のお目付役という名目で一緒だ。四歳児のお目付役という話で納得してしまうリズもポンコツメイドだが、まあいい。サラとベリンダとグレンがいない今がチャンス。
「じゃ、まずは鍛冶屋、バリスおじさんのところに行ってみようか」
「あい」
煙突からもくもくと煙が出ているので、バリスの鍛冶屋はすぐに分かった。キンキンと金物を叩く音も聞こえてくる。家の前には大量の薪が積まれているが、石炭ではないようだ。まだ幼い男の子がその薪を家の中に運んでいる。
「やあ、ベル」
エリオットがその子の名を呼んだ。
「ん、エリオか」
「家の手伝い?」
「ああ。これぜーんぶ運ばないと、おっとうが遊んじゃダメだって言うんだぜ」
ベルが庭の薪を視線で指し示して言う。
「それは大変だね……」
貴族の子供で良かったぜ。
「だから、遊ぶのは昼からな」
「ああ、いや、今日はおじさんに話を聞こうと思って来たんだ」
「んん? なんだ、おっとうに用事か。中にいるぜ。入れよ」
「うん」
「そいつは?」
ベルが俺を見て首を傾げた。
「僕のお付きだよ」
弟だとは紹介しない。これはエリオと事前に話し合って決めている。赤ん坊の俺が外を出歩いたら目立つし、あの白い悪魔にバレちゃうからな。被ったフードとローブでごまかすぜ。
「ああ。さすが貴族様だな」
ベルは感心した風に俺を見たが、すぐに興味を失ったようだ。家の中に入って行く。
「おっとう、エリオが来たよ」
「んん? これは坊ちゃん、申し訳ないが、うちのベルは昼までは手伝う約束でしてね。また後で誘ってやって下さい」
奥からバリスが出てきたが、上半身裸でハチマキをしている。鉄を熱して打つ仕事だからか、全身汗だくだ。大変そうだなあ。鍛冶屋を目指すのはやめとこう。
「いえ、おじさん、今日はちょっとおじさんに話を聞きに来たので」
「あっしに?」
「はい」
「いったい、何を聞きたいんで?」
「お金儲けの方法です」
「ふむ、ま、地道に働いて稼ぐのが一番だね。賭け事はダメだ」
真面目そうな男だが、そういう話を聞きたいわけではない。
「もっと、具体的に、儲かる商売の話を知りませんか?」
「はは、坊ちゃん、そんな上手い話を知ってりゃ、あっしもそれをやって稼いでますぜ」
「それもそうですね」
「ま、そういう話が聞きたかったら、道具屋のマチスか薬師のニーネットに聞いてみたらどうです? あっしよりはずっと詳しいはずですぜ。あいつらは商人だからな」
「はい、そうします。ありがとうございました」
「いいや」
「じゃ、ベル、また後で」
「おう、後でなー」
鍛冶屋を後にする。
それにしても、家の外はこんな感じだったのか。
道の右側に麦畑が一面に広がり、遠くまで続いている。穂の色はまだ緑で、収穫時期にはまだまだのようだ。
道の左側にはただの平原が広がっていて、所々に木が生えているという程度。
道も舗装されておらず、ド田舎だ。
これが険しい山々に囲まれているなら、鉱山でも開発できそうなものだが、山は無い。
海からも遠く離れていて、ヴィルヘルム領では塩が貴重品だったりする。
「レイ、蜜の出る花があるよ」
エリオがそう言って道ばたに生えている大きめの花を摘んで舐めさせてくれた。
「あまー」
「ふふ、パパに教えてもらったんだ。お腹が空いたときはこれだぞって」
領主の親子が道ばたの花を舐める……ああっ、お金持ちになりたい!
「あっ、スライムだ」
エリオが今度はモンスター見つけて、持っていた棒で弾き飛ばす。スライムは一撃でぐちゃっと潰れて煙と化した。
『今の、魔法で倒したかったなあ』
俺は念話で言う。
「ええ? でも、レイ、ブラン先生も、必要なとき以外は使わないようにって言ってたじゃないか。棒で叩いて倒せる相手なんだから、魔法は要らないよ」
エリオットは言う。
それも正しいが、初の実戦、魔法が戦闘にどれだけ役立つか試したかったのだ。
ま、いずれ機会はまたあるだろう。焦る必要はないか。
『うん』
「でも、こんな家の近くまでモンスターが出るなんて、後で父さんに言っておかないと」
人間の居住区には魔除けの結界が張ってあり、モンスターは滅多に入ってこない。
とはいえ結界は完璧なバリアーではないので、ときたま、モンスターが迷い込んでくることもあるようだ。
「じゃ、近い方のニーネットさんのところから行こうか」
「あい」
エリオはこの辺のことはよく知っているようだ。前世の俺は外なんて出なかったから、近所もよく知らなかったけれど。
ニーネットの家は、家と言うよりは大木だった。木を掘り抜いてそのまま住処にしたようで、ちょっと変わっている。
「こんにちはー」
「あらあ、これはこれは、次期領主のお坊ちゃま、いらっしゃい」
薬師と聞いていたが、とんがり帽子にチューブトップのこの格好は、まんま魔女だな。
まだ若い女で紫のアイシャドーをしている。妙に色っぽい感じだが、サラの方がずっと美人だ。
彼女はポーションを売っているようで、カウンターの奥の棚には所狭しとたくさんの瓶が並べてあった。
「普通のポーションは二十ゴルド。高級ポーションは二百ゴルドよ。女の子にモテモテになるポーションは一万ゴルドのところ、今日は特別にサービスして百ゴルドにしておいて、あ、げ、る。うふっ」
四歳児に何を売りつけているんだ、この女は。
エリオットが欲しがるとでも思ってるのかね。
「それ、パパが欲しがりそうだけど、ちょっと高いかな。それに、本当に効き目があるの?」
「もちろんよ。このアタシが、あなたに効かないポーションを一度でも渡したことがあって?」
「んー、それは無いけど……」
「ところで、そこのお連れさんは、見ない顔ね」
魔女がこちらを見た。俺はフードを深くかぶっているので、顔は見えないはずだ。
「ああ、気にしないで。僕のお付きってことで」
「そう。サラったら、ブラン先生の他にも、誰か雇ったのかしら?」
色々と詮索されるとまずいので、俺はエリオに合図して儲け話の事を急かす。
「ニーネットさん、儲け話って知りませんか?」
「そうねえ、じゃ、エリオ、あなたのパパにこの薬を定価で売りつけてくれたら、一割のお小遣いでどう?」
「それ、うちが結局、儲かってるとは思えないよ」
「賢い子って好きじゃないわ」
悪い女だ。
「他には何か知りませんか?」
「そうね、紫ヨモギを集めてきてくれたら一枚につき一ゴルドで買い取ってあげるわよ」
「毒消し草かぁ」
エリオが気の抜けた声で言い、俺を見る。まぁ、儲け話には違いないが、大量に集めないと金にはなりそうにないな。大量過ぎてもニーネットは買い取ってくれないだろうし。
その件は保留、ということにして、俺達はニーネットの店を後にした。
「次はマチスさんのお店だね。この道をまっすぐ行ったところだよ。あの家」
エリオットが指さした向こう、ぽつんと小さな平屋の一軒家が見えた。近くに他の家は無い。道具屋ってそう何件も無いだろうし、普通は街の中心にあるものだろう。
この村には、商店街みたいなモノは無いのか…。
ここ領主のお膝元だよな?
凄いところに住んでるよなぁ。
税収もこれでは望み薄だ。
「あれ? ブラン先生かな?」
マチスの店に向かう途中、別の道を行くローブ姿の男がいた。
ねずみ色のローブで、色は完全に同じだが、そいつはフードを被っている。
この世界ではエルフは特に迫害を受けておらず、人間世界になじんでいるので、わざわざ耳を隠さなくてもいいのだが。ブラン先生も家に来るときは顔と耳は見せていた。
エリオットが声を掛けようとしたので、俺はすぐに止めた。
『待った、尾行してみよう』
「ええ? 尾行って、後をこっそり追いかけるってこと?」
『ああそうだ。ちょっと怪しいし』
「レイはいっつもそれだね。まあ、いいよ、ブラン先生は悪い人じゃないし」
まるで聞き分けの無い弟に気が済むまでやらせてやろう、そんな感じで言うエリオットだが。
この時点では俺もエリオットも、まさか死人が出るような大事件に出くわすとは思っていなかった。
次は3月14日土曜日に投稿の予定です。ここからしばらく週刊でいきます!




