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第4話:偽りの聖域、略奪の神

 ハラルドたちがクワを握り、イギリスの農民たちと泥にままれてから、数週間が経った。


 最初は「北の悪魔」と怯えていた村の若者たちも、バイキングたちの桁外れの腕っぷしと、不器用な誠実さに、少しずつ心を開き始めていた。


「おい、ハラルド! 飯だ、村の女たちがカブのスープを煮てくれたぞ!」


「おう、頭の足りねえ俺たちを飢えさせねえとは、お前ら最高だな!」


 かつて嵐の海を呪っていた男たちの間に、泥まみれの笑い声が響く。そこには確かに、ハラルドの敷いた『ロー』による、小さな平和の芽が育ちつつあった。


 だが――その微かな光を、土足で踏みにじる足音が響いた。


「出迎えろ、無学なる子羊どもよ! 主への奉納の刻である!」


 村の広場に、きらびやかな馬車と、重々しい甲冑を着た数人の教会の私兵たちが乗り込んできた。馬車の中心に座るのは、仕立ての良い豪奢な衣服をまとった、この地を治める修道院の徴税官だった。


 村の長老は、その姿を見た瞬間、深い絶望と恐怖の表情を浮かべた。長老は何も言わず、ただガタガタと震えながら、自分たちが冬を越すために必死に開墾して手に入れた貴重な小麦の袋を、次々と馬車へと差し出していった。


「これだけか? 信仰が足りぬな。主の恵みを忘れた不信心者どもめ、来月はさらに倍の『十分の一税』を納めよ。


 さもなくば、お前たちの魂は地獄の業火に焼かれるであろう」


 徴税官は、飢えに震える村の子供たちに目もくれず、傲慢に小麦を略奪して去っていった。


 その様子を、物お陰から冷ややかな目で見つめていた男たちがいた。


 ハラルドと、三十人のバイキングたちだ。


「おい、ハラルド……」と、一人の船乗りが呆然と呟いた。


「あいつら、何なんだ? 武器を持たねえ農民から、問答無用で食料を奪っていきやがったぞ。俺たちの略奪のほうが、まだ相手が武器を持って戦うだけマシに見えるぜ……」


 ハラルドは腕を組み、去っていく教会の馬車を睨み据えたまま、低く、冷たい声を漏らした。


「……あいつらが噂に聞く『教会』って奴か。俺たちの故郷のシング(民会)のリーダーとは、ずいぶん違うな」


 ハラルドは、地面にへたり込んで涙を流している長老の前に、大股で歩み寄り、その肩をガシッと掴んで引き起こした。


「おい、長老。……あいつらに、そんなに困らされてるんじゃねえのか?」


「ハラルド……あれは『神の命令』なのだ。背けば、私たちはこの土地を追われ、悪魔として処刑される。逆らうことなど、誰にもできんのだ……!」


「神の命令、だと?」


 ハラルドは不敵に、そして激しい怒りを孕んだ笑みを浮かべ、自身の左腕の『盾』を、剣の柄で思い切り叩きつけた。


 ガツン――ッ!!!村の広場に、あの嵐を切り裂いた「でっかい音」が、再び静かに、しかし重厚に響き渡る。


「長老、よく聞け。俺はあんたらに『助けてくれ』と頭を下げた。あんたらは俺たちに土地をくれた。それは俺たちのロー(掟)に基づいた、対等な約束だ。だが、約束もクソもなく、ただ上から踏みつけるだけのアイツらのやり方は、俺のロー(掟)が絶対に許さねえ! 民を飢えさせる神なら、俺たちの三十本のオールで叩き潰してやる! 長老、次の月は……一粒の麦も、あの汚え馬車に乗せる必要はねえぞ。俺たちが、あんたらの盾になってやる!」


「――ウーッ!!!」


 ハラルドの背後で、三十人の戦士たちが一斉に己の胸を叩き、教会の権威に真っ向から反逆する、不屈の咆哮を轟かせた。


 偽りの神が支配するこの大地に、バイキングたちの本物の「命の秩序ロー」が、牙を剥いて立ち上がろうとしていた。



「長老、村民を全員広場に集めろ!」


 地図を睨みつけていたハラルドが、弾かれたように顔を上げて吠えた。


 その瞳には、嵐の夜をも焼き尽くすほどの、強烈な決意の炎が灯っている。


「このままじゃ、どれだけ畑を耕して麦を増やしたって、アイツらに全部奪われるだけだ。足りねえところに配るための税なら、俺たちだって我慢できる。だが……違うんだろ? あいつらは自分たちだけが肥え太るために、飢えたガキどもから毟り取っていやがる。なら、俺たちがここにいる今こそが、この理不尽をひっくり返す最大の好機だと思わねえか!」


 ハラルドの放つ、圧倒的な覇気。その熱に突き動かされるように、村の広場には瞬く間に、怯える老人から子供まで、村民全員が集められた。


 広場の中心に立つのは、泥に汚れた衣服のまま、三十人の屈強な漢たちを背に背負ったハラルドだ。


 ざわつく群衆の視線が一斉に集中したその瞬間、ハラルドは手にした鋼の剣を、自らのオークの『盾』へと、大砲の如き凄まじい大轟音を立てて叩きつけた。


 ドカン――――――――ッッッ!!!大地を揺らす一撃。


 村の広場の喧騒が、一瞬でピタリと止まり、水を打ったような静寂が訪れる。


 ハラルドは喉を引き裂かんばかりの大音声を、全村民の魂へとぶちまけた。


「俺たちは感謝している! 先が見えねえ暗黒の海を越えてきた、こんなごつい大男たちを、武器を収めて受け入れてくれたこの村に! 俺たちは、心から本当に感謝している!! しかし! その俺たちの、お前たちの実りを、土足で奪おうとしてる奴らがいる! 分配のためなら、俺たちだって黙って我慢もできる! だが、ただの強奪なら話は別だ! 俺が、俺たち三十人の牙で、あの傲慢な奴らに思い知らせてやる! ――奪う側の人間が、お前らだけじゃねえってことをなァ!!」


 ハラルドが剣の柄で、村の古い『銅鑼』をガツン! と打ち鳴らした。


 しかし、それでも民兵や村人たちは、教会の、無敵と恐れられる『神聖騎士団』の恐怖に縛られ、青ざめた顔で俯いたままだった。


 その情けない姿を見たハラルドは、さらに一歩、民衆の前へと踏み出した。


「今日のあの汚え徴税を見て、お前らも分かったはずだ……! これじゃあ本当に、この先一粒の未来も残らねえぞ!? お前ら全員、もう薄々分かってるんだろ!? ならば、戦うしかねえんだよ!!」


 ハラルドは両手を広げ、この数週間、一緒に汗を流してきた村人たちの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「俺たちと、ここに住む人たち……この数週間を一緒に過ごして、俺たちはもう、ただの他人じゃねえ。海も陸も関係ねえ、同じ飯を食い、同じ泥にまみれた『家族』だ!! そんな大切な家族に害をなそうとする奴らを、俺たち海の男が、黙って入れるわけがねえだろうが!! ならば共に戦い、守るぞ!! 俺たちと、家族と、この村を!!」


 ハラルドの血走った目頭から、悔しさと怒りの涙がじわりとあふれ出た。


 それは、飢えと恐怖に怯え続ける「家族」の悲しみへの、張り裂けんばかりの共感の涙だった。


「――勇気を出したなら、声を上げろッ!!!」


 ハラルドが、自身の盾を激しく踏みつけた。


 ドンッ!!


「「「――ウー!」」」


 後ろの三十人の戦士たちが吼える。だが、村人たちの声はまだ小さく、震えていた。それを見たハラルドは、怒髪天を突く勢いで、さらに激しく地面を蹴り上げた。


 ドンッ!!!


「――こえがちいせぇぇぇ!!! もっと腹から出せぇぇえぇ!!!」


 ハラルドの、魂を直接鷲掴みにするような大煽りの咆哮。


 ドンッ!!!!


「「「――ウー!!!!」」」


 船乗りたちの叫びに釣られるように、村の若者たちが、血を吐くような声を張り上げ始めた。


 ドンッ!!!!!ドンッ!!!!!!ドンッ!!!!!!!


「「「――ウー!!! ウー!!!! ウーッ!!!!!!」」」


 地鳴り。何百人ものバイキングとイギリスの農民たちの手拍子と咆哮が完璧にシンクロし、圧倒的な「命の結束」となってイギリスの大地を根底から震わせた。恐怖に怯えていたはずの村人たちの瞳に、今、本物の不屈の輝きが宿っていた。


「よし、やるぞォッ!!!」ハラルドが剣を高く突き上げると、広場は割れんばかりの歓声に包まれた。かつては海で命を繋いだ手拍子バイキング・ローが、今、陸の家族たちをも巻き込み、腐った権力に立ち向かうための、世界で最も熱い結束の轟雷を鳴り響かせたのだった。




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